第9章 虹の彼方に(4)

 ハラド邸へ行き、モリスに王妃決定の話をすると、モリスは無表情のまま頷いたが、

「悪いな、カリヤ公。こんなことになるとは夢にも思わず、妹も護衛に行きたいと言うのを許してしまったのだ」と無言のカリヤ公につづけた。

「実はこっそりクリスが来て、秘密の旅が心配だから、気づかれないように護衛してくると言うのを、アンが聞いていて自分も従いて行く、そっと見守っていたいと頼むので、護衛は何かの場合には死ぬ覚悟が要るぞ、と止めたのだが、それでもかまわないと言うから聞き入れたのだ。妹は君の近くで君の姿を見守っていたかっただけだと思うが、こんなことになって私は責任を感じている」

「何を言うのだ。アン公女は王妃にふさわしい立派な女性だ。グラント王も、ダイゼンを代表する王妃として尊敬される女性だと認められて求婚されたのだ。私は喜んでアン公女の幸せを祈り、祝福したいと思っている」

「そう思ってくれるならうれしいが」

「アン公女が独身を通しては私の心が痛む。王に望まれて新しい道へ進むのは、アン公女にとって新たな希望や喜びが得られることになる。より良いダイゼンに変わるだろう」

「昔、私は君と妹の結婚を望んでいたのだが、人の運命は思うようにいかないものだな」

「いや、王は私をサラ王女の夫として認め、弟と思ってくださる。アン王妃ともこの先ずっと親しく付き合っていけるだろう。つまりモリスとも、より親しくなれるのだと思えば私はうれしい。何であれ協力するよ。もっとも剣の名手として名高いアン公女が王妃になるのだ。だれもが喜び、歓迎するに違いない」

「有難う」とモリスはやっと笑顔になった。


 しかしハラド邸を出て街へ向かうと、ぐっと寂寥感が胸を刺す。ゆっくり馬を進めていると、

「おい!」と気安く呼びかける声がした。

「葬式帰りのような顔じゃないか。どうした?」

「セキトか……」カリヤ公は素早く感情を切り替える。

「副将軍が街の巡回か? 若い者に任せておけばいいじゃないか」

「家にいても落ち着けないんだよ。外のほうがすっきりするし、暗くなれば酒場へも行きたくなる。一緒に行かないか?」

「遠慮するよ。セキトも早く帰宅してアヤトに武術でも教えてやれ」

「もうイルダが可愛がって教えているよ。マイヤは女児がよかったというが、将軍家の子だぞ、男児で良かった。私の勝ちだ」

「勝ち負けじゃないだろうが良かったな」

 セキトと話していると気分が晴れる。

「アン公女はまだ王妃の座に迷っているのか」

「判らぬが、いずれ王の求めに応じると思う」

「光栄なことだよ。姉は剣の名手を失うのは惜しいと言っているが、剣も必要がない時代になるかもしれないしな」

「そのほうが不幸な人が少なくなるよ。ダイゼンはカムラ将軍家一族が護っているのだから、国民はみんな安心しているよ」

 セキトは誇らしげに、 うん、と頷いた。

「ところでセキト、故ダイト・カムラ大将軍の銅像を建てることになったそうだな」

 セキトは少し複雑な表情になった。

「大将軍の立派な馬上姿を早く見たいと思っているよ」

「王の認可と奨励を受けたのは有難いが、帰りがけに『銀で造っても良いぞ』と言ってにやりと笑われたのが気になるよ。銀では無理だし、だれが王に何を話したか、何か聞いていないか?」

「聞いてないよ」カリヤ公は内心おかしかった。

「後世に残る立派な銅像を建ててくれ」

 イルシア王から弟ギーム公へ贈られた銀の一部が妻マイヤの許に届いたのだとセキトは話していたが、密偵からの情報でクレオが王に報告し、カリヤ公にも知らされていたのだ。

 グラント王は笑って黙認したという。

そのころ中央宮殿にある相談室では、クララが衝立の奥で調べ物をしている母アキノ夫人に、「今日の依頼客は終わりましたから、そろそろ帰りましょう」と声をかけていた。

「そうですね。グラント王も落ち着かれたようで安心しました。もう来られることもないでしょう。ダイゼンは平和になりますね」

「でも弟は大丈夫でしょうか」

「多情ではなくても多感で美に敏感な息子ですね。でも我慢強いし、立ち直るのも早いので心配いりませんよ」

「すべてに満足だという人はいませんものね」

「満足だと思える時があれば幸せでしょう」

「平和な時代になれば、幸せな人が増えます。これからのダイゼンが楽しみですね」

 微笑しながら馬車に乗った二人は星空を見ながら帰って行った。深い青空に金色の星たちが輝きを増している。

 やがて王とアン公女の結婚が公表され、国民の祝福を受けて婚儀の日が近づいてきた。

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