第6章 明かされた秘密(1)

 カリヤ公はいつも月初めにイラヤ高僧が祈祷を行う寺院へ出かける。集まってきた人たちと共にカリヤと世界の平和や安寧を祈り、終わったあとは気軽にみんなと懇談する。しかしアミラ公妃は公式の行事以外は参加せず、行っても口数が少なくて、終わればすぐ帰ってしまう。社交界へも仕方なく出席するくらいだ。マヤ・マナセ大臣夫人が奮闘していたけれど、最近はアン姫が中心になって華やいできた。

 そのアン姫は寺院へ行くのも好きだ。独りで出かけることも多い。気分が落ち着かない時も、寺院の清浄な空気に包まれながら、リノ老婦人の穏やかで優しい言葉と、茶菓子の接待を受けているうちに、心が安らぎ、ゆったりした気分になれるのだ。

 それに、澄んだ美しい瞳をした少年イクマと、他愛ないおしゃべりをするのも楽しい。イクマはアン姫にとって弟のような可愛い存在だが、大公の息子をあずかっているのだから、いつかアムランへ帰るのだと思うと寂しくなる。

 カリヤの歴史を学んでいるうちに、アン姫はカリヤ王国が滅亡した経緯や、王家の中でただ一人、イラヤ高僧が命を助けられて、カリヤの安寧を祈る祭事を行っていることや、高僧の身の回りの世話をしてきた貴族の女性がリノ婦人であることも知った。

 また、王女として生まれたアダが、幼い頃ダイゼンの青い軍隊に攻め込まれて、アムランへ逃げる途中で魔術団に拾われ、妖艶な舞姫に仕込まれたり、陰謀の巻き添えで投獄されたりと、波乱の半生を送ったあと、父であるカリヤ公に助けられ、グラント王の計らいもあってカリヤへ戻り、寺院に落ち着いたことも知った。いまは穏やかに暮らしているアダ司祭に、アン姫はほっとすると同時に不思議な雰囲気も感じる。

 たまに父と一緒に訪れると、アダ司祭はうやうやしく敬愛の表情で、控えめに接待しているようだが、どことなく親しい間柄のように見えてしまうのだ。何か隠された秘密がありそうだが、それが何かアン姫には判らない。


 寺院を訪れた後、カリヤ公は『サラ公妃記念公園』へ行き、香華を手向けて祈ることがある。四季を彩る花々も美しいが、館内に飾られたサラ公妃の人形は、まるで生きているように華麗で、すばらしいけれどどこか物悲しい。

 早世したという前公妃と何か話しているように見える父の姿と長い沈黙の間に、アン姫もいろいろ空想したり想像したりしてしまう。

 サラ王女の愛を得て、カリヤの君主になったとは聞いているけれど、もし自分がサラ王女の娘として生まれていたら、クロード王太子との恋も結婚も絶対に許されないだろう。サラ王女には申し訳ないが、アミラ公妃の娘でよかった。セイジもジョンも良い青年だし、格好良いアンリにも惹かれるけれど、やっぱりクロード王太子がいちばん好きだ。結婚相手はクロードだと心に決めている。あとはどうすれば夢でなく実現できるかが問題だ。

 イクマはアン姫が黙っていても心の中で思っていることが判るらしい。王太子のことを思いながら、ふっと吐息を洩らしたとき、

「心配しなくても大丈夫ですよ。アン公女さまは運に恵まれた強い方ですから」

 と言われてびっくりしたことがある。笑顔のイクマを見ると、なぜか安心してしまうが、「父上がなんとかグラント王を説得してくださるとうれしいのだけれど」

 といったアン姫には無言で首を横に振った。グラント王が承知するはずがないと判っているのだが、ほかに良い方法が見つからない、早く王太子自身が自分の意志でカリヤに来てほしい。ダイゼンと比べれば小さな国だけれど、美しい観光国として敬愛されているのは父カリヤ公の献身的な努力をみんなが認めているからだ。自分はカリヤを誇りに思っているし、女王になったら、もっとすばらしい国にしたい。それには愛するクロードの意思や力も必要だし、共に築き上げる喜びもある。

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