第7章 大太子出奔(7)
アムランでは意欲のある新しい指導者を待ち望む声が、若者を中心に高まっていた。
ジョンの人気も広がっていたが、先に留学してアムランに馴染み、世情に詳しくなっていたアンリのほうが、いろいろな組織や集団とのつながりが広く、支持する者が多かった。
そのうち、壮年の人たちから、若い頃のオルセン大公の姿に似ているという声が出始め、アンリに関心を持つ人々が増えていった。それにつれ結婚話も持ち込まれ、積極的に近づいてくる女性もいて、アンリは閉口した。どちらかと言えば妖艶な女性より、清純な娘のほうが好みだし、アン姫の面影も忘れられない。それに結婚するより先に任務がある。
アラセ長官はアンリとジョンを呼んで、早くどちらかが最高位に就くよう促した。ジョンはアンリを支えて補佐役に徹するから、思うようにやって改革しろ、とアンリを励ます。大公の帰国を待つより自分たちが進めよう。大公への報告はしばらくジョンに任せ、アンリは精力的に改革に取り組むようになった。当然、人事や政務に忙しくなる。
半年ほど先の大祭に、宰相としての就任式を行おうと決めると、アラセ長官からも結婚したほうがいいと勧められた。アンリは候補者の絵姿を見て、ルナの顔を思い浮かべた。
どのような家系なのか、そっとトーゴに調査を頼むと、トーゴは詳しい情報を調べて伝えたが、メイ妃同様に貴族の娘であり、三代前には宰相を務めた者もいる立派な家系だ。
「経歴に文句はないだろう」とトーゴはアンリの肩を叩き、笑顔で祝福した。アムランで活躍するには良い縁組だとアラセ長官も理解を示したので、アンリは大公に報告がてらルナに会って、ルナが承諾すれば心を決めようと思った。
一方、ジョンは進められた結婚話を、まだしばらく独身のまま任務に励みたい、と断ったが、アムランの芸術にも関心があった。
アモン劇場やユリへの思いも心にある。ユリは何度かアムランを訪れ、すっかりアモン劇場に魅せられて、よりいっそう芸能の稽古に励んでいる。ジョンとの交際も深まり、いずれ結婚したいとは思っているのだが、まずアムランの国情を安定させてからだ。
ジョンの夢は、いつかユリをアモン劇場に出演させてあげたい、いや、自分も同じ舞台に立って、ユリと一緒に歌声を披露出来たらすばらしい、と次々に広がっていく。
翌月は自分がセイランへ報告に行くとアンリに言われたジョンは、ついに心を決めてカリヤに向かい、ケイン補佐官の承諾を得て家族とも親しみ、ユリに紅玉の婚約指輪を贈った。セイランへ一緒に結婚を知らせに行こうと約束し、カリヤ公夫妻に話して祝福を受けたジョンは、カリヤで有名な宝飾店へ立ち寄った。何か記念になる品がほしかったのだ。
店主はあまり商人らしく見えない男性だったが、ジョンには好ましい人物に思えた。
ジョンがユリのために買い求めたのは、青金石に淡紅色の粒が彩る美しい腕飾りだ。箱書きには「寄り添う心」と名付けられている。これを大公の前でユリに贈ろう。きっと父として喜んでくれるだろう。
「ご結婚ですね」と店主は微笑し、
「私からのお祝いです」と差し出されたのは『カリヤの瞳』という碧い首飾りだった。
「いただいて良いのですか?」ジョンの驚いたような顔を見つめて、
「美しい品ですが硝子なのですよ。硝子とは思えぬ美しさでしょう? カリヤ公の瞳の色にそっくりだと、カリヤ土産の中で一番人気があります」と説明する。
「アン姫の瞳の色も同じですね」
うっかり言ってジョンは店主の顔を見たが、
「最近はアン姫の人気も高まっています。何かのときにはこの品を見て、美しい平和なカリヤを思い出してください」という店主の好意に喜んで受け取った。大事そうに抱えて店を出て行くジョンの後ろ姿を見送りながら、
(ジョンもアン姫を恋い慕っていたのだろうが……しかしケイン補佐官の娘なら間違いない。彼も何かの際にはカリヤのために協力するだろう。大公より信用できそうだな)
と、つぶやく顔はとても商人とは思えない。
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