第3章 謎めく未来(1)

 グラント王やユリア公妃、ハラド公などと内輪の会談や催しがあるというので、父カリヤ公と共にアン姫はダイランの王宮に入った。

クロード王太子に会えるつもりで同行したのだが、肝心の王太子は不在だった。カムラ副将と一緒に、国王軍と王太子軍が競い合う軍事訓練に数日出かけているという。アン姫からみれば、わざと会えなくされているようで不満はあるが、国の行事では仕方がない。

(クロードは軍事訓練など好きではないのに)と思いながら、王宮には泊らず、父と別れてアン姫はアキノ邸へ向かった。

 アキノ夫人はあまり会えない孫娘を喜んで迎え、接待しながらカリヤの話を興味深く訊いたが、一通り話し終わると、アン姫は祖母アキノ夫人の過去の話を聞きたがった。

「おばあさまは昔、クラード王のお妃候補に挙がったという話を聞いていますけれど、王妃になっていたら、と残念に思われたことはありませんか?」

 アキノ夫人は真剣な顔で訊く孫娘に微笑んだ。

「私は王妃にならなくて良かったと思っていますよ。心が広くて優しい夫の愛に包まれて幸せでしたし、良い子ともにも恵まれました」

「でも、もし王妃になっていらしたら、父上はダイゼンの国王になられていたはずですわ」

「それが幸せにつながるかどうかは判らないでしょう? クラード王のように戦いを好む夫では心配が絶えなかったでしょうし、不幸な人たちを増やして辛い思いをしたでしょう」

「戦いを止める人はいなかったのですか?」

「前宰相もアキノ大臣も反対はしましたけれど、王の意向には逆らえませんし、軍部の勢力が強くて、平和を願う人々を弾圧したのですよ。夫は強硬な反対をせず、国内の充実に力を注ぎました。私は夫を誇りに思っています。もうずっと平和を護りたいですね」

「父上もカリヤを立派に治められていますわ。ダイゼンに比べれば小さい国ですけれど」

「国は領土の大小ではありませんよ。小さくても立派な国は存在します。カリヤも平和でみんながあこがれる美しい国でしょう?」

「私は本当にカリヤの女王になれるのでしょうか」

「あなたは女王の星を持っていますから、心配はいりません」

「でも、クロードと結婚できるでしょうか。クロードはダイゼンの王太子ですけれど」

「何かのきっかけがあって決断されると思いますよ。あなたとは良い相性ですからね」

「クロードがダイゼンの王になってほしいという思いもあるのです。エンリに任せたくないという気持ちもあって。ですから私は迷っています。おばあさまはどう思われますか?」

「人はそれぞれ神に定められた使命や運命があるのではないでしょうか」

アキノ夫人は少し微笑んでからつづけた。

「仮定の話ですけれど、例えばエンリ王子に天の徳を持つ立派な星があればダイゼン国王として君臨されるでしょうが、もし徳がなければアムランのように乱れるかもしれません。神のご意思にお任せなさい」

「私がクロードを王太子の座から下ろしても、神の怒りに触れることはないのですね」

夫人は優しく、冗談めかして

「エンリ王子に譲っても、次の王がだれになるかは判らないでしょう?」と言った。

「クロード王太子の御子が継ぐということも絶対にないとは言い切れないのですからね」

その言葉はアン姫には謎めいて聞こえた。

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