第4章 新たな道へ(5)
「考えてみたらエマはアンリの叔母になるのではないか?」叔母? とアンリは首を捻る。
「従姉妹ではないのか?」ジョンは首を振る。
「母親が違っても父親は同じということは? う~ん何だか面倒くさくて考えられないよ」
「あまり血が濃いと変わった病気や性格が現れることがあると聞いたことがあるよ。ただ仲のいい友人として付き合えるならかまわないだろうが、よく考えてみたほうがいいな」
判った、とアンリは素直にジョンの意見を聞き、なんとか無事に翌日を過ごして帰ってきた。アンリにしてみれば自分から求めたくなるほどの気持ちはなかったのだ。が、帰ってくるなりジョンに
「私の代わりにエマと付き合ってくれ」
というので、ジョンは驚いた。アンリが醒めた顔で、親戚や友人としては付き合うが、それ以上は進めない、と断るとエマは笑って、
「叔父と姪の結婚もあるわよ。でも、嫌ならいいのよ。アムランは恋愛文化の国だから、去る者は追わず未練なく諦めるし、好意を持ってくれる人は拒まないで受け容れるの。アンリが駄目ならジョンを紹介してよ」
あっけらかんと頼まれたのだと言う。
「少し堅物に見えるけど、と言うから、昼と夜は違う男だよと言っておいた」
「おい、嫌だよアンリが良いと言っていた女性なんか、そんな気になれるか」
「アムラン流を教えてもらったんだろう? きっとジョンのほうが相性がいいと思うよ」
「押し付けるな!」声が高くなっていたのか、
「何の話でもめているんだ?」と声がした。
ラウルの友人でロメオという顔見知りの男だ。アンリが事情を話すとロメオは大笑いした。
「ふたりとも遊び慣れていないな。エマは女闘士だよ。身も心も燃え滾っている。男同様の活躍をする一方、あちらのほうもお盛んさ。せっかく可愛がってくれると言うのに、断ってはもったいないぜ」
「子どもができたらどうするんです?」
「エマは大丈夫さ。せれに育てられない子は国が受け入れてくれるし、子を欲しがる夫婦には養子に出す。何も心配いらないよ」
避妊薬かとアンリとジョンは顔を見合わせた。もし結婚するなら自分の子は欲しい。遊び半分の付き合いはダイゼンで教育を受けた自分たちにはできない。アムランの恋愛文化に翻弄されそうだと思ったとき、アンリはふとルナの無邪気な笑顔を思い浮かべた。
ロメオはふたりを見比べて、ジョンに妹のアヤを紹介したいと言い出した。恋愛より学問が好きで、よく本を読んでいるアムランでは変わり者の妹だが、じっと話を聞いたり、読んだりするのは好きだから、ジョンがダイゼンの話をいろいろ聞かせてくれたら喜ぶだろう、というのだ。(読書好きは変わり者か?)
ジョンは少し迷ったが、断るのも悪いかと思い、変わり者の妹に会ってみることにした。
アヤはジョンから見ると、少しも変っているとは思えなかった。確かに積極的に話したり誘いをかけたりはせず、媚びるような仕草は一切しないが、何か訊けば的確に答えるし、ダイゼンの詩集には関心を示した。気を良くしたジョンが自慢の美声で読み上げると顔が輝いて、「良いお声ね、うっとりするわ」と言う。(なんだ、ちっとも変った娘じゃないな。アムランでは珍しいのかもしれないが)
付き合い始めて少し経ったとき、従兄が会いたがっているというので「一緒に来ていいよ」と気軽に答えたのだが、やってきた青年を見たジョンはっびっくりした。服装も、化粧をした顔やしぐさも、まるで女性としか思えない。その上、はじめから「お兄さん」と馴れ馴れしく寄り添ってくる。集会での雄姿を見て、惚れ込んでしまったというのだ。
妙な顔をしたジョンに、「アムランでは男も女も区別しないのよ。男同士の愛も普通だし、私はヒカルと仲良くしているわ」アヤは言う。「ヒカルは絵画の天才、芸術家なのよ。すてきでしょう?」そう言われても退いてしまう。手が出ない。
付き合ってほしいと迫るヒカルに、まず友人として付き合おうと、ジョンはなんとかはぐらかして帰宅したのだが、
「アンリ、やっぱり私もアムラン流は苦手だ」ため息をついたジョンにアンリは笑った。
「男同士でも好きならいいんだよ。そういう自由な国だし、ラウルの友人で夫婦同然に暮らしている人がいるよ。男も女もないだろう」
「私はいくら女らしくても男は愛せないな」
「ダイゼンでも昔、グラント王とカリヤ公は親密な間柄だったという話を聞いているよ」
「しかしそれは信頼と言うか真愛だろう。私は王よりカリヤ公のほうが強いというか、信念を曲げない方のように感じるよ」
「アムラン育ちの大公とは違うんだろうな」
「世界はどんどん変わるから、アムラン流を好む人が増えるかもしれない。すべてダイゼン流に変えようと思わず良い国にしようよ。まず政治と経済、そして教育が大事だよ」
ふたりは使命を再確認して頷き合った。
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