第2章 母国の人たち(1)
一年ほど前に、アムランの最高学舎に留学したアンリだが、政治や経済を学ぶにはダイゼンで充分ではないかという疑問があった。友好国であるアムランの文化や芸術など良いところは取り入れつつ、ダイゼンの良さを伝えるようにというリード公の言葉にも首を傾げながら、それでも積極的にアムランの若者たちと交流した。
その中でラウルという青年が親切にいろいろ教えたり世話をしたりしてくれたので、アンリも心を許し、親しくなっていったのだが、しばらくして、アムラン改革派の一団に入っていると告げられた。
「君からダイゼンの国情を聞くたびに、早くアムランを良い方向へ変えなければという思いが強くなる。ぜひ君も入団してみんなにダイゼンの政治や経済などの話をしてほしい」
「アムランの何に不満を持っているのですか?」と尋ねたアンリに、ラウルは現在の情況を詳しく説明した。
リョウ・オルセン大公は社交家で評判は良かったが、国政は父オルセン宰相に任せきりだった。数年前に宰相が亡くなると、当時、メアリ姫を生んだセイラ妃一族の勢力が強くなり、セイラ妃の兄が強引に宰相の地位に就いたのだと言う。次第に財政なども勝手に取り仕切り、浪費や横暴な振る舞いが目立つようになり、国民の不満や反発が強まってきた。
オルセン大公が寵愛していたセシルは、どうやらセイラ妃の兄モール宰相の身内に毒を盛られたらしい。代わってモール一族のエミルと言う美青年が大公を篭絡する役目を与えられた。当時セシルを亡くして落ち込んでいた大公は飲酒に浸り、エミルの媚態に迷わされたのだろうが、いまはエミルにからめとられて遊興に耽り、政治には全く関心がない。
「なぜ権力者になると、同じような道へ堕ちてしまうのだろう」とラウルは嘆いた。
「セイラ妃一族を追放するか処罰しないとアムランは悪くなる一方だが、彼らに付いて私腹を肥やす連中もいるし、軍もどう動くか判らない。いろいろ手は打っているのだがね」
「国政は宰相だけで決めてしまうのですか?」
「一応、主要な役目を持つ人たちと議会で話し合って決めるのだが、結局はモール宰相が主導権を握って、自分たちの都合がいいように決めてしまうのだよ」
「メイ正妃のほうはどうなったのですか?」
「もう諦めているらしい。城内でひっそり暮らしているというが病気がちだと聞いている」
アンリはしばらく沈黙した。他国の者が首を突っ込んで良いものだろうか? しかし、親しくなったラウルに頼まれて一派の指導者であるアラセ長官に会い、徐々に気持ちが傾き、ダイゼンのような良い国に変えられればどんなに喜ばれるだろうと、知らないうちに興奮してきた。長官の話によると、もう一つ過激派の集団がいて、大公も宰相一族も皆殺しにしようと騒いでいるが、大公は悪い人間ではない。助けたいとは思うが、城内の様子が判らない。ダイゼンの知人で判る人はいないか、と訊かれたアンリは、ふとカリヤ公を思い浮かべた。たしかオルセン大公とは親しかったし、行き来していたという話は聞いている。何度か会って話もしたことがあるカリヤ公なら、何か知っているかもしれない。
ちょうど半月ほどの休暇にも入るので、一度ダイゼンへ帰る前に寄ってみよう。長官は喜んで、「良い返事を待っているよ」とアンリの肩を抱き、「ラウルも安心できるな」と微笑んだが、帰りかけたラウルを呼び止めたとき、大声で、「ラウル・レオン!」と言った苗字にはっとした。レオン? どこかで聞いたぞ? 記憶をたどっていくうちに、リナ夫人だと思い出した。めったに苗字を聞くことはなかったが、親身に優しく世話をしてくれたリナ夫人が、何か書類に署名していた名前がリナ・レオンだった。何か関係があるのだろうか?
翌日、ラウルと二人になったとき、アンリはレオンという名前について尋ねた。
「判ってしまったらしようがないな」
ラウルは笑いながら、実は歳は離れているが異母弟なのだ、と打ち明けた。姉のリナとは手紙のやりとりをしていて、ダイゼンの国情に詳しくなった。だらけた自由主義とセイラ妃一族の横暴なやり方に疑問を抱き、憧れのダイゼンに少しでも近づきたいと、同志を増やし改革の時期を待っているのだという。聞けば聞くほどアムランの乱れように心を痛めたアンリは、進んでダイゼンの話や説明をして若者たちの信頼を得ていった。
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