第5章 愛の花咲く頃(2)

 カリヤからの土産を持って大公の許を訪れると、ジョンがアムランの品物を持って来ていた。月に一度、アンリと交代で報告がてら様子を見に来ているのだ。アンリはあまり大公とは話さず、もっぱらメイ妃やルナとアムランの話をして、早めに帰ってしまうのだが、ジョンは詳しく情報を伝え、励まして帰って行くという。ちょうど報告が済んで、香茶と軽食がふるまわれるところだ。ジョウが娘ユリを紹介し、一緒に雑談を始めると、ユリは初めて会ったジョンに好奇心いっぱいの表情でアムランの芸術について質問を始めた。ジョンやルナも楽しそうに会話が弾む様子を見て、やがて大公とジョウは少し離れた長椅子に移り、なんとなく若者たちの話を聞いていた。

 最近アモン劇場へ行ったというジョンに、ユリは歌劇の題名や内容を訊き、その有名な歌曲なら知っている、と大喜びだ。立ち上がったジョンが得意の美声で唄いはじめると、少し聞いていたユリも立って一緒に唄いだした。ルナは笑顔でうれしそうに聞いている。いつの間にかジョンの左腕がユリの腰にまわり、右手を拡げて舞台に出ている気分なのか、ユリもしなやかな手振りで指をゆらめかす。

舞踏で鍛えた躰の動きに目を留めた大公が、ジョウを見た。

「あの手振りはアダの指導だな。カリヤの伝統芸術だ。声も伸びやかですばらしい」

「踊りや歌は好きな子ですから、夢を叶えてやりたいと思っていますが、まだまだですよ」

「芸術はアムランだよ。留学させればいい」

「ダイランにも大劇場は出来ましたが、伝統のあるアモン劇場には敵いませんね」

「ベラ・アマリの子ではないだろう? 知っているのか? 彼女のことを」

「話していませんが、気づいているようです」

「ベラも声量が落ちてきたから、もう少しすれば新星現るで評判になるよ。その時は私が支援しようか?」

「けっこうですよ。危なっかしい」

「娘だと思っていれば手は出さないよ」

 冗談半分に話しながら、若者たちを見ると、ジョンがユリに「今度お父さんとアムランへおいで。一緒にアモン劇場へ観に行こうよ」と誘っている。すっかり打ち解けて楽しそうだ。メイ妃とルナもうれしそうに話しているが、ルナのためにと思って連れてきた娘なのに、とジョウは妙な気分になった。

(気まぐれな恋の妖精がやってきたようだ)

(どうやら恋の花が咲きそうだぞ)

ふたりは心の中でつぶやきながら考えた。

(カリヤ公第一の側近でアムランの風習に理解もあるし、良い娘だ。悪くないな)

(大公の息子でもリード公に養育された青年なら大丈夫だろう)

 本当はルナとジョンを一緒にさせたい大公だが、ルナがアンリを慕っているのを知っているので、仕方がないと思いながらも、新たな希望を抱きはじめた様子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る