第4章 新たな道へ(6)

カリヤ公が忙しい公務の合間を縫って、セイランの保養所へ大公の様子を見に行くと、思っていたより元気な姿だった。

「薬草が効いているようで顔色も良い。よかったな、大公」カリヤ公が労わると、

「もう大公はいらないよ、ただのリョウ・オルセンだ」と大公は少し自嘲ぎみに言った。

「世話になったな、君のお陰で無事に生還できた。もうアムランはほかの者が納めるだろうから、私はここにずっと住みたいよ」

「希望を捨てるな。オルセン宰相の功績や遺徳を知る者は多い。大公の身を案じている者も多いはずだ。それにジョンとアンリが力をつけて、そのうち迎えに来るだろう。安心して養生しながら時を待っていてくれ」

 うむ、と大公は少し明るい表情になった。

「ジョンは政治に精通しているし、何でもよく知っている勉強家だから、人望を集めそうだよ。良い息子に育ててもらった」

「リード公ご夫妻の薫陶を受けて、本人が努力したからだろう。私も頼もしい青年に成長したと思ってうれしいし、これからの活躍も期待している。アムランの未来は明るいよ」

 しかし、大公は

「アンリに怒られてしまったよ。父なら父親らしく、しっかりしてくれ、とね。私はちょっと頼み事をしただけなのだが」

「何を頼んだのだ?」う~んと黙ってしまった大公にメイ妃が

「私がエミルを刺した短剣を探してほしいと言ったのです。私が預かっていた紅玉の入った美しい短剣なのですけれど、夫を狂わせた憎い人だと思って私が刺殺したのですが」

 ん? カリヤ公は記憶を呼び覚ます。たしかダリウスから、王子が大公の姉レナを刺し、その短剣を持ったダリウスの姉モリカが死んだと聞いたことがある。なぜかサラ王女の手に渡り……回りまわって、また大公の許にきた奇妙な短剣だが、真実は話せない。

「あの短剣は持たないほうがいい。不幸な女性たちの血の涙が沁み込んでいる曰く付きの短剣だ。メイ妃が欲しければ、カリヤに良い宝飾店があるから、そのうち案内しよう」

 いいえ、とメイ妃は微笑した。

「もう私には必要ありません。私は大公さえ元気でいてくだされば、ほかに望みは何もありませんから」

 相変わらず優しい女性だとカリヤ公は思う。(エミルを刺したのはよほど憎かったのだろう。メイ妃が元気だったのは幸運だったのか、レナが弟のために助けたのか?)

 ところで、と大公が話を変えた。

「ジョンはしっかりした良い男だ。私はいずれルナと一緒になってほしいと願っているのだが、どうやらルナはアンリのほうが好きらしい。アンリの心配ばかりしている」

 傍らで頬を染めたルナを見て、カリヤ公は

「アンリも良い青年だよ、動乱の中でも恋の花が咲くとは、さすがアムランの若者だ」

と微笑んだが、実際のところは判らない。

「今日は泊って行くのだろう? 久しぶりにまた寝物語でもしよう」

「いや、すぐ帰る。大公の様子を見に来ただけだ。元気な姿を確かめて安心したよ」

「ここはどうやらカリヤ公の密会所ではないようだから、しばらくのんびりさせてもらう」

「自由に使ってくれ。軽口が出るようなら心配なさそうだ。ではまた会おう」

「忙しいんだな。たまにはゆっくりしろよ」

 大公は玄関まで送りに出て空を見上げた。アムランはどうなったのかと気にかかる。酒の毒が消えれば、正常な思考が戻ってくるのだろう。


 そのアムランではジョンとアンリが奮闘していた。堂々とした態度と政治論に感銘した若者たちの支持を集め、憧れの的になっていったのだ。

 アラセ長官は革命派の長官や幹部たちと話し合い、幾度か議論を重ねて協力を約束した。

 主要な人たちと計画を練り、実行に移して業務に勤しむ一方で、ジョンは芸術の都と言われる主都の様子を見て回った。

 美術館や各種の競技場、曲芸や魔術を行う会場などがある中で、有名なアモン劇場はさすがに壮観で立派な建物だ。セイラン出身の歌姫ベラ・アマリの名前は知っている。アンリを誘って観劇に行ったジョンは、美しい舞台と心に染み入る歌曲にすっかり魅せられてしまった。思わず一緒に唄いたくなるし、豊かな気分にさせてくれる。

 大国ダイゼンでも芸術面では敵わない。アムランには誇れるものがあるのだ、とジョンとアンリは満足して鑑賞を終えたが、それからたまに時間があるとジョンは独りでも出かけるようになった。カリヤ公から、若くして逝った母がアモン劇場へ出たこともある歌姫だったと聞いたせいか、顔も知らない母親が懐かしい。舞台の何処かにいるような気がする。アムランに居たら歌手になっていたかもしれないと思いつつ、母国の再興のために力を尽くしていた。

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