第3号 戦闘及び破壊行為は認可された人間だけで行う事
イ.
市役所、というのは、様々な人々が訪れる場所だ。
世の中に何億もの人がいて、主義も主張もそれぞれ違っていれば、どう頑張っても分かり合えない人というのは自然と生まれてくる。
だが市役所という場所は、その性格柄、どんな人間でもひとまず拒否することなく受け入れてみなければならない。
「というわけで」
「我々はお前達景観保護課に断固抗議を申し入れる!」
「いや、どういうわけでっ!?」
……そう、たとえ常日頃から対立し、しばき倒している相手が、明らかに面倒臭そうな雰囲気とともに登場しても、だ。
というわけで、
市役所での業務は、何かと書類仕事が多い。そして担当業務における書類仕事のウエイトは、階級が上がるほど重たくなるものである。
──よってこれは、適材適所。
決して逃げを打ったわけではなく。押しつけたわけでもなく。やつらの影が入口に見えた瞬間とっさにノートパソコンを抱えて机の影に入ったのは、足元に落とした書類を拾おうとしたついでであって、今を以ってもその態勢で仕事をしているのは、何気なく取ったこの姿勢が存外快適だったからであって。
決してこれは逃げではないのである。
「えぇいお前では話にならんっ!」
「嘉穂だ! 嘉穂を出せっ!! 我らの死闘にいつもいい所で水を差す嘉穂に直接抗議をしてやらねばもはや気が済まんっ!!」
──クッソメンドクセェな。とっとと諦めて帰れっつの。
思わず漏れかけた舌打ちを何とか飲み込み、嘉穂はタンッ! と不機嫌にエンターキーを叩いた。そんな嘉穂と窓口にいる内田の姿が両方見えている
「そもそもですね? 何をそんなに断固抗議したいって言うんですか?」
新人であるがゆえに全ての面倒事を押し付けられてしまった内田は、思ったよりも根気良く脳筋二人の相手をしていた。溜め息をこぼさず、明らかに『メンドクサ』という雰囲気も漏らさず、『ちょっと困ったな』という表情に留めて二人の相手をしている辺り、クレーマー対処は上出来だと言っても良い。
だというのにそんな
「我々はいつもきちんと許可申請の手続きをしてから戦闘行為に及んでいる!」
「だというのになぜ我々の戦闘行為を景観保護課ごときに邪魔されなければならんのだっ!!」
「それはですね、主に御二方が許可された時間を超過して戦い続けているからでして……」
「ならばなぜいつも時間制限が1時間ぽっきりなんだっ!!」
「我々は最初からもっと長時間での戦闘許可を求めているのに、却下してくるのはお前達の方だろうがっ!!」
「キラメクンジャーさんとダークハイネスさんは、週に一度の戦闘を行っていますよね? その頻度だと毎回1時間っていうのが最大の枠でして……」
「その意味が分からない制度そのものが問題なんだ!」
「世間は我々の戦闘を求めているっ!! もっと我々を戦わせるべきだっ!!」
──求めてねぇし、お前らの本来の目的だって戦闘じゃねぇだろうがよ。
思わず漏れそうになったツッコミを、嘉穂は今回もかろうじて飲み込んだ。普段は耳が遠めな彼らだが、今は溜め息のひとつでも敏感に居場所を特定されそうなので。
──しかし、放置してられんのも時間の問題か。
チラリ、と壁に掛けられた時計を見上げ、さらに机の影から窓口の方を見やった嘉穂は、そのさらに向こうに見える景色に眉をひそめた。
脳筋二人が窓口を占拠してから約1時間。ごね続ける二人の姿に周囲がチラリ、チラリと視線を向けるようになってきた。明らかな揉め事の気配にヒソヒソと囁きあっている人の群れもチラホラと見える。……いや、案外ライダースーツと怪人マスクを着用したままスーツを着込んでいる存在が珍しくて、物見遊山的に眺めているだけなのかもしれないが。
──身バレ防止にしたって悪目立ちしすぎだろ。
放置していたら飽きてそのうち帰ってくれないかと考えていたのだが、彼らが帰る気配はない。
こうなったら課を預かる立場にある嘉穂が出るしかないし、嘉穂が直々にしばき倒した方が話が早い。ついでに出禁をカマしてやれば今後の面倒も減る。
──世間様の公務員に対する目は昨今厳しいからな。大人しくしてなきゃならんかと思っていたが……
ちょうど完成した書類に保存をかけ、パソコンの電源を落とした嘉穂は、襲撃のタイミングを計るべく机の影から窓口をうかがう。嘉穂の雰囲気が変わったことに気付いたのか、嘉穂と窓口の両方へ視線を配っていた雛乃が窓口側へ視線を固定した。
──それを逆手に取って乗り込んできたってんなら……ん?
その瞬間、嘉穂は違和感を覚えてモノローグを止めた。
景観保護課が置かれているのは、市役所の1階部分の奥だ。他市ならば市民生活課や医療福祉課が占めているべきフロアに景観保護課と町づくり推進課が置かれているのは、手続きに来る
ちなみにその物騒な輩が万が一役所内で暴れた場合、制圧を担当するのは景観保護課だ。実は一番の新人である内田はそのことをまだ知らない。
……ということは、今は横に置いといて。
嘉穂の目を引いたのは、今まさしく正面入口から入ってきた御一行様だった。各々マスクやサングラス、帽子やフードといった物で巧妙に顔を隠した御一行様は、何やら統制の取れた動きで散開を始めている。その何気ない動きに誰も注意を向けていないが、彼らが纏う空気は明らかにカタギのものではない。
そう、目の前でグチャグチャごねている、日頃お遊びの戦闘に従事している人間よりも、彼らは余程『暴』の気配を帯びている。
──あれは……
嘉穂は思わず机の影から身を乗り出す。
「……ってあぁぁぁぁっ!! そんな所に潜んでいたのか嘉穂
「我らを
そんな嘉穂に気付いたキラリンレッドとタクラミンが椅子を蹴って立ち上がるが、嘉穂はその声を聞いていなかった。
散開したメンバーが、それぞれ鞄の中やポケットにゆっくりと手を忍ばせる。
その手が外に出てきた瞬間握っている物に気付いた嘉穂は、床を蹴って内田に飛び付きながら叫んだ。
「テロリストの襲撃だっ!! 全員伏せろっ!!」
嘉穂に飛びつかれた内田が嘉穂もろともカウンターの中に倒れ込む。
その瞬間、入口の吹き抜けのホールの中にけたたましい銃声がこだました。
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