第2章 母国の人たち(5)
ダイゼンに帰ったモリスが、ひと月も経たないうちに、また訪ねてきたので、カリヤ公は何かあったかと心配した。するとモリスは先日の大公の様子を聞いて、役に立つかもしれない、と薬草を粉にして調合した薬を持ってきたのだ、と言う。
せっかく薬草で有名なカザルへ行ったのだから薬草の勉強をしようと思い、症状に応じた薬の扱い方をまとめた本をつくった、と一冊の本を差し出した。モリスらしいなと友情に感謝しながら、カリヤ公は興味深そうに本を開き、モリスの説明に耳を傾けた。
「解毒薬や体力回復に効く物が良いだろう。神経衰弱や不安を解消する薬もある。カザルの薬草はよく効くと評判だ。症状を見ながら飲むように勧めてみたらどうだ?」
「感謝するよ、モリス。きっと元の姿に戻るだろう。しかしいろいろな種類があるものだな、不妊症に効くものまであるのか。牡丹や芍薬なども薬になるとは知らなかった」
「不妊症と言えば」とモリスは微笑した。
「姉君からセキト夫妻の話は聞いていないか? 訪ねて行ったようだが」
「姉とはずいぶん会っていないが、母の占星術を引き継いで、最近は様々な相談を受けているのは知っている。たまに母に会うと喜んでくれるが忠告されることもある。母にとってはまだ心配な息子なのだろう」
「有難いことじゃないか。私は早く母を亡くしたし、父とも、もっといろいろ話を交わしておけばよかったと後悔するときもあるよ」
そう言ってからモリスはセキト夫妻の話をした。まだ子どもに恵まれないのが不満なふたりは互いに自分のせいではないと主張して口喧嘩が絶えず、セキトがほかの女性で自分が完全無欠であることを証明したいというのを、ロベールが大ごとになるからやめろと説得していたという。一方のマイヤも、セキトのほうが悪いと言い張り、面倒になったセキトはロベールで試してみろと無理を承知で言ったらしい。むろんロベールは話に乗らず、マイヤがロベールよりカリヤ公が良いと言い出してひと悶着のあげく、子どもが産まれるかどうかと相談に行ったのだ。
クララは話を聞いて、来年が良い星回りになるから諦めないように、と励まし、躰を温める薬草を飲むと良いと助言した。温暖なアガシアから来て、薄着のおしゃれを楽しんでいたマイヤは体温が低かったようだ。それでカザルの薬草に詳しいモリスに話が持ち込まれたというわけだ。が、
「姉君は目の前の夫婦喧嘩を黙って見ておられたようだが、マイヤ夫人がカリヤ公に頼んでほしいと言うのを、セキトが睨んでいたと、これはクレオから聞いた話だが、慌てず騒がずの沈着な姉君も内心はさぞ困惑されたと思う。君には何も話されなかったのだな」
「頼まれても断るよ」とカリヤ公は苦笑する。
「私だっていやだね。よけい争いの種になる」とモリスも笑ったが、カリヤ公は無口だった姉が相談者に助言をしているのかと驚かされた。
「知識が深まれば自信もつく。良い助言をしようと思えば次々と言葉が出てくるのだろう。使命を自覚すれば人は変わるというが、姉君を慕って訪れる人が増えているそうだよ」
「よかったよ。みんなに喜ばれて仕事ができるというのは幸せなことだ」
しかも客が置いていく銀貨が溜まると『子どもの園』に寄付をしているというのも、姉の人気を高めているらしい。クレオとの間に授かった息子も成長して、アキノ家は安泰だ。
「姉君はポールと公務も務めながら、よく努力されていると思うよ。宮殿の一室が姉君の相談専用として許可されているというし、隊士や侍女たちの結婚相談もあるらしい」
「人には定められた運命があるのか、人生は自分で変えることができるのか? と思うときがあるな」カリヤ公の言葉にモリスは頷いた。
「カザルの薬草で私の胃痛が治り、薬草に詳しくなったのも運命かな。きっと大公も回復して新しい出発ができると信じよう」
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