第5話


 さあ人を殺害しよう。


 そう思った時に、一番重要になってくるのは、どうやって殺害するかよりもである。


 極論を言ってしまえば、人を殺すことは簡単である。


 車でくでも良し、通りすがりに後ろから包丁を突き刺すでも良し、首を絞めるでも良し。何せこちらは証拠を残さない努力をする必要がないのだ。別に逮捕されても捕まっても構わない。こんな人生早く終わらせてしまいたいのだから、いっそのこと捕まった方が楽なくらいである。そう考えると、殺害の幅というものは大きく広がる。


 ぶっちゃけて言えば、誰でも良い――が。


 僕は、恵まれている人間に限定することにした。


 恵まれていて、満たされていて、幸せで。


 楽しそうに生きている人間。


 そいつらの表情が苦痛に歪んだその時に、僕は感情を取り戻せると思ったからである。生憎――というか幸いなことに、友達がいない訳ではない。彼らを殺せば、きっとすぐに噂が広がり、僕はもう二度と、そのコミュニティに属することができなくなる。


 それで良い。


 殺すのは一人で良いのだ。それ以上殺したくならないようにするために、自制しなくてはならない。昔から自己の抑圧は得意中の得意である。


 次々と決まっている事項をよそに、しかし肝心の「誰を殺害するか」という問いの答えは未だ出ないままであった。


 初めは自分を害してきた奴にしようかと思った。


 嫌なことを強要してきた人、性的暴行を加えてきた人、仕事を押し付けてきた人、裏切った人――僕の人生には多くの嫌な人間が登場してきていたからである。


 しかし、彼らが今幸せかどうかというと、その条件に当てはまるかは難しい。だから明らかに幸せそうな――幸せに満ち溢れていそうな、自分が恵まれていることを自覚もしていない、満たされていることが当然だと思い込んでいる――そんな人間を選んで、殺害することにした。


 友達の中で条件に当てはまる人間は、かなりいた。


 まあ、友達と言っても知り合いと言う範疇で、向こうは僕の顔すら覚えていないだろう。


 そいつらを呼び出して、隙を突いて命を奪う程度のことは、僕にもできる。


 そう思うと、無いはずの心がおどった。

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