第7章 大太子出奔(6)

 未知の国へ行き、旅の面白さを知れば、イルシアだけでは済まないかもしれないという懸念もあるが、昔、約束した二人だけの旅をグラント王は楽しみに待っていたはずだ。

 平和な国であっても、カリヤを留守にするには万全の体制を整えておく必要がある。大方のことはマナセ大臣夫妻に任せられるとはいえ、君主でなければ務められないものもある。それを徐々に若い二人に移行するために、早く婚儀を行わねば、と考えて、二ヶ月ほど先に催される湖上祭が良いと決めた。

 まず婚約発表だ。街中の公示板に記し、イラヤ高僧とアダ祭司長に祭事と舞踊、楽師たちの手配を頼む。主船での登場はカリヤの人々に喜ばれ、歓迎されるだろう、と想像して、カリヤ公は昔、アミラと並んで祝福を受けた華やかな夜景を思い出した。

 あれから年月が経ち、いつの間にかアミラ公妃との仲が疎遠になっている、と思うと胸に痛みを覚える。人の心は移り変わるものだろうか? 変わらぬ愛はあるのか?

 それでも絵を描くのが好きなサラ姫と一緒に、アミラ公妃も楽しそうに描いている様子を見かけると心が温かくなる。詩作の夢は捨てたようだが、生き甲斐や愉しみは自分で見つけるしかない。平和な国で好きな趣味に没頭できるのは幸せなことだ、とカリヤ公は想いながら黙って妻と娘を見守っていた。


 いくつかの部屋を改装し、飾り棚や円卓、長椅子などが運び込まれる。その様子をアン姫はクロード王子に寄り添いながら眺める。心が浮き立つ日々だ。

「私はクロードと私の子がたくさんほしいわ。五人でも十人でも」

「アンが大変だよ」と言いながらクロード王子はアン姫を抱き寄せる。

「優秀な血統は多く残したいの。イクマみたいなかわいい男の子も欲しいわ」

「私は女の子五人でもうれしいな。どんな子でも私たちの子どもだ。慈しんで育てようね」

 肩に頬を寄せてアン姫は楽しげにつづける。

「私、カリヤをもっと強く偉大にしたいわ」

イクマは良い子だね。私たちを見守っていてくれるように感じるよ」

(本当は私の弟よ)と言いたいのをこらえる。何か変わったことが起きるときは、知らせてくれそうな信頼感がある。不思議な弟だ。

 父や弟には安心していても、アン姫は母のアミラ公妃に多少の不満がある。

(もっと父上に寄り添って、宴会でも明るく振舞ってほしいのに、少しも楽しそうに見えないのはなぜかしら。私は上に立つ者として、しっかり公務に専念するわ。そして輝くカリヤの華になる)

 アン姫は心の中で強く誓う。

(私はクロードを支えて、ほかの女性には絶対に目を向けさせないわよ・クロードは私ひとりの大切な夫ですもの。そしてカリヤをもっと立派にして見せるわ)

 クロード王子と一緒に馬車でキラ湖を回り、観光客に手を振って喜ばれたり、時には花束を贈られることもある。キラ城へ寄ってマナセ大臣夫妻と話したり、大寺院では高僧の話を聞き、アダ司祭やイクマと楽しい会話を交わす。

 長いあいだの恋が実って幸せな日々が始まろうとしていた。


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