第5章 愛の花咲く頃(1)

 ジョウがアムランからカリヤに戻る途中、セイランで静養中の大公の処に寄ると、大公は顔色も良く大分元気になっていた。

「もう少しすればアムランへ帰国できますからね」とジョウが国内の情況を説明すると、大公はまだセイランでのんびりしたいと言う。

「立派な息子たちがアムランに来てくれたのだ。すっかり任せて私はここに隠居するよ」とジョウは笑った。大公の忸怩たる思いはよく理解できるが。

「アムランはこれからどんどん良くなりますよ。息子たちの活躍を間近で見守るのも楽しいでしょうし、大公の帰国を待つ人たちも大勢います」とジョウは励ました。

「そうだな。カリヤ公には世話になった。感謝していると伝えてくれ」

「金貨三千枚は高くなかったでしょう?」

 ん? と大公は笑っているジョウを見つめてから、あはは、と明るい笑顔になった。

「そういうことか、何倍にもして返すというのは。本物の盗賊にやられたのかと思っていたが、カリヤ公の手の者の仕業だったのだな」

「アダですよ。魔術はお手のものですからね」

「ふうん、アダか……得意の魔術でカリヤ公もたぶらかしたのか?」

「いいえ、それは別でしょう。アダは神に仕えるようにカリヤ公を敬っていますから」

「それじゃイクマは神の子か? 事実が公になったら大騒動だよ。まずアミラ公妃の顔が変わる。妻の詰問にカリヤ公が何と説得できるか、その場で聞いてみたいよ」

「面白がられては困ります。神の子とは言えませんから、私も内心は心配しているのです」

「まあカリヤ公のことだ。何とかするだろう。それよりメアリ姫の行方はまだわからないのか?」

「トーゴの話では、いざとなったらカルロが助け出すと言っていたそうですが、まだカルロの姿も見当たらず、メアリ姫がどうしておられるのかもさっぱり判明しません」

「そうか、どうしようもないな。二人の息子が戻ったのだ。運がよければメアリともまたいつか会えるだろう。何かわかったら知らせてくれ。ジョウにも世話をかけるが頼むよ」

 再会を約束し、見送られてカリヤに向かったジョウだが、おとなしいルナの寂しげな顔を思い出し、愛娘のユリと仲良くなれるのではないかと考えた。ユリはルナより少し年上だろうがカリヤ伝統舞踊は上手いし、声楽も習っている。父がよくアムランへ行くので、アムランの芸術には関心があるし、アモン劇場に憧れているのだから、ルナと話が合うだろう。ルナも知らない土地に移り、親しい友人がいないのだ。アムランの話でもすれば楽しくなるのではないか?

 カリヤ社交界の舞踏会へ出られるようになった娘ユリに、セイランを見物させたり、大公の様子を見がてら訪問してルナに会ったりしてこよう。カリヤに戻ればしばらく休暇がとれるので、ジョウはそんなことを思いながら家路に急いだ。カリヤには愛妻リタとユリ、そして長男のユウジも待っている。

 思春期のユリはいつの頃からか、父のアムラン行きが公務だけではないと知っていた。ベラ・アマリの名声はカリヤにも届いていたし、アモン劇場で主役を務める初日には、父が一緒に舞台で拍手喝采を受けているという噂話に疑問を抱き、母の友人からこっそり聞き出したのだ。それでも家庭で見せる父の顔は優しく、家族思いで面倒見がいい。母も満足そうで父の悪口は言ったことがない。向こうには子どももいないし、父はカリヤ公第一の側近で尊敬されているのだ。アムランでは妻のほかに愛人がいるという人が多いとも聞く。よけいなことは考えず、優しい父や母を誇りとしよう。だがユリは、一方でベラ・アマリに負けたくないという密かな思いもある。舞踊や声楽に打ち込んでいるのは、いつか有名なアモン劇場へ出てみたいという夢があるからだ。

 カリヤに戻って報告を済ませ、半月ほどの休暇を得たジョウは、娘のユリと二人の従者を従れてセイランへ発った。初めて行くセイランは、さすがに観光地も多くてユリを喜ばせたが、アムランから来ているという少女ルナに会うのも楽しみだった。アムランの話がいろいろ聞けるし、そのうちアムランへ連れて行ってくれるという父よりも、若い目線で見たアムランの実情を知りたい。

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