第12話 封止工の宿命
運命の壁という奇妙な言葉を聞いて、バンスが狼狽している。本当なら、ここでぶちまけてしまいたいところだが……。俺が自分の封止を解くのはぎりぎりのタイミングにしたい。今はバンスの背を押すのを優先しなければならない。
「俺の事情を説明する前に、封止工についての大事な話をしておく。今までは、おまえに技術的なことをずっと教えてきた。だが一番肝心な話はあえてしてこなかったんだ」
「なぜっすか?」
「おまえのガラス工としての潜在能力が飛びきり高いからさ。普通なら十年以上かかるのに、五年で水準を越した。おまえのセンスならまだまだ腕が上がる。封止をしなくても十分食っていけるだろう。封止は……本当に厄介なんだ。ガラス工としての選択肢を選べるなら、俺的にはそっちを選んでもらいたいんだよ」
俺は……俺は最初からバンスに封止を教え込まない方がよかったんだろう。それを今になってひどく悔いている。だが、バンスが封止をやめるにせよ続けるにせよ、大事なことは伝えておかないとならない。
「封止工の数はものすごく少ない。それは、技術の習得が難しいからじゃない。封止工には、どうしても避けられない宿命があるからなんだ」
「宿命……すか」
「ああ」
一呼吸置いて、話を続ける。
「まず。封止ってのがどういうことか、おまえはもう知っている。そこの説明は省く」
「うす」
「封止工にどういう資質がいるか、分かってるか?」
少しだけ考えたバンスは、さらさらっと答えた。
「依頼内容が適正かどうか、封止が技術的に可能かどうかをしっかり考えられること。依頼が妥当である限り、できるだけ封止に応える誠意と熱意があること」
「まあ、これまで散々言ってきたことだからな」
「あはは」
「ただな。俺は明言してこなかったが、もう一つ大事な資質が要るんだ」
「隠されている人の気持ちを汲みとれることっすか?」
「そいつは、おまえがもうよくわかってる。俺が繰り返すまでもない」
「うす」
「そうじゃない」
ふうっ。大きな吐息で逃げ道を塞ぐ。バンスのじゃない、俺自身のだ。
「封じたものと生涯付き合う覚悟があること、なんだ」
「……」
背筋を伸ばし、腿をぱんと叩いた。
「本来、封止というのは期間限定のものさ。いっとき封じておきたいというものなら、技術的に可能である限り気負わずに承けられる。時が来れば封止を解除できるから、俺たち封止工の負担は少ない。実際、ほとんどの依頼で有効期限は決めさせてもらってる」
「そうっすね」
「それでも。依頼をこなしていく間に、どうしても封止を解けないやつが多くなっちまうんだ。今回のマスターオークの件でわかるだろ?」
「あ……」
今気づいたというバンスの顔を見て、思わず渋面になってしまう。だから、こいつに封止工はさせたくないんだ。封止の重さを意識するたびに、こいつが抱え込む重荷もどんどん増えてしまう。
「俺が封止にガラスを使うのは、俺の師匠がガラス工だったからだけじゃない。依頼人に期間限定であることを意識させやすいからなんだ」
「知らなかったっす……」
「今回筺を使ったからわかると思うが、封止にガラスを使う必要はないんだ。実際、俺以外の封止工は頑丈な筐を使うことが多い。中身を他者から隠すことができ、きちんと鍵をかけられるからな」
「ガラスを使うのは、すぐに壊れて封止が解けるリスクがあるけどそれでもいいかっつう警告なんすね」
「依頼人に対しては、な。ガラスを使う意味はもう一つある。依頼主と期限を外からすぐに確認できるからだ」
花や果実、虫など形ある物を封止するのは容易いこと。そういう即物的なリクエストにはすぐ応えられる。依頼の深刻さもない。それが『表』。しかし、封止が望まれるのはほとんどが形のない心なんだよ。後悔であり、嫉妬であり、許されない恋慕であり、懺悔であり、絶望であり……。それらが封止できないならいいんだが、俺らは封止できてしまう。そして封止されたものは、えてして俺たちに押し付けられてしまうんだ。預かってくれってね。
残された残骸はどうなる? 俺たちは、依頼人の許可なく封止を解除できない。残骸の処分ができなくなるんだよ。その残骸作りが『裏』。
木の葉や鳥の羽などの
依頼人の寿命が尽きたであろう時期を見計らって封止を解除していけば、残骸がどんどん増えることはない。だが依頼人の許可を得ないで封止を解除することは、心情的にどうしてもやりたくないんだ。馬鹿げているとは思うが、融通が利かない職人の業ってやつなんだろう。
「俺は墓場まで持っていくガラス球をほとんど作っていない。封止が無期限になりそうな依頼は最初から承けたくないんだ。だが、ゼロではない」
「作業場にいっぱい並んでるのがそれっすか?」
「いや、あのほとんどは俺の師匠が抱え込んでいた業だ。師匠のやつを俺が引き継いだのさ。そういうのがあるから厄介なんだよ。あの中に、俺の業も入っている」
「えええっ?」
「一番奥に、でかいガラス球があるだろ? あれは俺のだよ。俺はそいつをおまえに引き渡したくない。絶対にな」
黙り込んでしまったバンスに向かって言い渡す。
「封止工の数がうんと少ないのには、そういうわけがあるのさ。まじめに封止に取り組む職工ほど、背負い込む他人の運命が多く、重くなるんだ。その重圧に耐えられるよう心を強化すると、優しさが鈍って依頼人の心に寄り添えなくなる。依頼人の心に寄り添う優しさを保とうとすれば、のしかかる負荷に耐えきれず心がすり減り、弱くなってしまう。優しさと強さは、封止という仕事に関しては二律背反なんだよ」
「そ……すね」
ふっ。息を抜いて、もう一度背筋を伸ばす。
「なあ、バンス。ミリーのケースも同じだ。ミリーの心情に寄り添うと、出来ないはずの封止に引きずられる。かと言って出来ないものは出来ないと己を強く保てば、ミリーを見捨てることになる。優しさと強さは簡単には並立できない」
「う……」
悔しげに歯をくいしばったバンスの目尻に、うっすらと涙が浮かんだ。指を伸ばして、その涙を拭いてやる。
「それなら、どうすればいい?」
「……」
「単なる同情でないなら。おまえにミリーの運命を背負う覚悟があるのなら。ミリーの絶望をおまえの中に封止しろ。所帯を持つというのは、そういうことだと思うぜ」
しばらくじっと俯いていたバンスは、ゆっくりと顔を上げた。弱まってきた暖炉の炎で赤く染まった顔と、もともとの赤毛。赤は生命の色、情熱の色だ。バンスが封止に怖気つくことはもうないだろう。
「決めました。ミリーを説得してみるっす」
「はっはっは! ガラス球も呪術書も要らない封止だ。大丈夫さ」
立ち上がったバンスの背中をばしんとどやす。
「俺は、おまえの人となりがわからない女にはおまえをくれてやりたくない。だが、ミリーはおまえと同じ痛みを知っている。きっとうまくいくよ」
「あざあっす!」
「がんばれ」
「うす! あ……」
部屋を出ようとしたバンスが慌てて振り返った。
「親方の言ってた運命の壁ってのは……」
聞き流してもらえなかったか。仕方がない。
「それは春になってから話す。今は、おまえの方が先だ」
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