第6章 明かされた秘密(3)

 「アダは苦労したが、幸いグラント王の支援もあり、母国カリヤに戻ってくることができた。私はアダを保護し、平和なカリヤを護るために最善の努力をして、今日みんなに喜ばれ慕われる国に育て上げた。私は自分を誇りに思うと共に、カリヤの安寧がこれからもつづいてほしいと願っている」

「カリヤは平和がつづくと思いますけれど」

「私がひとつ心を痛めていたのはカリヤ王朝の血統を絶やすということだった。前王朝の怨念を晴らすためにも、長く続いた血脈を絶やしたくないというアダの願いを聞き容れたのだ。私は良い選択だったと思っている。

「でも、国のためだけですか? 愛がなくてはそんなこと……」

 言いよどむアン姫にカリヤ公は微笑した。

「仮にアンが滅亡した国の王女で国を護りたい、王朝の血統を残したいと願った場合、だれを選ぶか? ダイゼン王か?アムランの大公か? それよりカリヤの君主を選ぶだろう」

「愛がなければ望まないと私は思います」

 アン姫は複雑な瞳を父に向けた。

「私は以前から不思議に感じていました。何か父上とアダ司祭の間に流れる共通の思いのようなものを……父上はアダ司祭をどう思っておられるのですか? 愛情があるのですか?」

「アンに説明するのは難しいが……」

 カリヤ公は少し黙ってからつづけた。

「アダは私を献身的に支え、尽くしてくれた。詳しいことは言えぬが、カザルやアムランに対する私の意思を汲み、指示や要求に骨身惜しまず働いてくれた。また、私が心身ともに疲れていたときは温かく心を配って支えてくれたのだよ、アン。私にカリヤの太陽であってほしいと愛を捧げてくれた女性を、私も愛し護りたかった。共にカリヤを護る同志でもある。愛とも使命感とも言えるだろう」

「それは母上との夫婦愛とは別のものですか? イクマは将来どうなるのですか?」

「夫と妻は互いに協力し、助け合って愛を深めていくのだ。私は妻も娘も同じように愛している。カリヤの血を持つイクマも大切な我が子だ。イラヤ高僧のように人々を導き、平和なカリヤを護ってほしいと願っている」

「それではイクマが将来カリヤの王になったほうが良いのではありませんか?」

「いや、アンがカリヤの女王になれ。イクマは超能力を授けられて生まれたように思う。私は高僧より上位の大僧正の座にイクマを置きたい。世界の王たちも頭を垂れて敬うような存在になれば良いではないか」

 アン姫はちょっと驚いた顔をしたが、

「判りました。私もカリヤとイクマを護りますから安心してください」

 ときっぱり答えた。

 アン姫が部屋を出てから、カリヤ公はしばらく額を押さえ、吐息をついた。思わぬところから秘密が漏れた。アン姫が納得したかどうかは判らないが、誠意を尽くしたつもりだ。本当はまさか息子が産まれるとは夢にも思わなかったのだが真実は話せない。

 しかし、いずれアミラ公妃も知ることになるだろう。妻は娘より手ごわい。

 互いに愛を誓い、信じて結婚したとはいえ、アミラ公妃はアムランの慣習に馴染めず、社交界でも疎外感に苦しみ、夫の愛妃にみじめな敗北感を味わった。その精神的な傷痕は心の奥に深く残ったまま、いつ表れるか判らない。カリヤの社交界でも貴婦人たちを信用できないのか、自分から親しもうとはしない。信用しているのはデリ夫人とマヤくらいだ。

 いまはサラ姫を可愛がって穏やかに過ごしているが、イクマの父親が夫と知れば、どんな反応を示すか、きついところもある妻と同じように、自分も退かない性格だと認めている。どう対応するかは妻の出方を見ながら、結局は容認させるか、妻が承認するかだが。

 息子イクマの成長を喜びながらも、公表するときの難しさを改めて考えてしまうのだ。


 一方アミラ公妃は何の憂いもなく幸せに暮らしているようでも、心の中では何か自分の才能をみんなに認められたいという思いが強い。作詞や歌、絵も踊りもと、あれこれ模索して手をつけても途中で嫌になったり、あきらめたりしてきた。自分に自信が持てず、尊敬されている夫カリヤ公の側にいるだけの存在かと思うと悲しくなるのだが。

 最近は美貌のアン姫が社交界の華として注目を浴びるようになった。それはうれしいことだが、ダイゼンのクロード王太子との恋は頭を悩ませる。あのグラント王がカリヤへ王太子を婿入りさせるはずがないのに、なぜ早く他へ目を向けないのか。リード公の養子であるジョンもアンリも、アン姫にふさわしい良い青年だと思うのに、意思を曲げない気性は父親に似たのか、困ったものだ。王太子も、結婚は出来ないから駄目だ、とアン姫にきっぱり言ってくだされば良いのに本心はどう考えているのかしら、と最近はアン姫の結婚が心配になってきた。

 アミラ公妃は真面目なジョンが信頼できる夫になるだろうと、アン姫の婿に望んでいるのだが、アンリの留学につづいてアムランへ行ってしまった。なぜ夫カリヤ公が関わっているのかは知らないが、近ごろ、アムランでは革命派の動きが活発化して、いつ革命だか暴動だか、大きな変化が起こるか判らないという噂が入ってくる。あの大公はどうなろうと自業自得だと思うが、若い二人は無事でいてほしいと願い、新たな情報を待つ公妃だが……。

 しかし、秘密が明るみに出るときは続くらしい。アン姫が黙っていたにもかかわらず、間もなくアミラ公妃も知ることになった。

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