第7章 大太子出奔(8)
久しぶりにアンリがセイランの保養所を訪れると、すぐルナが迎えに出てきた。メイ妃もいる。
しばらく見ないうちに、ルナはすっかり背が伸びて、少女というより女性らしい優雅な物腰になっている。開き始めた大輪の薔薇に似た華やかさだ。少し恥じらいながらの微笑と瞳は兄というより恋人に見せるもの…目を瞠って固まってしまったアンリに、
メイ妃は笑いながら、
「急に女性らしくなったでしょう?変わる時期の成長は早くて、私も驚いているのですよ」
と言う。アンリは“大きくなったね”とも言えず、無言で見つめていたが、ジョンから聞いた話を思い出し、ルナに近寄って優しく抱きかかえた。ルナははにかみながらも、うれしそうに応えている。愛らしい笑顔を見てアンリは結婚の意思を伝え、指環を贈った。
その様子を見ていた大公は心の中で、(おい、それで終わりか? 接吻くらいしろよ。まじめに育ってしまったな、私の息子とは思えないぞ)と呟いたが、ダイゼン育ちのアンリは、父の目の前では気恥ずかしい。続いて取り出したものは…。(選りによって同じものを買ってくるとは…)つい先日ジョンがユリに贈ったものを見ている大公の目の前でルナの首へかけたのは、例の碧い首飾りだった。
香茶を飲んで落ち着くと、アンリは父の大公に帰国を促した。
大祭の初日に自分の宰相就任式を行う予定なので出席してほしい。カリヤ公とケイン補佐官も来られるし、大公を待っている国民も多いと言われて、
「もう大公とは思っていないが」と危ぶみながら、「親子と公表するのか?」と訊く。
「モール一族の奸計に陥ったのだとみんなに理解されていますから心配はいりません」
アンリはしっかり父の顔を見つめた。
「これまではアンリ・リードと名乗っていましたが、実の親子だと明かして、これからはアンリ・オルセンとして活動したいのです。ジョンもジョン・リードからオルセンに変えて私の補佐をしてくれます」
そうか、と大公は頷いた。顧みれば自分が同志を集めて指導し、革命を成功させたのはいまのアンリやジョンと同じ年頃だったと感慨深い。父のオルセン宰相が懸命に支え、奮闘してくれた、その姿を懐かしく想い出す。少しでも力になれるように自分ももう一度頑張ってみよう…大公は帰国を決意した。
しかし、と大公はアンリを見て
「宰相も悪くはないが、同盟国との関係を考えれば〝大公〟の位と名称は残したほうがよい。国を統べる大公として、すべての責務を果たす覚悟を示せ」と勧めた。
「宰相はジョンが最適だ。弁舌さわやかで説明も巧い。威圧感を与えず民衆の心を掴むだろう。二人が力を合わせて進むなら、アムランは最強の国家になるぞ」
いつの間にか熱が入って引き締まった顔に変わっている父を見ながら、アンリは心の中で、(まだ父は大丈夫だ。立ち直れるぞ)と安堵した。大公として誇れる人であってほしい。
「長官や同志たちと、よく相談して決めろ」
アンリは頷いた。折をみて親子であることを公表し、父と一緒に公共の前で、大公の名を継承すると宣言すれば、反対する者はいないだろう。それまでに有効な手を打っておこう。父が安心してアムランへ戻れるように。
その頃、アムランでは埋もれた穴の中から、メアリ姫を庇うように抱えたまま息絶えたカルロの遺体が見つかっていた。
秘密の通路から地上へ出ようとしたのだが、群衆が踏み荒らして崩れた土砂に出口を阻まれ、あと少しの処で脱出することができなかったのだ。知らされたアラセ長官とトーゴ総務長は、大公や息子たちには話さず、秘密裡に埋葬することにした。祝い事の前の不幸は抑え込もう。これからは新しい時代が始まる。
「あんな怪力の男でも死ぬときは死ぬんだなぁ」とトーゴは相棒だったカルロの死を悼んだが、
「まあ最後はメアリ姫を抱いてあの世へ行けたのだから本望だろう」と泣き笑いし、
「群衆に捕まって、なぶり殺しにされるよりは良かったと思ってあきらめよう」
とアラセ長官はトーゴの肩を抱いた。
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