ロ.
現場を見た瞬間、カッと目を見開いた
「な、なんじゃこりぁぁああああっ!!」
「ベタなセリフだな、おい」
無認可戦闘行為が行われている現場は、市役所から程近い場所を流れる大きな川の河川敷だった。
高い堤防と広い河原を活かしてちょっとした公園が整備されているその場所は今、局所的な暴風に見舞われ、下手な台風が直撃した時よりも大変なことになっている。
しかし。
「何がどうなってるんですかっ!? あの中心にいるの、一人だけですよねっ!?」
吹き荒れる暴風から顔を守るために片腕をかざし、もう片方の手で橋の欄干を掴んだ
かく言う嘉穂も、返す声は知らない間に腹からの全力発声になっている。
「多分これ、ウォーミングアップだぞっ!!」
「はいっ!?」
「覇気だ、覇気っ!! 戦う前の気合入れで放出されてるオーラ的な何かでこんなことになってんだよっ!!」
「何のバトル漫画なんですかっ!?」
「知らんっ!!」
叫んでいる間も叩き付ける暴風は緩くなる気配を見せない。むしろ時を追うごとに風速は上がっているような気がする。ミシッ、ピキッ、と足元から聞こえてくる不穏な音は、河川にかかる
嘉穂は舌打ちをすると雛乃を挟んだ向こう側に立つ内田に向かって声を張った。
「内田ぁっ!! ひとまず片っ端からこの暴風を
「おぉ……!」
その瞬間、聞き慣れないプルプルと震える声が嘉穂の耳に届いた。声を張り上げないと暴風に負けて聞こえない中、なぜかご老人のプルプルと震えた感嘆の吐息が嘉穂の耳に届いた。
「
──なんて?
嘉穂は思わず状況を忘れて声の方を振り返った。欄間を掴んだままの雛乃も、タブレットを構えようとしていた内田も、飛ばされかけていた源さんまでもが、『え?』という実に無防備な顔で声の方を振り返る。
そんな一行の視線の先にいたのは、窓口で内田から戦闘行為等許可申請について説明を受けていたご老人だった。この暴風の中、なぜかそよ風を受けているかのごとく平然と、しかしプルプルと杖にすがって立っていたご老人は、驚きに杖を取り落とすとヨレヨレと橋の欄干へ近寄ってきた。ちなみに現状、嘉穂であったらこんな風に風に逆らって歩くことは到底できはしない。
「お、おじいちゃんっ!? どうして着いてきちゃったんですかっ!?」
一行を代表して内田が声を上げる。
だが微妙にコメントすべき点がズレている上に、当のご老人は全くもって内田の言葉を聞いていない。
「ここは危険ですっ!! 警察の方が避難誘導をしているので、それに従って……!!」
「おぉ、おぉ……!! あれはまさしく、我が息子の拳治……っ!!」
「なんてぇっ!?」
「思い返せば10年前、武者修行の旅に出た拳治の姿を見送ったのが、我が子の姿を見た最後であった……!!」
「何か勝手に語りだしたぞ、このじいさんっ!!」
「わしとの約束通り、戻ってきたのだなぁ、拳治……!!」
「ダメです! このおじいちゃん、もう私達のツッコミを一切聞いていませんっ!!」
「今こそ、我が一族一子相伝の秘拳、
「何そのヤバそうなネーミングっ!! おじいちゃんそんなヤバそうなものの使い手だったんですかっ!?」
最後まで果敢にツッコんだ内田のツッコミも虚しく、ご老人は先程までのプルプル具合が信じられないくらい機敏に欄干を飛び越えると河川敷へ落ちていった。思わず景観保護課一同が全力で身を乗り出して下を覗く中、風を纏ったかのようにフワリと着地したご老人は一歩一歩、確かめるかのように暴風の中心地へ向かって足を進めていく。
繰り返すが、嘉穂でさえ橋の欄干に掴まって立っているのがやっとという暴風の中を、である。
──てか本格的にヤベェぞこれっ!! 公用車が風に押されて位置がズリ始めてやがる……っ!!
「雛乃先輩っ!! もうちょい嘉穂課長の方寄ってっ!!」
ズッ、ズッ、ズッ、という重たい音が自分達の後ろで鳴るのを聞いた嘉穂は思わず奥歯を食いしばる。
その瞬間、フッと自分達の周囲だけ風が消えた。
「
左腕を欄干に巻きつけて体を支え、右手と左肩で何とかタブレットを構えた内田が能力を発動させる。だが
「気張れ内田っ!! お前の右人差しに全てがかかってんぞっ!!」
「ぬ……ぎ……う……っ!!」
嘉穂の発破に内田が呻くが結果は芳しくない。傍から見ていてもこれ以上無茶をさせれば内田の右人差し指が折れそうな気配が分かってしまう。
「チッ!! やっぱ根本を叩かねぇとダメか……っ!!」
低く呟いた嘉穂は隙を探るべく事の中心へ視線を投げた。
いつの間にか、ご老人は中心から数メートルという所まで距離を詰めていた。
ご老人が目指す先……この暴風の目の中心では、いかにも格闘ゲームに出てきそうなムキムキの肉体をボロボロの胴着に包んだ黒髪の青年が雄叫びとともに闘気を発している。
「拳治よ……」
近付くご老人がそう声をかけたかどうかは分からない。
……が、いかにもそんな感じで呼びかけられました、という反応で青年がユラリとご老人の方へ顔を向ける。
「親父……」
……と答えたのかは分からないが、青年はいかにもそんな感じでご老人をじっと見つめた。
「立派になったな、我が息子よ」
「親父、俺は……」
「息子よ。ここまで至ればもはや我らの間に言葉は無用」
……そんな会話が実際に交わされたのかどうかは知らないが、不意にご老人の体が膨張し、ムンッと服が破け散った。中から現れた肉体は青年に負けず劣らずマッチョである。
ちなみに同じだけ筋肉が膨張しているはずであるズボンがなぜか破けないのは、こういう場合の様式美であるらしい。
──まぁ、ズボンまで上と同じ勢いで破れちまうとバトル以前に公然わいせつ罪でしょっ引かれちまうからなっ!
「親父……っ!!」
青年は父親が突如放ち始めた闘気に圧倒されたようだった。
青年と互角……いやそれ以上の圧を放つ闘気の渦にご老人の足元から地面がえぐれ、巻き上げられた小石がピシッ、パシッと青年が放つ闘気との間に弾け飛ぶ。
「嘉穂課長ぉっ!! いい加減解説してる場合じゃないですよぉっ!! 内田君の指が限界ですぅっ!!」
「しまった! 俺としたことがうっかりっ!!」
「うっかりで指へし折らないでやってくださいぃっ!!」
思わず遠くに見える二人のやり取りに見入ってしまっていた嘉穂は雛乃のツッコミで我に返った。バトル漫画好きの血が騒いでしまっていたが、本っ当に状況はそれどころではない。
ちなみにこういう場面で誰よりも先にツッコミを入れてきそうな内田が終始沈黙しているのは、シークバーを必死に押さえるために全力で歯を食いしばっていてそれどころではないせいである。そんな内田の指はいよいよおかしな方向にねじ曲がろうとしていた。
──だがどうする? この規模の災害を穏便に収めることなんて……っ!
「さあ、構えろ。我が目で見極めてやろう、お前の境地とやらを……!」
「親父……っ!!」
……というやり取りが本当にあったかどうかは結局分からないが、二人の闘気がさらに強さを増す。至近距離で爆発しあう闘気はもはや超大型台風を凌ぐ超弩級の災害だ。
さすがにこのレベルは嘉穂の手にも余る。戦隊と秘密結社のじゃれ合いとは訳が違う。間に飛び込んで制圧だなんてとてもじゃないが無理だ。
──仕方がねぇ。この手はできりゃ使いたくなかったんだが……っ!!
ユルユルと互いに構え合う二人に向かって、嘉穂は懐から抜いたマジカルステッキを構えた。そんな嘉穂の隣の隣からは『ぬぎぎぎぎっ!!』という内田の悲鳴が漏れ始めている。いよいよ限界が近いらしい。
「嘉穂課長……っ!!」
そんな内田の呻き声も、雛乃が上げる叫び声も意識から締め出した嘉穂は、スゥッと静かに息を吸うとステッキの先に意識を集中させた。
「
ポゥッとマジカルステッキの先に淡く光が灯る。その光はキラキラとマジカルステッキ全体をファンシーでマジカルな感じに彩りながら巡り、最終的に強い光となって再びマジカルステッキの先端に宿った。
その雰囲気は、さながら魔法少女の必殺技。
そんな光景を視界から締め出すように瞼を閉じ、嘉穂はどこまでもファンシーな演出に似つかない、ドスの効いた野太い声で腹の底から叫んだ。
「
「いやその技名何なんすかっ!?」
……という内田のツッコミは、マジカルステッキから放たれたビーム光線とキンッという甲高い音にかき消された。
フッと、今まで嘉穂達の体を圧していた暴風がかき消える。内田がその場にタブレット諸共へたり込み、雛乃はハッと顔を上げた。
嘉穂は静かに、あくまで静かに、平静を装って瞼を開く。……本当は羞恥に耳が赤く茹だっているのが分かっているのだが、あくまで冷静を装うことは忘れない。
「……何とか間に合ったみてぇだな」
嘉穂が視線を向けた先には、大きく地面がえぐれた河川敷だけが残されていた。その中心で激突しようとしていた傍迷惑親子の姿はどこにも見えない。
嘉穂が操る時流魔法であの傍迷惑親子はそれぞれ3時間前の座標へ戻されたはずだ。そのせいで多少のタイムパラドックスは起きるかもしれないが、あの親子があのまま激突していたら、この場所を中心として
「雛乃、現場の回復を。ついでにそのままここに残って、いずれ現れるだろう馬鹿息子に無認可の戦闘行為は御法度だから景観保護課まで許可申請に来るように説教かましといてくれ」
「承りました。ところで嘉穂課長、あの技め」
「内田、お前は即急に課に戻れ。あのクソジジイがもっかい窓口に来るはずだ。何とか説得して戦闘を思い留まらせろ。『戦闘行為許可を出すには年齢制限に引っかかって〜』くらいの嘘八百は許可してやる」
「ふぇい。てか課長、あのファンシーな」
「源さんは大工仲間呼んで堤防や橋、その他周辺施設の被害状況を確認してくれ。必要ならば他課とも連携な」
必要な指示を出し終えた嘉穂はそのままクルリと
そんな嘉穂の背中に部下達の物言いたげな視線が突き刺さるが、嘉穂は決して振り返らない。黒縁メガネの下で顔が発火しそうなくらい発熱していることを理解しているが……いや、理解しているからこそ、振り返ることなく脱兎の勢いでそのまま走り出す。
「俺はとりあえず、走る」
「いや、意味分かんねぇ誤魔化し方しないでくださいよ嘉穂課長っ!!」
「まさかあのファンシーな技名叫ばないと大技使えないんですか嘉穂課長っ!!」
「マジカルステッキは必須ってわけじゃないって言ってませんでしたか嘉穂課長っ!!」
「その辺り教えてくださいよ嘉穂課長っ!!」
「嘉穂カチョーッ!!」
羅野辺市役所景観保護課課長、嘉穂
今でこそ黒縁メガネに七三分け、黒のスーツに紺のネクタイという男性公務員のテンプレのような格好に身を包んでいるが、学生時代はその腕っぷしでそれこそバトル漫画の中のような世界で無双していた最強のヤンキー。今でも心はバトル漫画的展開に飢えている。
そんな彼がグレた原因は、この性に合わなさすぎるマジカルでファンシーな異能力のせいであったりする。
──だから嫌だったんだよ大技使うのっ!!
こよなく愛する町の景観と市民の安全を守れた代償に心に大きな傷を負った嘉穂は、青春漫画よろしく、しかし勢いはあくまでバトル漫画基準で、部下の追及を振り切るべく、キラキラと降り注ぐ光も眩しい河川敷を疾走していったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます