第2章 母国の人たち(2)

 ダイゼンへ休暇で帰る途中、アンリはカリヤに立ち寄った。留学の報告がてら、アムラン城内の様子を少しでも知りたいと思ったのだ。カリヤ公はアンリを歓迎して、詳しく話を聞き、、改革の時が迫っていると感じた。

「ケイン補佐官からアムランの情報は得ているが、セイラ妃の誕生日を祝う催しが二ヶ月ほど先にある。一族が集まるだろうから、過激派が狙うとすれば、その日が危ないだろう。秘密の通路はあるはずだが、メイ妃に訊いてみないと入口は判らない。さて、どうしたものか」少し考えてから、カリヤ公はメイ妃への見舞品を届けてはどうかと提案した。

 懇意にしているトーゴ総務長に鳩を飛ばして連絡しておくから、アンリが直接行ってみれば判るかもしれない。そう言われて黙ったまま考え込んでいるアンリの顔を、カリヤ公も黙って見つめる。やがて迷いを断ったようにカリヤ公は隠してきた秘密を話し始めた。

「実はリード公にジョンとアンリの養育を頼んだのは私なのだ。二人とも立派に成長して私はうれしいと同時に責任を感じている。もう事実を話しても良いだろう。二人は兄弟でもあり、アムランを再興する同志でもある」

え? とアンリは目を瞠った。

「アンリの母はリナ夫人、父はアムランのリョウ・オルセン大公なのだよ」

「大公の? 息子ですか? 私が」

アンリは驚いて息が止まった。

(あの酒色に溺れて批難されているという男の? 信じられないが)

 アンリの表情を見て

「いまは疎遠になっているが、大公と私は親友だった。明るくて良い男だ。改革の意気に燃えていた頃の大公にアンリはよく似ている。いまの大公はセイラ妃一族に操られているが、酒に少量の媚薬を混ぜているのだろうと私は思う。メアリ妃の父である大公を殺すとは思えぬが、利用されているのは確かだ。アンリが助け出せば、力を取り戻すと私は信じている。出来るかぎりのことはしよう」

「判りました。が、ジョンの母もリナ夫人なのですか? なぜ妃になれなかったのですか」

「残念だがジョンの母は若くして亡くなった。リナ夫人は正妃のいる王宮に入るのを好まなかったのだ。アンリ、結婚はしなかったがリナ夫人は愛する人の子どもを産み育てる道を選んだ。人はそれぞれ自分らしく生きたいと願うのだよ。たとえ結婚はできなくても、遠くから愛し見守り、幸せを祈ることはできる。私はリナ夫人を尊敬している。アンリも母を誇りに思ってほしい。が、ジョンには当分の間話してはならぬ。私が直接ジョンに話す」

「判りました」とアンリは頷いた。思いがけない話を聞いて、驚くと同時に高揚感が湧き上がる。見舞品を整えるまで一時間ほど休憩室で待つように言われ、アンリが香茶を味わっているところへ、来訪を知ったアン姫が急ぎ足で入って来た。

「アンリ、どうしていたの? せっかく来たのにアムランの話も聞かせてくださらないで、すぐダイゼンへ行くつもりだったの?」

「大事な用件があって来たのですよ。ダイゼンでも用を済ませたら、すぐアムランに戻らなければなりません。でもアン姫に会えてよかった。私はずっとアン姫のことを……」

立ち上がったアンリは近づいたアン姫を抱き寄せた。気持ちが高ぶっていて感情を抑えきれなかったアンリは思わず言ってしまった。

「私はアン姫が好きだ。あなたの夫になりたい……」え? と顔を見つめたアン姫の唇がふさがれた。しばらくじっとしていたアン姫は恥ずかしそうな顔になったアンリに訊く。

「夫って、結婚のこと? アムランで大事な仕事があるのでしょう? カリヤに居られない夫じゃ困るわよ。私はカリヤを護らなければならないの。それにクロードが……」

「王太子がカリヤに来ると言われましたか?」

「不安なのよ。グラント王が許してくださるかどうか判らないのですもの」

「あなたは王太子を愛しているのですね。でも私は希望を持ってアン姫を待っていますよ」

 侍女が入って来たので、アンリは手を放した。少しまじめな顔で話を変える。

「私は正義に味方します。あのアムランを改革するために、革命派の一つに入っているのですよ。もうすぐ実現させます」

「アムランでのお仕事がうまくいくように祈っていますわ」とアン姫も応じた。」

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