第7章 大太子出奔(1)
アムランで国を憂える青年たちが決起して、王城に突入し占拠したという知らせはクロード王太子の心を揺り動かした。
「革命派の勝利か……新しい時代に変わるのだ」
あのジョンとアンリが関わっていたのにも驚かされたが、アムランの生まれだとは判っている。乱れた国を立て直すのは大変だろうが、立派な仕事で格好良いな、と素直に感心した。
それに比べて自分はなぜいつまでも心を決めかねているのだろう、と王太子は自問する。アン姫を支えてカリヤを護り、穏やかな幸せに包まれて暮らしたいという願いを抱きながら、迷ってばかりで実行に移さないではないか。何を恐れているのだ。後がどうなろうと神の御意思に任せて、カリヤに行こう。実行あるのみ。父の怒りに触れても、もうダイゼンには戻らない。覚悟を決めて前進しよう。
王太子は自分に必要と思われる最小限の物だけを持ち、王宮を抜け出した。気づいて追ってきたケントに「カリヤへ行く」と告げ、駿馬の腹を蹴る。ケントは兄に知らせてすぐ後につづいた。一緒にカリヤへ行くつもりだ。知らされた長男ホクトはセキト副将に話し、カリヤへ鳩を飛ばす。カムラ家の結束は健在だ。(遂に決行か……)セキトの顔が緩んだ。
知らせを受けたカリヤ公は、出迎えをアン姫に任せ、独り、親しい客を通す応接室に入った。ダイゼン王の怒りや悲しみ、落胆の様子が想像できる。手放しで喜べないとは思うが、大国の王太子という座を投げ捨てて、愛する娘のために来てくれた大切な人だ。温かく迎えよう。そう思いつつ静かに待っている。
一方のアン姫は、息を弾ませながら馬からとび降りた王太子に駆け寄りざま抱きついた。
「クロード、本当に来てくれたのね? 本当に……待っていたわ」
「アン、私はカリヤに住む。アンと一緒にずっとカリヤに……」
「うれしい……」とアン姫は、もう離れないとばかりにクロード王太子を抱きしめる。ケントはそんなふたりを見守りながら、周りを警戒しているが、カリヤ王宮は穏やかだった。
やがて部屋に入ってきたふたりをカリヤ公はしばらく無言で見ていたが、
「クロード王太子に尋ねたい。グラント王の許可なくカリヤに来られた、そのお覚悟のほどを信じてよろしいのですね?」
王太子はしっかりカリヤ公の瞳を見つめた。
「承知しています。カリヤ公、アン姫との結婚をお認めください。私はカリヤとアン姫のために全力を尽くします。もうダイゼンには戻らぬ覚悟で参りました」
「たとえダイゼンと戦いになっても、カリヤを護りぬくと誓えますね?」
一瞬息を呑んでから、「誓います」とクロード王太子が答えると、カリヤ公は微笑した。
「よろしいでしょう。これからは王太子とは呼びません。私の大切な息子クロードです。アンとカリヤで幸せに過ごされるよう望みます。カリヤは平和な国です。何があっても同盟国が協力し、アムランのジョンやアンリも助力を惜しみませんから安心してください」
カリヤ公は少し心配げな顔になったクロード王子を優しく抱きかかえた。肩に顔を伏せた瞳が潤んでいるのを感じて、ふと昔を思い出す。サラ王女の件で死を覚悟したとき、グラント王子の手が優しかったことを……、アン姫はうれしそうに、黙って見守っていた。
しかし翌日になるとアン姫は、グラント王に反対されても自分たちの愛と意思を貫き通すために、一刻も早く既成事実を固めて認められたい、とカリヤ公に訴えて急かした。言い出したらなかなか後に退かないアン姫の真剣な顔にカリヤ公はグラント王への遠慮はあったが、早く婚儀をと迫る娘の願いを聞き容れた。
カリヤ正教大寺院で、イラヤ高僧による儀式が簡素に行われることになったのだ。
アミラ公妃は順序が違うのではないかと案じたが、折よく静養に来ていたカザル王ダリウスとケイト王妃は賛成したので、公表や賓客を招いての披露祝宴は先に延ばした。マナセ大臣夫妻や四人の隊士とケントなど二十数名。イラヤ高僧の側にはアダとイクマが見守っていた。
香が焚かれ、灯火が明るさを増すなか、朗々とした高僧の誓言と祝詞の声が響き、若いふたりが神への誓いを述べると、参列者たちの承認と親交を深める祝盃が配られ、祝福の声と共に飲み干された。参列者は少なくても、愛の結実を迎えたふたりを包む場内は温かく、キラ湖も常より青く輝き、白鳥の舞いも軽やかで、小鳥たちの美しい啼き声が祝うように聞こえてきた。
だが、問題は山積している。早くグラント王に報告して正式に承認されなければならないし、祝宴に迎えねばならない。クロード王子の称号も「ダイゼン公」にしたいが勝手に決められない。カリヤの様々な行事の開会式も控えているし、オルセン大公の様子も気にかかる。頭を悩ませながら長い書簡を書き上げ、ウィルとケントに持たせて、グラント王の許へ駛らせた。
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