第1章 揺れる想い(5)

 一方、立派な青年に成長したセイジの将来を考え、ライアン公家存続についてリード公がセイジ出生の秘密を明かし、ライアン家の相続を勧めても、ユリア公妃は納得しなかった。たとえセイジが息子リド公子の子であっても、カナの息子では認めないと言う。

 従兄ハラド公が出産の世話から『子どもの園』での養育を経て、リード公に託した子だという事実を疑うわけではないが、恋の噂が多かった女性に嫌悪感があるのかもしれない。

 セイジをライアン公家へという話は宙に浮いてしまった。リード公は黙って天井へ目を向けて考える。手放す覚悟をしていた養子セイジが、実の祖母に拒絶されたのは悲しいけれど、慈しんで育てたセイジがそばにいてくれるのはうれしいことだ。しかし、姉ユリア公妃の心中を思い、ふと疑問を抱いたとおり、公妃は激しい葛藤と苦悩を乗り越えていた。幼い頃からリード公夫妻が面倒を見て、最高の教育を受け、立派に成長した今となって、なぜ認めたりライアン公家に引き取ることなどできようか。もし息子とカナが育てていたならば想像がつく。それにセイジがライアン公家で起きた過去の醜聞を耳にすれば、どんな思いをするだろう。父や祖父を誇りに思えないようでは傷つくに違いない。もうライアン公家は絶えていいのだ。幾度かの試練や孤独を経て、自分を省み、孤高に生きる決心をした公妃の意思は固かった。

 複雑な思いを胸に秘めたリード公夫妻は、セイジに出生の真実は知らせず、リード公家の後を継がせようと考えるようになった。セイジがライアン公の子であることはグラント王と王妃が知っているので問題はなさそうだ。


そんな経緯は知らず、セイジはアン姫への想いに揺れていた。近づきたいのに近づけない。遠くからはじっと見つめていられるのに、アン姫が近づくと視線をそらせ、無関心を装ってしまうし、話しかけられるとそっけない返事をしてしまう。それでも情熱的な瞳が雄弁に愛を告げているので、アン姫はセイジに興味があった。舞踏会での踊りは抜群にうまいし、何気ない動作も洗練されていて心を惹かれる。クロード王太子には優しさと包容力を感じるのだが、セイジがあまり話さないと何を考えているのか本心を知りたくなるのだ。

「セイジは私のこと嫌いなの?」アン姫は訊いてみた。「いつもそっけなくて冷たいわ」

「そんなことはありません」とセイジは言う。

「私から何をお話していいのか判らないのですよ。両王子が親しくされていますので、私のお相手にはなって頂けないと、初めからあきらめています。私が大国の王子なら、考えてくださるかもしれませんが」

「私はそんな差別など致しませんわ」

「では私のことをどう思っておられるのですか? 恋の相手ではなく、将来の夫として考えてくださいますか?」

 話し始めるとアン姫は面白くなってきた。

「ずいぶん気の早い方だこと。まだ互いに好きとも愛しているとも言っていないのに」

「想いが叶わない恋など苦しいだけですから、したくないのですよ。お互いに不幸ですから」

「私を愛するとは言いたくないのね。つまり私があなたと結婚したいと言わないうちは」

「私と結婚すると誓ってくださるなら、私は命を惜しまずあなただけを愛します」

「条件付きなんて変よ。あなたが安全な恋しかしない意気地なしとは思いませんでした」

「そんな言い方はやめてください。あなたはカリヤの女王になる人だ。私はただ恋人とか愛人と言う陰の存在にはなりたくないのですよ。自分が王族の身分でなくても嫌です」

「王族でない? リード公のご養子として後を継がれるとみんなが承知していますわ。自分を卑下しないで。セイジはきっと良家の生まれだと思うの。きっと事情があるのよ。それはともかく私は区別も差別も致しません」

「それならあなたは私を愛してくださると信じて良いのでしょうか?」

「勝手に決めるなんてずるいわ。迷っている私もいけないのでしょうけど」

 ため息をついたアン姫をセイジは抱きすくめた。めったにない好機を逃したくない。顔を近づけ唇に触れようとすると、アン姫は指をセイジの唇におし当てる。邪魔な指先を甘噛みしてセイジは寂しげに顔をそむけた。

 セイジはきりっとした好青年だが、自分の出自が判らないせいか、どこか屈折した憂愁さを感じさせる。慰めてあげたいのに、反対に冷たくしてしまうのはなぜかしら? とアン姫は 自分が判らなくなる。心が揺れて落ち着けない。クロードが早く心を決めないからいけないのよ。とアン姫は心の中でつぶやく。

(私をしっかり掴まえていてくれたら、こんなに迷わなくてすむのに、じれったいわ)

 大国の王太子という立場と責任を重く考えるからこそ踏み切れないのだと判っていても、その足かせをはずしてカリヤに飛んできてほしい。やはり、セイジでは物足りないアン姫なのだ。


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