第7章 大太子出奔(2)

 グラント王の側近であるクリスとマリウスは、書簡を手にして怒りを抑えつつも時折り唸り声を発する王の様子を見守りながら、複雑な目を見交わした。

 クロード王太子出奔の報は、多少予想していたこととはいえ衝撃的だった。大国の王太子という責任の重さはあっても、恵まれた地位を投げ捨てるのはよほどの覚悟がなければ出来ないだろう。王の怒りがどの方向へ向かうかは判らないが、一人の青年としては、一途な恋の成就を祝い、応援したくもなる。王はどうするだろう? 二人は密かに心配した。


 クロード王太子の恋はグラント王を悩ませていた。王妃は心配しつつ見守ってきたが、王太子出奔の報に落胆する王が、

「大国を捨てるほどの恋をするとは、幸せなのか不幸なのか余には判らぬ」というのに、

「あなたが、もし愛する人との結婚を妨害されたらどうなさいます? 諦めますか? 私でしたら諦めませんわ」と王を見た。

「余は両方とも手に入れるぞ。そうだな、ダイゼンにカリヤを合併して両国の王とするか」

「あなた、それはなりません」

 王妃は畏れを込めた瞳で王を見ながらつづけた。

「精魂込めて国造りに励んで、国民に慕われているカリヤ公の誇りを踏みにじることになってしまいます」

 王は意外そうな顔をした。

「王妃がカリヤ公を庇うとは思わなかったぞ」

「なぜエンリでは駄目なのです? 私は二人とも立派に育てたつもりですわ。エンリのほうがあなたに似ていますし、ダイゼン王としての力も備えていると信じています、公家や将軍家も護ってくれますもの、心配はありません。クロードは優しい子ですから、カリヤのように穏やかな国で暮らすほうが幸せなのかもしれませんわ」

「しかし大国ダイゼンの王太子が小国カリヤの婿になるなど許せるわけがない」

「無理を通せばすべてが壊れてしまいます。私が一番大切なのはあなた。そしてクロードとエンリですわ。あれほどアン姫を愛し、相思相愛の仲なのに、引き裂くことなどできましょうか。親の情があれば、一緒にさせてあげたいと思うのが自然でしょう。あなた、国とクロードの結婚は別ものですわ」

「愛する息子の将来がかかっているのだぞ」

「本人が幸せならよろしいじゃありませんの。健在ならどこにいても私たちの息子に変りはありませんし、会いたければいつでも会えます。仲違いしては近くにいても会えませんわ」

「余がカリヤ公に負けるということか」

 王妃は優しく王の肩を抱いた。

「勝ち負けではありません。あなたが偉大な王であることは万民が認めていますもの。決して誇りを傷つけるようなことではないのですから、名誉が失われるなどと思わないでください。クロードも感謝すると思いますわ」

「しかし、慈しんだ息子を手放すのは悔しいぞ」

「リード公が仰言っていましたわ。子は神から授かった宝だと。慈しんで磨き育てた宝は、広い世界でこそ輝きを増すのですから、惜しげなく手放してあげましょう」

「まだ、そのような気分にはなれぬ」

「私、リード公の養子ジョンとアンリはカリヤ公が預けられたように思いますのよ」

 急に話が変わったので、王は「余もそのように思うが、改まって訊いたことはない。王妃はどちらが誰の子だと思うのだ?」と訊く。

「初めはあなたが関わっているのかと思いましたけれど、あなたの子ではないでしょう?」

「息子の心配はクロードとエンリで充分だ」

「どちらかがオルセン大公の子だと思いますの。でも、なぜカリヤ公か?と考えて思い当たりましたわ。アムランで成長すると悪い影響を受ける。自由過ぎて遊び好きな、無責任な男になっては困ると心配されたのでしょう。しっかりした環境で育て、未来のアムランを任せたいと遠大な計画を立てられたのですわ。カリヤ公はあなたに誠実で、信頼できる方ですけれど、アムランにも強い愛情を持っていらっしゃる。そうでしょう?」

「王妃はどっちだと思うのだ? ふたり揃って黄金色の髪をした好青年だが」

「ジョンは優秀で政治力を発揮できそうですわ。でも、アンリには指導者としての大きさを感じます。アムランへ留学させたのですからアンリなのかもしれませんけれど……」

「リード公も公妃も、何も言わずに黙って見守っているのは背後にカリヤ公がいるからだろう。リョウが知ったら何と思うか……」

「驚いて怒ってから大喜びでしょうか」

 王妃は場面を想像したのか微笑した。

「しかしカリヤ公から何も報告がない。クロードもどうしているのか判らぬ」

「そのうち来られるでしょう。あなたもセイランに行くと仰言っていましたけれど、どうなさいます? 私はこちらにいますけれど」

 うむ、と王は黙って考えている。クロードの行動を許してよいのか?

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