第1章 揺れる想い(3)
一方、大国ダイゼンの王太子として生まれながら、その恵まれた幸せを感じていないのかと、エンリ王子は不思議に思う。強固な地位を捨てようとしている兄は少しおかしいのだ。自分なら、祖父王が奪ったカリヤをまたダイゼン領にするだろう。武力を誇る青い軍隊なら、カリヤなど一日で滅ぼしてしまう。兄がどうなるかは判らないが、そうなればアン姫をダイゼン王妃とするほかに、カリヤを統べる女王にすれば不満もないはずだ。
威厳に充ちた父王が健在な間は下手に動けないが、もし父王がいなくなれば、ダイゼン王として君臨し、思うままに軍隊を動かすことができる。自分を可愛がってくださる母上も頼るようになって、何をしても反対されないだろう。エンリ王子の瞳は異様な輝きを見せる。兄がカリヤへ行って、どうなろうがかまうものか。自分が偉大な王になればいいのだ。凄いことじゃないか。忠実なカムラ将軍一族は喜んで自分を支えて働くだろう。
しかし待てよ、とエンリ王子は考える。カリヤは小国だが、多くの国から君主や要人が訪れて人気がある。七か国同盟などもあり、何かの際には承認も必要なのだ。
あの厳めしい髭をした謹厳なカザル王はカリヤ公の義兄だというし、伝統を重んじるまじめなカザクラ王は賛成するだろうか?
カムラ将軍一族も、曲がったことは大嫌いな将軍と、何を考えているのか判らない恐い顔をしている副将はカリヤ公の親友だという。いま王宮で王の補佐をしている名門ハラド公はどうだろう? 考えるほどにカリヤを狙うのは難しく思えてくる。
皆の信頼を得るためには、まず立派な王として認められるのが先だろう。へまをして同盟国と争うようなことをしては自分が非難されることになる。いろいろ考えると、ダイゼン王として君臨していくほうが安全だ。それにしてもカリヤは小国でも他国に影響を及ぼす強い国に思えてくるのが不思議だった。
カムラ副将のセキトは、クロード王太子が軍事演習に気乗りしていない様子に気づいていた。無難に参加はしていても熱が入っていない。もう他国との戦争はないかもしれないが、軍事大国であったダイゼン軍の士気にかかわる。と思っても原因が判っているだけに注意しずらい。
王太子は性格的にも穏やかで、戦闘には向いていないし、怒った顔は見たことがない。どちらかと言うと感情を抑えるほうだ。それでも王宮などで、たまに訪れるアン姫と仲良く談笑している姿はうれしそうで微笑ましい。その恋を応援したくもなるのだが、王太子という立場を考えると先行きが気にかかる。
平和がつづけば軍事力や訓練は軍人たちに任せておけばいい。が、なんといってもダイゼン王国の期待が大きいのだ。
(気性の烈しいアン姫がカリヤを捨てることはないだろうが、王太子はどのような行動を起こすだろう?)セキトは注意深く王太子を見守っていた。
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