第7章 大太子出奔(5)

 翌日になるとグラント王は元気になり、カリヤ公と朝食を終え、寛いでから、

「ところで」と、いきなり問いかけた。

「あのイクマという子はだれの子だ? カリヤ公の息子ではないのか?」

「なぜ、そのようなことを申されますか?」

 カリヤ公は内心の動揺を押し隠したが、

「以前クロードが、イクマは普通の子ではないと話していた。賢いし美しい。余も気にかかっていた。名前もだが、大公がカリヤ公は付き合いがよいと言ったり、カリヤ公に子を預けるのは、どう考えてもおかしいではないか。昨年カリヤへ行った折りに、イクマと話して確信を持った。帝王学やカリヤ王家の歴史も学んでいる。何よりもイクマの後ろ姿が若い頃のタクマによく似ていたぞ。どうだ? 余の目はごまかせぬ。そうであろう」

 カリヤ公は無言で瞳を宙に向けたままだ。

「余は怒っているのではないぞ。イクマは寺院でイラヤ高僧やアダと暮らしているそうだが、始終カリヤ城に来ているという。先行きどうするつもりなのだ。公表はせぬつもりか」

「先のことは判りませんが」とカリヤ公は認めるしかない。「いまはまだ無理でしょう」と。

「カリヤは信仰心に厚く、敬虔な人が多いので、イラヤ高僧は国民の尊敬を集めていますし、人々の心の拠り処と安寧を求める場でもありますから、カリヤ正教の祭祀をつかさどる聖務に就くのが良いと考えているのですが」

「ということは相手はカリヤの女……アダか。アダの媚態に幻惑されたということか?」

「いいえ、私が心身ともに疲れていた時に、清浄な愛で励まし、活力を与えてくれたのです。まさか男児を授かるとは夢にも思いませんでした。カリヤの神に与えられたのか、幻惑されたのかはよく判りません」

 ふん、と少し沈黙してから王は話し出した。

「父王はセイランより良い保養地だと簡単にカリヤを奪われた。なぜ国を広げようとされたのか、将軍に晙かされたのかは判らぬが、何の罪もない平和な国を乱し、不幸を与えたのは確かだ。カリヤ王朝の怨念を晴らし、償うためにも、カリヤの血脈がつづくのは喜ばしい。しかし公認、公表となったときの騒ぎや噂を受ける覚悟はしておいたほうが良いぞ」

 王の瞳は厳しいが口許は笑っているようだ。

「噂には慣れています。騒ぎになっても最終的には喜んでもらえるでしょう。カリヤの神が良い時期を選んでくださると信じています。

「神がイクマに奇跡を起こさせるとでも思っているのか」王は笑って話を変えた。

「余がアダと一夜を過ごしたとき、王子時代の夢として認めるとか申したが、タクマは完全に怒っていたぞ。余に嫉妬でもしたのか?」

「忘れましたが、たぶん自分がアダであれば、共に過ごせたのにと妬んだのでしょう」

「正直に申したな、余にとってもタクマは別格の存在だ。叶わぬ夢を子どもたちが実現したのだと思えば良い。幸せを祈ることにしよう」

 王は屈託のない笑顔でカリヤ公を見た。

「ダイゼンをエンリに任せるようになるとは思わなかったが、幸いモリスなどの重臣と、カムラ将軍一族が周りを固めている。クリスが補佐し、ライモン兄弟が巧く収めれば心配はない。それより当のエンリがどのような手腕を発揮するか見てみたいぞ。エンリは余に似ていると思うがどうだ?」

「容姿は似ておられますが、性格的にはクロード王太子のほうが似ておられるでしょう」

 そうか?と王は少し意外そうな顔になった。カリヤ公はエンリ王子について、それ以上は言わなかったが、その顔を見て王は言った。

「しばらく王宮を離れて、一緒に諸国漫遊を楽しもうではないか」

「二人だけでは難しいでしょう」

「カリヤ公がいれば大丈夫だ。護衛など従れては面倒だ。自由に行ってみたい」

 昔の約束を思い出す。憂さ晴らしではないが、見知らぬ場所へ出かけるのは気分転換に良い方法かもしれない。

「アムランの向こうも興味はあるが、大きく変化しているというイルシアも面白そうだな」

「イルシアは私も行ったことがありません。イルシア王は穏やかで賢明な方のようですが」

「こっそり行ってみようではないか」

「一応の準備は必要ですが、何とかなるでしょう」とカリヤ公が言ったのは、ユウマや豪商カーンの陰の力を知っているからだ。見知らぬ危険なところへ行くのは避けたかった。

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