第5章 愛の花咲く頃(4)

 カリヤ城でカリヤ公夫妻からの接待を受け、香茶をふるまわれたアンリには、もう一つの疑問があった。イクマと言う少年のことだ。名前を聞いて思い出したのは、大公の隠し子がカリヤ公の許で養育されているらしいという噂だ。それが事実なら、自分の弟でもあり、大公の跡を継ぐ資格も可能性もあるはずだ。アンリは思い切って訊いてみた。

「あのイクマと言う少年はだれの子なのですか? 大公の子だという噂を聞いたことがありますが……アムランらしい顔立ちとも思えませんが……なぜカリヤにいるのですか?」

 沈黙しているカリヤ公に重ねて尋ねると、

「アムランであの子が生まれたとき、大公は大喜びで可愛がられた。私がジョンとアンリを連れ去って寂しかったのだろう。私はアムランの自由さに不安や危険を感じて、アムランの将来を安心して任せられるよう、リード公ご夫妻に養育を頼み、その期待に応えてくれた二人を誇らしく思っている。私は子どもが好きで、たくさん子どもが欲しかったが、いまはジョンやアンリ、そしてイクマも私の大切な息子だ。大公にもリード公にも感謝している。アンリも生まれを気にせず、イクマを弟と思って親しくしてほしいと願っている」

「そうですよ」とアミラ公妃が口をはさんだ。

「みんな神の祝福を受けて生まれてきたのです。若いあなた方が力を合わせて次の時代を豊かにしてください。私は皆さんの活躍を楽しみに見守りながら応援していますよ」

 アミラ公妃は気分が良さそうだ。カリヤ公も、

「自分に託された使命に向かって進んで行け。アムランの将来はアンリやジョンの肩にかかっている。私はふたりに期待している。もし、私の力が必要な時はいつでも言ってほしい。出来る限りの協力をしよう」とつづけた。

 アンリは尊敬するカリヤ公夫妻に信頼され、励まされる自分を誇らしく感じた。

「私はご夫妻の期待に応えられるよう、アムランを立派な国にするつもりです。ジョンも同じように思い、励んでいくと信じています」

 アン姫とは結ばれなくても、父母のように頼れる存在だ。リード公夫妻も実の子として慈しんでくださった。私たちは幸せだ。たとえ大公の実子であっても、息子として期待してくれる人たちがいる。アンリは明るい希望を胸に抱いてアムランへ戻って行った。

 アンリを見送ったアミラ公妃も満足していた。平和なカリヤ公国の象徴として、尊敬されている夫のそばで、慈愛深く心の広い公妃として称賛されるのはうれしいことだ。

 昔は愛の変転に悩み、悲しみに沈んだときもあったけれど、今は悲劇的な最期を迎えたサラ王女とは異なり、みんなから羨望される身となった。公妃の座は安泰だ。アミラ公妃は喜びと充実感に満たされて微笑む。

 月初めに必ずサラ王女を祀った記念館へ行き、献花や祈りを捧げる夫に不快感を覚えたのも昔のこと。王女の死と引き替えに得た幸運だ。運命というものは自分で決められないものらしい。神に感謝しようと公妃は安心していた。

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