第2号 戦闘及び破壊行為は認可された範囲内で収める事
イ.
役所の仕事というのは、大半が窓口業務だ。
より正確に言うならば、部署によっては『窓口業務で一日の大半が終わった』と言える日の方が平和でいい、なのかもしれない。
「ですので、こちらのこの書類と、もう一枚この書類をですね、申請したい日より2週間以上前にこの窓口に持ってきてくださいね」
そんなことを思いながら、
ご年配の方にも聞き取りやすいようにハキハキと、それでいて柔らかさは失われていない語調でされる説明は、キッチリと要点が押さえられていて中々に分かりやすかった。新入りの頃、アワアワと慌てふためくだけだった様を思えばかなりの飛躍と言える。
──唯一気になる所と言やぁ、あんなにプルプル震えてるじいさんが本当に『戦闘行為等許可申請』をしに来たのかっつう根本的なトコなんだけどな。
「
『まさか市民生活課とかと間違えてねぇよな?』と内心だけでツッコミを入れている嘉穂の元にコーヒーを片手に
「ありがとう。……そうだな、アイツにしちゃあ、成長したな」
「そんなこと言って。内心ものすごく嬉しいんじゃないですか?」
砂糖もミルクもなし、ほんのり
「……まぁ」
そんな雛乃からの視線にいたたまれなくなった嘉穂は、コーヒーに口をつけながら逃げるように視線を逸らした。
「嫌な気は、しないが」
「またまたぁ、そんなこと言っちゃってぇ〜」
「……雛乃、お前、ちょっと言動が内田に似てきたんじゃねぇか?」
「後輩が先輩からの影響を受けるように、先輩側だって多少なりとも影響を受けるものなんですよ、多分」
ニシシッと笑いながら、雛乃は自分のデスクに戻っていく。その後ろ姿を目で追いながら、嘉穂は小さく溜め息をついた。
──ま。こんなくだらねぇ話を呑気にくっちゃべってられんのも、平和な証拠でいいってこった。
窓口には市民の方へ和やかに手続きの説明を続ける新人。中堅職員はコーヒーを片手に軽やかにパソコンのキーを叩いているし、玄人の大工はフロアの隅で何やらトンテンカンテンと素早い金槌捌きを披露している。嘉穂が見える範囲の景色は、いつになく平和だった。
──たまにはこんな日常もいいだろ。
景観保護課の使命は、町の景観を守り、その行為を通して市民の生活を守ること。そんな景観保護課が暇をしていられるということは、それだけ町が平和であるという証拠だ。
「……さて」
『この平和を享受していられる間に、クソめんどくせぇ書類でも片付けますかね』と嘉穂は改めて己の席のパソコンに向き直る。
が。
「……」
その瞬間、嘉穂の席の電話が鳴った。しっとりと落ち着いた音である癖にけたたましさを感じるという矛盾を体現した呼出音に、嘉穂は思わず一瞬動きを止めて視線を落とした。
なぜだろうか。出る前から何だかとても嫌な予感がする。
「…………」
一瞬居留守を使ってやろうかとも考えたが、嘉穂が電話に出なければ雛乃が出るだけだ。そして結局は嘉穂に用件が取次される。そんな面倒をかけるくらいならばきちんと自分が出た方が手っ取り早くていい。
「はい、羅野辺市役所景観保護課です」
雛乃が手を出すよりも一瞬早く受話器を取った嘉穂は、不機嫌が見破られないギリギリ最低限の愛想を込めて声を発する。
その瞬間、電話の向こうから聞こえてきたのは、何とも言えない雑音だった。無理に擬音として文字に起こすならば『ビョンビョンビョンビョン』と言うべきか、『ビンビンビンビン』と言うべきか……バトルアニメの覇気やらオーラやらが放出されている時に鳴っているBGMに似ている気がする。
『た、助けてください嘉穂さんっ!! 認可されていない戦闘行為が……っ!!』
そこまでで電話は途切れてしまった。最後に『バキャッ』という実にバトルアニメ風の破砕音が聞こえていたから、もしかしたら電話が壊れたのかもしれない。
嘉穂は思わずマジマジと通話が切れた受話器を見つめてしまった。
──今の声……レスキュー隊の隊長の声じゃなかったか?
聞き覚えのある声に嘉穂は思わず顔をしかめる。
そんな嘉穂の様子が視界に入っていたのか、雛乃が声を上げた。
「何かありましたか? 嘉穂課長」
「……雛乃、今日、戦闘行為が申請されてる現場なんてあったか?」
「え? 今日はなかったはずですけど……」
嘉穂の問いを受けた雛乃の視線がパーテーションに引っ掛けられたカレンダーに向けられる。嘉穂もその視線を追ってカレンダーを眺めてみたが、確かに今日の日付は綺麗にスペースが余っていた。
その日付を睨み付けるように見上げ、眉間のシワを深くした嘉穂は、溜め息とともに席を立つ。
「嘉穂課長?」
「無認可の戦闘行為が行われているかもしれんと通報が入った」
「えっ!?」
嘉穂の言葉に反応を示したのは雛乃だけではなかった。窓口の丸椅子に座った内田も、フロアの片隅で金槌を振り回していた
「無認可の戦闘行為は一般市民を巻き込みかねない大変な危険行為だ。レスキューや警察と連携し、すぐに現場を押さえるぞ」
「はいっ!!」
嘉穂の言葉に全員が姿勢を正し、次の瞬間キビキビと動き出す。嘉穂自身もデスクの引き出しに入れてあったマジカルステッキ引っ張り出すと各所に連絡を取るために電話の受話器を上げた。
──ん?
一気に騒がしくなった視界の中で違和感を覚えた嘉穂は、受話器を耳と肩で挟んだまま顔を上げる。そんな嘉穂の視線の先では、なぜか内田の後ろについてヨチヨチと杖をついて歩くご老人の姿があったのだが。
──ま、いっか。
たまたま内田とご老人の進行方向が同じであったか、騒がしくなった景観保護課から引き離すために内田がご老人を誘導しているのか。きっとそんな所だろう、多分。
嘉穂はそう納得すると、己の業務に集中すべく通話が繋がった電話の先に意識を向けた。
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