ヒロインだった村娘
「アンナ、起きなさいアンナ!」
お母さんの声がする。お母さんの声?
「お母さ───」
「やっと起きたかい。待ったくさっさと水を汲んでくるんだよ!」
私が「お母さん」と言う前に。水を汲んでくるように言って、お母さんは部屋から居なくなった。
私は死刑になって、断頭台に固定されてそれから。王子が縄を切るように言って。縄に固定された刃は、落ちてきた。の?
もし落ちてきたのなら、私の首は……
そう思い首に触れようとして、先に長い髪に触れた。髪は観衆の前で、切られたはずなのに。輝きを失った、くすんだ長い髪が胸元まで垂れていた。肩から首へと垂れた髪を撫でながら、手は髪を遊んでいく。失ったものを確かめるように、指に絡めほどきながら。髪に隠れた首はつながっている。荒れてかさかさした肌があるだけで。
私は死んでない?
視界いっぱいに広がるのは、見覚えのある部屋だった。懐かしい木枠の窓。くすんだ壁。色褪せたベット。狭くて、小さい。幼いころの私の部屋。
やっぱり、あれは全部悪い夢だったんだ。長い長い夢だったんだわ!
「ステータスオープン」
小声で唱えた。ステータスオープンと。今まではすぐに自分のステータスが見れた。この世界で私にだけあるステータス。私が特別だという証。転生者である証のステータス。
なのに、
「どうして、ステータスオープン」
なぜか、
「ステータスオープン、ステータスオープン」
どうしても、
「ステータスオープン!」
ステータスは、
「な……んで」
───出てこなかった。
転生者の称号も、聖女の称号も、魅了の魔法も。ステータスが現れない。私の大切な大切な、ステータス。私が特別だって証のステータス。ゲームを上手く進めるためのステータスが。出てこない。
あれが無いと、攻略対象の好感度も確認できないのに。
「そうだ。ステータスが開けなくても、白魔法が使えれば私は聖女よ。聖女なのよ」
いつもと同じように。魔法を唱えればいい。そうすれば私が聖女だって証明される。両手を目の前にかざして、
「ヒール」
しかし、魔法は発動しない。
「何かの間違い。そうよ長い夢を見てたからきっと……」
そうに違いないと、また魔法を唱える。
「ヒール、ヒール、ヒール!」
何度やってもヒールは発動しない。間の前にかざした両手の先が。白く、淡く光ることは無い。聖女の証である白魔法が、使えない。聖女だと証明しようとしていたのに、結果は私が聖女じゃないことを証明していた。
「なんで」
嘘。違う。何かの間違い。白魔法が使えなきゃ私は。私は聖女じゃないことになる。私は聖女で、このゲームのヒロインで……
「アンナ!」
お母さんの怒声が聞こえる。聖女じゃなくて、魅了の魔法も使えない私は。ただの村娘?
嘘よ。そんなことない。きっとまだ聖女に覚醒してないだけで。二年後にはまた白魔法が使えるようになるはずよ。確か今は八歳のはず。ゲームのシナリオじゃ教会から迎えが来るのは十歳だし。
「さっさと水を汲んでくるんだよアンナ!」
「は、はい」
とにかく、今は水を汲んでこないと。昔みたいに殴られる。後二年。この家で生き残らなきゃ。魅了の魔法があったら、お母さんもお父さんも私を愛してくれるはずよ。
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