第7章 大太子出奔(3)

 セイランではグラント王の滞在を待つ準備が進んでいる。アマリ大臣が催す宴会や行事も決まっている。予定通りに出発することになった王だが、気分がすぐれず頭も重い。それでも勧められた馬車には乗らず、駿馬を駛らせた。セキト副将やダイトなど数名が後につづく。セイランへの道すがら、後継者であるクロード王太子が大国ダイゼンを捨て、カリヤのアン姫の許へ行ったことを認めるべきかどうかと思い悩んでいる。王のセイラン行きは副将が放った鳩によってカリヤへ知らさせた。


 セイランに着いたその日に、グラント王が倒れたという知らせを受け、カリヤ公はすぐさま駿馬を飛ばしてセイラン城へ向かった。

 心労が多かったのだろうと察しはつくが、顔を見て話をするまでは心配だ。

 アン姫との結婚を、王が許可しなくても、すでに心を決めた王太子はカリヤに来ていて、ダイゼンに帰ろうとはしない。

もう曖昧にしていられない。何とか認めてもらわなければと思いながら日が過ぎていた。

 城内に入ると、侍医が「お疲れだとは思うのですが、微熱があって頭が重いと仰言っています」と言いながら寝室へ案内した。

 王の寝台に近づくと、気づいたグラント王は薄く目を開け、侍医と侍女を退がらせた。

「体調はいかがでございますか?」とカリヤ公が身をかがめて王の額に手を触れると、王は少し不機嫌そうに顔をしかめた。

「心配はいらぬ。少し疲れただけだろう」

「ご心労をお察しします。私からは何と申し上げてよいのか判りませんが……」

「カリヤ公のせいだとは思っておらぬ」

 差し出された手を抱えながら少しお窶れになったとカリヤ公は顔を覗き込んだ。しばらく沈黙のときが流れても、心は通じ合っているように思われる。過ぎ去った日々を思い出し、真実の愛を貫く難しさを感じるのだ。

「クロードの件だが」と、ややあって王は意を決したように口を開いた。

「いずれクロードたちの時代が来る。陽は沈んでも、また新しく輝く朝を迎える。その繰り返しだ。クロードを信じて、自分の意志と希望を通させてやろうと思うようになった」

 カリヤ公は瞼が熱くなるのを感じて、王の手を握り締めた。決断するまでに、どれほどの葛藤があっただろうと思うと胸が痛くなる。

「あの気性の烈しいアンにはクロードがもっともふさわしい。クロードは駆り出す駿馬に鞭を入れるようなへまはせぬぞ。巧く捌いて、なだめながら駛らせるだろう。あのじゃじゃ馬アンにはちょうど良い」

「アンは決してわけの判らぬじゃじゃ馬ではありません。正義と熱情で信念を貫き、誇りを持って稔り多き豊かな国を築くでしょう。が、私もクロード王太子の手綱捌きを楽しみに見守っていきたいと思っております」

「相当な親馬鹿だぞ、女の正義は時として厄介だが、クロードなら是非を判断する能力がある。巧く抑えて駛らすだろう」

「グラント王こそ、と申し上げておきましょう」 二人の微笑がからまった。

「しかし国民の期待を一身に背負われた王太子を、カリヤにお迎えする喜びと共に、深くお詫び申し上げます。この上はカリヤの誇りと思い、感謝しつつ両国の発展を祈っております。いつでも遊覧にお越しください」

「うむ、タクマはすべてを引き寄せる不思議な力を持っているらしい。余の大切なクロードまで持っていかれてしまったぞ」カリヤ公は何も言えなかったが、やがて

「アムランの騒動が収まったのは良かったが」と王はカリヤ公に顔を近づけた。

「もう明かしてもよかろう。オルセン大公の息子はどっちだ? ジョンかアンリか」

 カリヤ公の瞳が笑っている。

「アンリだと思うのだが、ジョンのしぐさも大公を思いださせる。どこか似ているのだ」

「仰言るとおりです」「と言うと?」

「つまり二人とも大公の息子なのですよ」

「二人ともか?」王は呆れた顔になった。

「二歳の頃に拉致したのはどっちなのだ?」

「拉致などと人聞きの悪いことを仰せられるな。私は保護して教育を受けさせたのです」

 王は髭を撫でながら、にやりとした。

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