第3章 謎めく未来(3)

 傍らに動くものの気配を感じて目覚めたグラント王は、アン姫を見てびっくりした。

「どうしたのだ?」と王は声をかける。

「私は決めたことは実行します」アン姫は声をひそめて、柔らかな躰をすり寄せた。

「何を企んでいる。内緒の話があるのか?」

「話はもういいのです。グラント王、私は王の子がほしい。私に王の御子をください」

「何? 冗談を言ってはならぬぞ、アン」

「冗談ではありません。私は強い子どもがほしいのです。カリヤ公国の将来を安心して任せられる子が。ですから私を抱いてください」

「無茶を言うな」王はアン姫を抱えて微笑した。真剣な碧いが迫ってくるが。

「アンは自分が愛する青年の子を産むのが、一番幸せなのだよ」

「でも、クロードを愛していてもだめなのでしょう?」

 うむ、と王は考える。アン姫がクロード王太子を慕っているのも、王太子がアン姫との結婚を望んでいるのも、充分わかっているが、大国ダイゼンの大事な後継者を、小さなカリヤ公国になどやれるものか。クロードにはダイゼン王国を継がせるのだ。こればかりは何としても譲れない。

「クロードはダイゼンの王太子だ。他に候補者は大勢いるだろう。ジョンやアンリ……ジョンはなかなか良い青年だぞ」

「いいえ、私はクロードが良いのです。でも、許していただけないのでしたら、あきらめるしかありませんもの。ですから代わりに王の子を……」

「その代りか?」と王は目を剥いた。

「それならクロードの子が良いではないか」

「可哀想ですわ。いつかクロードが結婚して子どもが産まれたら、その子はずっと幸せに暮らせるのでしょうけれど、私の子は一緒に居られませんもの。でも王の子どもならダイゼンへ連れてきてクロードの子どもと遠慮なく遊ぶこともできますし、王にも可愛がっていただけますわ」

「そんなことを考えているのか。余はともかく、王妃には憎まれるかもしれぬぞ」

冗談半分に言っても、幼い頃から娘のようにかわいがっているアン姫を抱こうとは思わないのだが、やがて王は「何をやっているのだ」と、くすぐったそうな顔になった。

「余を誘惑しようなどと妙なことを考えても無駄だぞ、アン。手を放せ」

「なぜ?私はどうして駄目なのです?」

「それは余が自分で命令を下さないということをきかないのだよ」

王はおかしそうにアン姫を見る。

「なぜ余でなければ駄目なのだ?」

「私は強いダイゼンの血がほしいのです。安心してカリヤを任せられる強い子が、王の子なら立派な王者に育つと思うからですわ」

「なるほど、確かに名馬は血統を重視するが、人間は違うぞ。教育次第、本人の自覚によって偉大な王者になるのだ。アンもカリヤの女王になるのであれば、もっと誇りを持て。正式に結婚して良い子を産み、育てるのだよ」

「でも血統は大事だと思いますわ」

「残念だが、アンの要求には応えられぬ。余はカリヤ公の信頼を裏切ることはできないのだよ。アンは公にとっても余にとっても大切な宝だ。もう部屋に戻って休むのだよ、アン」

 促しても離れようとしないアン姫に少し面倒になった王は、寄り添っているアン姫にからかい半分よけいなことを口にした。

「アンが余を自分の思いどおりにしようとしても無駄だが、余は自分がそうしたいと望めば、どんなにアンが嫌がってもそうすることができるのだよ」

 ちょっとひるんで身を起こしたアン姫に、王は面白がって付け加えた。

「例えばカリヤも余がほしいと望めば、いつでもたやすくダイゼンのものになるのだ」

王にとっては軽い冗談だが、昼寝から目覚めた獅子の気まぐれなあくびでも、子兎にとっては恐るべき脅威となる。アン姫には恫喝か脅迫とも思える言葉だ。

王はアン姫の表情に気づいて、安心させるよう微笑したが、アン姫の心に拭いがたい恐怖心を植えつけたとは夢にも思わなかった。

アン姫の命ともいえる美しい国、大切なカリヤ公国を盗られてはたまらない。この強国の王は、自分がほしいと思えばいつでも攻め滅ぼすと言っているのだ。もし父上が殺されたらどうしよう? カリヤを失ったら私は?アン姫は悪い想像をして眠れず、昨日、久しぶりに会ったカザル王の厳めしい髭面を思い出した。(父上の義兄であるカザル王なら、きっとダイゼン王の横暴を止めたり、意見を言ったりできるはずだわ。いざというときのために手を打っておかねば……)

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