第4章 新たな道へ(2)
「カリヤ公の?…… 母国?」
大公はジョンとアンリの姿を凝視した。その顔が疑惑から確信へと移っていく。
「もしや…そうだ。私の息子を連れ去ったのは、やはりカリヤ公だな。その髪と瞳の色は間違いなくオルセン家のものだ。そうか、確かアンリと言う名前だった……」
「思い出しましたか? 自分の子を」
「しかし、アムランの若者らしいところが全く見当たらにないとは……」
大公の目は恐い表情のアンリを捉えた。
「そうです。アムランの若者らしくなくて残念でしたね。私はこのアムランをすっかり変えてみせますから覚悟していてください」
「騒ぐ声がするぞ、アンリ。革命派がもう集まってきたのだ。急げ! 早く逃げよう」
「ここにいては危ない。大公来てください」
「どこへ連れて行くのだ?」大公は動かない。
「連れ出して殺すより、ここで殺してくれ」
「私もここで死にますから、ルナだけは何とか助けて、面倒を見てやってください。私にはもう何の希望もないのですから」とメイ妃。
「何を言うのですか。セイランに行って新しい出発をするのですよ。カリヤ公が心配しておられます、さあ早く」
兵士らしい声が近づく。ジョンは大公を抱え上げて秘密の入り口へ進む。ルナもメイ妃の腕を引いてつづいた。兵士の姿を見たアンリは椅子を投げつけ、家具を倒して侵入を防ぎ、素早く通路に飛び込んだ。薄暗い細道を進みながら大公が呟いた。
「カリヤ公は廃人同様の私を受け入れてくれるのか? なぜ見捨てずに助けてくれるのだ」
「カリヤ公は友情にも信義にも厚い立派な方です。その信頼に応えてください。カザルの薬草で必ず良くなると仰言っておられます」
「セイランに保養所が用意されていますよ」
出口が見え、外に出るとメイ妃とルナはやっと安心したのか抱き合っている。
しかし、待っていると言ったジョウの姿が見えない、と辺りを見回すと、みすぼらしい荷馬車がのろのろと近づいてくる。薄汚れた顔に汚れた布で頬被りをした男が声をかけてきた。
「アンリ、ここだ。早く来い」手招きされて疑いながら顔を見ると、ジョウが笑っている。
「どうだ? 農夫にしか見えないだろう。早くみんなを乗せてくれ。真ん中は空いているぞ。しばらくの辛抱だからな」
積まれた藁の中にある空間に三人を乗せる。
「こんな農耕馬で大丈夫ですか?」
「力は強いんだよ。あとは私の腕に任せろ」
ジョウは笑いながら三人に声をかける。
「安全な場所まで我慢してください。良い馬車が待っていますからね」
荷馬車が動き出すと、「お兄さ~ん、気をつけて~」と心配そうなルナの声がした。アンリは軽く手を振ってから、「さあ、早く行ってみんなと合流しよう」と走り出す。ジョンが、
「アンリはもうアムランの青年になったか」とからかう。「勝手に兄にされたんだよ」と言ってから「そういえばメアリ姫というのは我らの妹ということになるのだな」とアンリは少し複雑な顔になった。ジョンも渋い顔だ。
「モール一族の娘だと思え。運がよければ助かる。すべては神の御意思に任せよう」
集合場所に着くと、待ちかねていたラウルが「革命派が侵入したから、騒ぎ出した者たちを連れて長官が場内に入った。もう占拠しているだろう。遅かったな」と言う。実は大公をこっそり脱出させたのだと事情を話すと、ラウルは驚きながらも、「姉が知ったら喜ぶだろう。アムランのことは心配しているからね」と頷いた。城門の周りはこん棒や鍬を手にした男たちが集まり、怒声から歓声へと変わりつつある。少数の護衛兵士ではとても護りきれない人の波だ。大衆の力は強い。一部の者の栄華ではなく、みんなが豊かな生活を享受できるようにアムランを変えるぞ、とジョンとアンリは同志たちと一緒に雄叫びを挙げた。
ジョウはのろのろと荷馬車で街を進み、行きかう若者たちに「頑張ってくださいよ~」と、とぼけた声援を送りながら、だれにも疑われずに妻ベラ・アマリが住む家の庭に入った。雇っている老爺に荷馬車を返し、いつもベラが乗っている馬車に移る。邸内で一休みした三人は安心したのか馬車に乗るとすぐ眠ってしまった。ジョウは時々みんなの様子を確かめながら、セイランへと入って行った。
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