第6章 明かされた秘密(4)

 サラ姫は遊戯室に行き、居間にはカリヤ公夫妻とアン姫が、香茶を飲みながら寛いでいた時だ。近くには香茶を淹れたあと控えているデリ夫人がいただけの穏やかな午后だった。

 ふと、アミラ公妃が話しかけた。

「そろそろイクマをアムランへお返しになったほうがよろしいのではありませんか?」

 黙っている夫に公妃はつづけた。

「ジョンやアンリのように母国の教育を受けさせて、再建に協力させるべきですわ」

「イクマをアムランへ行かせるつもりはない」

「何か理由があるのですか? あなたが息子のように慈しんでいらっしゃるのは知っていますけれど、父親の許に戻すべきだと私は思います。あなたも情が移るでしょうし」

 アン姫はちらりと父の顔を見て立ち上がり、そっと部屋を出ていった。

「イクマは本当にアムランの子ですか?」

 公妃の顔は少し冷ややかになっていた。仕方がない、とカリヤ公は瞬時に判断した。アン姫に知られたことを、妻がどこかで知るより、直接自分が話したほうが良いだろう。デリ夫人が居れば、妻も感情を抑えられる。

「以前、言ったようにイクマは私の大切な息子なのだ」

 突然の言葉に公妃は唖然として息を止めた。やっと「なぜです?」と尋ねる声も弱弱しい。

「カリヤ王朝の血脈を残したいという旧カリヤの王女アダの願いを容れたのだ」

 そんな……公妃は呆然としながらも、

「あなたの意思ではなかったと仰言るのですか?」と問い質す。

「いや、私も子どもが欲しかった。アミラは私が子ども好きなことを知っているはずだ、が、私の子を産むのを避けていたではないか」

「二人の姫がいるではありませんか。私は充分尽くしたつもりですわ。欲しいならそのとき仰言るべきです。不満ならその時に……」

「辛い思いをするのはいつも自分だと言っていたではないか」

「それはそうですけれど、私は裏切られたように感じます。隠し子だなんて……」

「別に隠していたわけではない。時機を見て話すつもりだった」

 公妃は涙ぐんだ。また裏切られたと感じる。オルセン大公に、隠していたメイ妃の事を問い詰めたとき、結婚前に話したら認めていたのか?と勝手な言い訳をした男を思い出す。夫のほうは全く悪びれた様子がない。

「あの子を将来どうなさるのです?」

「アミラは何も心配しなくて良い」

「私はどうでもいいと言うのですか? 私の気持ちが収まりませんわ」

「いまさら仕方がないだろう」

 妻に対して冷たすぎると公妃は思った。

「私、しばらくカリヤを離れます」

 一方的な宣言に、聞いていたデリ夫人は、はっとしてカリヤ公を見たが、「そうか」と言っただけで、引き留める気持ちはないらしい。

「カザルの姉の処に行ってきますわ」

 カリヤ公は黙っている。デリ夫人も黙ったまま様子を見ていたが、ふと、カザル王妃ケイトと何度か会ったことを思い出した。

 新生カザルの王妃として、多くの苦難が待ち受ける争乱の地で、苦労をしてきたはずだが、穏やかな中に芯の強さを感じさせる女性だった。何があっても夫を支えて、カザルの地で命を終えるのだという覚悟のようなものが伝わってきた。

 それに以前カリヤ公と親しげに話していた姿も見ている。互いに気心の知れている間柄のようだった。あの方ならカリヤ公が妻を安心して任せられると信頼されているのかもしれない、とデリ夫人は少しほっとした。

 あの利発な美少年がカリヤ公の実子だったとは思いがけなかったが、カリヤ公がこの公国を統べる立派な人物であり、情にも厚い人だとデリ夫人は感じている。(それに比べるとアミラ公妃はカリヤを守り、夫を支えるという覚悟が足りないのではないか? 公妃の座は安泰なのに……)カリヤ公の視線を受けてデリ夫人はすぐ香茶を淹れて運んだ。普段と変わらぬ様子で香茶を飲みながら、

「デリ夫人もたまにはカザクラへ帰りたいだろう。ひと月ほど故郷で楽しんでくるがよい」

 カリヤ公は優しい瞳で休暇を勧める。

「よろしいのですか?」カリヤ公は何も心配していない。デリ夫人は故郷を思い出して、素直に従い、翌日、公妃の馬車を見送ってから、久しぶりにカザクラへ発った。

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