第1章 揺れる想い(6)

 セイジとは違い、ジョンはアン姫とは結ばれないと判っていても、言わずにいられないのか、自分の感情を抑えながらも詞を口ずさむように迫っていく。アン姫も、節度を弁えているジョンに安心して、戯曲の話などをしているうちに、ジョンの台詞を聞くことになってしまうのだが。

「あなたを抱き抱かれるのはどの人か……ダイゼンの王太子? 私は何も持たないけれど、あなたを愛する心だけはだれにも負けずに持っている。あなたを幸せにすると誓えなくても、あの世の果てまで従いていくと誓うことはできる。皆を迷わすあなたが、もし神の怒りに触れて地獄に落ちたら、私も一緒に落ちて行こう。炎の上でも氷の下でもあなたを放さない。アン姫、私を愛していると言ってほしい。愛していると……」

「私はだれにも愛の言葉を言えないの。判らないのよ。互いの国のために許されない愛は心に秘めて抱きしめるだけ。それでも自由に恋が出来たらと願っている自分がいるのよ」

「国を捨てられないあなたと大国の王太子。どちらが羽ばたいて飛んでいけるか見ていよう。大地を蹴るのはあなたではないようだ。はたして王太子があの広い大空を飛んでこられるか、羽を拡げても強風に引き戻されて力を失うか、それとも愛の魔力に助けられるか。思わぬ突風に巻き込まれなければいいけれど」

「怖いことを言わないで。ジョンは政治家になるより詩人か歌い手になったほうがよさそうよ。良いお声だもの。聞きほれてしまうわ。でも私、クロードを死なせたくないのよ。父王の反対を押し切れるかしら。だから私は彼の代わりになる人を探しているのかもしれない」

「代わりと言われてうれしい男などいるものですか。アン姫は私を苦しめるけれど……思い切って離れられれば救われるのにそれができない。碧い瞳が私を虜にする。あなたにとって私は何なのですか? 私はあなたを愛しているのに認めてもらえないのですか」

「判らないわ。愛を求めながら、どこかで迷ったり壊そうとしている自分を感じるのよ。それにジョンは あの国を立て直す使命があるのでしょう? 私はカリヤを守らなければならないから、行く道が違うのだと思うわ」

「私は行きたくないが、逆らえない方からアムランへ行けと命じられた。あなたが一緒なら喜んで行けるけれど、なぜアムランのために尽くす必要があるのか判らない。出発の前にその理由を話してくださるそうだが……」

「アンリも留学中だけど、アムラン革命派の一つに入ったなんて変だわ。正義の味方だと自分を鼓舞していたのよ」

「アンリはカリヤに行ったのですか?」

「ひと月ほど前よ。リード公からの伝言があって呼ばれたとか。父上と会って、どんな話か知らないけれど真剣な顔をしていたわ」

「それからアムランへ戻ったのか。私はまだ何も聞いていないが、何か秘密がありそうだ」

「アムランで暴動が起きていると言う話は聞いたわ。ジョンとどんな関係があるのか知らないけれど、巻き込まれないように気をつけてね。無事を祈っているわ」

「アンリが巻き込まれていたら、助けなければなりませんよ。何かわけが判らなくても」

 ジョンは厳しい表情になった。

「リード公の養子として一緒に育ったアンリは兄弟と同じですからね。それに世話をしてくれるリナ夫人はアムランに知人がいるようだ。もしかするとアンリと私はアムラン生まれなのかもしれないと思うことがある。本当の両親がどんな人か知りたくもあり、知るのが怖いと思ったりする。私はダイゼンで育ったし、ダイゼンの誇りを持っていますから」

「ジョンはアムランへ行っても立派な政治家になれると思うわ。頑張って頂戴」

 アン姫は考え込んでいるジョンを励ました。

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