第8章 旅立ち(3)

 夕食が終るとグラント王は、少し馬を駛らせようとカリヤ公を誘い、近くの森でゆっくり馬を並べながら妙なことを話し出した。

「先日、中央宮殿へ行った折に、アキノ夫人と出会った。用が済んで帰るところだと聞いて少し話をしたくなった」

 王のまじめな顔を見てカリヤ公は不審げに次の言葉を待つ。母から何を聞いたのか?

「極秘の旅に出たいが、と気まぐれに訊いてみたのだ。無事に戻れるだろうかと」

 王は馬を止めて小声になった。

「夫人は何か図面を調べて、二年ほどは安心だが、後はなるべく王宮に落ち着いたほうが良いと言う。何かダイゼンに変事が起こるのかと訊くと、王家に変化が起きる可能性があるという返事だ。クロードの事ではないらしい。冗談半分に、余が死ぬか、災難が起こるかと重ねて問うと、余は長生きするそうだが」

「何を心配されておられるのですか?」

「それでは王妃も長生きするだろう、余よりもアリサ王妃のほうが、と何となく言ったのだが、答えがなかった。気になった余は、王に王妃がいなくては困るが、と答えを求めた」

「グラント王らしくないことを。当たるか外れるか先のことは判りません。嫌なことは忘れてください。王妃も長生きされるでしょう」

「しかし、アリサが余より先に逝くと、後が心配だ。王妃がいなくては困る」

「母は何と申しましたか?」

「次の王妃の心配はご無用です、と言う。そのあとで夫人は言い過ぎたと謝ったが、どうも気にかかる。エンリの将来も心配になった」

 相談事や訊かれたことには正直に答えるのが母の信条だとしても、将来どうなるか判らないことをはっきり言ってしまう母も母だが、何年か先のことを心配する王も王だと、カリヤ公は努めて明るく王を見つめた。

「心配事や嫌な思いは、すべてこの森の中に投げ捨てて、明日からは新しい希望を持って楽しく旅に出かけましょう」

「そうだな。すべての心配は森に置いていこう」

 王も気を取り直したのか笑顔になったが、カリヤ公は内心、ひやっと冷たい風を感じた。セキトから聞いている話が引っかかる。

「暗くなりますから早く王宮に戻りましょう」

 促して帰る道々、エンリ王子の顔が浮かぶ。

 王に忠誠を誓い、忠実に国を護っているカムラ将軍家の功績と実力は、全国民に認められて絶大な尊敬を受けている。グラント王の信頼は厚いが、将軍家の青年たちとエンリ王子との間に不和というか確執が進んでいるのだ。

 いまは将軍の長男であるホクト隊長が、双方をうまく収めているが、王子から敵視され、暴言を浴びているというダイトの忍耐と、兄弟の不満が、何かの切っかけで表面化し、思わぬ方向へ向かう可能性はある。

 王は正しい判断を下すと信じているが、王妃はどうだろう? しかし王が無事であれば、ダイゼンは安泰だ、とカリヤ公は不安を打ち消しながら馬を駛らせていった。


 翌朝、カリヤ公から、「グラント王としばらく休養に行く。カールとタクトはダイゼンで家族に会うなり娯楽を楽しむなり自由にせよ。数日の休養を過ごした後は先にカリヤへ帰れ」と言われた二人は顔を見合わせた。

 仕方なく王宮を出て、馬を駛らせながら

「どうする? カール。我らはカリヤ公を護る役目があるぞ。帰れと言われても心配だから、私はそっと後を追いかけて行こうと思うが」

 タクトの言葉にカールも賛同した。

「私もいま考えていたのだが、どこへ行かれるのか中央宮殿でアキノ国政大臣に訊いてみよう。場合によっては通行証も必要だからな」

「確かめに行こう、急げ!」

 二人は馬の向きを変え、中央宮殿への道を急ぐ。護衛の任務を果たさず、王とカリヤ公に不測の事態があれば、責任問題どころではない。なんとしても無事に帰ってもらわないと…。

 やがて中央宮殿から出てきたふたりは、教えられた方向へ馬を進めて行った。

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