ロ.
繁華街の中心部には、何かシンボルになる物を置くのが定石だ。噴水、モニュメント、広場、一際どでかいビル、とりあえず何でもいい。
そして派手なアクションシーンを撮りたがる人間も、なぜかこのランドマークの周辺での戦闘を好む。
「トウッ!!」
「ハァッ!!」
さらに言えば、脳ミソまで筋肉でできているようなバカほど、その鉄則が大好物だ。
景観保護課を率いる
「……予測がそのまんま当たりすぎるのも、何か腹立つな」
優美な女神とそのお供達を
その中心で互いにボロボロになりながらもなぜか楽しそうに武器を振り回す二人を見つけた嘉穂は思わずボソリと心の内を呟く。だが零れた言葉に二人が気付くことはない。身を隠すつもりもない嘉穂は結構分かりやすく姿を現しているのだが、嘉穂の登場に二人が気付くこともない。
──こんなにスキだらけで、万が一第三者が戦闘に介入してきた場合大丈夫なのか?
いや、そこは一度二人まとめて第三勢力にコテンパンにのされるのが様式美なのか。
とりあえず、無性にタバコが吸いたくなった嘉穂である。
「クッ……クククッ……! さすがだ、キラリンレッド……それでこそ我が宿敵……!!」
「いやそう言ってないでさっさと潰せよ。お前らの目的は戦隊ヒーローと戦うことじゃねーだろ」
「フッ……フフフッ……! 強い敵こそ倒し甲斐がある……!」
「いや、悪を滅ぼすのがお前らの仕事だろ。戦闘を楽しんでんじゃねーよ」
「いざっ!! エンディングの向こう側へっ!!」
「仲良くハモってんじゃねーよ」
示し合わせたかのように同じセリフを叫んだ両者が真っ向からぶつかり合う。結構律儀に正論を突っ込んだつもりだったのだが、やはり嘉穂の言葉は二人に微塵も届いていない。
「明らかに尺をオーバーしてんだろうが。どんなけアクションシーン入れてぇんだよ」
もはや止めるのもアホらしい。こいつらに至ってはこれが初犯じゃないからさらにアホらしい。
嘉穂は思わず事態を放置して肩叩き代わりに使っていたマジカルステッキを脇に挟んだ。片手をジャケットの内側に入れて煙草の箱を取り出し、反対側の手で愛用のジッポを構える。
最近の世相は喫煙者に厳しい。公務員ともなるとなおさらだ。
本来ならば現場で吸うなど言語道断なのだろうが、今は吸わなきゃやっていられない。都合のいいことに目撃者になりうる二人は互いのことに夢中だし、一本吸った所で構いやしないだろう。
……と、思っていたのだが。
「それ以上の戦闘はやめてくださいっ!!」
思わぬ所から響いた声に嘉穂は唇にくわえた煙草を落としかけた。
「すでに申請時間を過ぎていますっ!! これ以上の無断での戦闘・破壊行為は罰則対象ですっ!! 二人とも今すぐ戦闘行為をやめてくださいっ!!」
「
声を上げながら広場に駆け込んできたのは、間違いなく嘉穂の部下である内田だった。
しかし悲しいかな、かなり大声で叫んでいるのに二人はやはり他者の声を受け入れない。互いに振り回している武器が容赦なく煉瓦畳を巻き上げ、モニュメントの残骸をさらに細かく砕いていく。
──内田のバカみてぇにデケェ声をスルーできるなんて、あいつら脳ミソだけじゃなくて耳までイカれてんじゃねぇか?
「やめてくださいったらっ!!」
普段の己の所業を棚に上げる嘉穂の視線の先でしびれを切らした内田が動いた。どうやら己の能力で二人の戦闘を『なかったこと』にして気勢を削ぐつもりらしい。
──ア? でも、あいつって今確か……
腰のベルトに引っ掛けられたケースからタブレットを引き抜いた内田がさらに前へ出る。だが内田が操るタブレットは画面が消えたままピクリとも動かない。
その時になってようやくタブレットの充電が切れていたことを思い出したのか、内田の顔色は一瞬で土気色に変わる。
それでも果敢にスマホを抜こうとしたところは評価点だろうが、いかんせん気付くのが遅すぎた。
結果、二人の攻撃の余波を喰らった内田は綺麗に吹っ飛んだ。何が一番悲しいかと言えば、そこに至っても二人が内田の存在に気付いていないことだろう。二人は内田を排除しようとしたわけではなく、あくまで余波が内田に及んだというだけなのだから。
「……あー」
──……あれは、一応回収した方がいいのか?
一人で勝手に登場し、勝手に吹き飛ばされ、今を以って主犯二人に存在を認知されていないという空回りっぷりだが、一応嘉穂の部下であることに変わりはない。己から面倒事を増やしやがったと言えばその通りだが、タブレットが使えない内田は
──しかし腐っても公務員は公務員だし、保護してやる必要性もない、のか……?
そんなことを思いながら、今度こそ嘉穂はくわえた煙草に火をつけた。くゆる紫煙を胸いっぱいに吸い込めば、ほんのわずかにだが苛立ちが緩和されるような気がしてくる。
「くっ……!! うぅ……っ!!」
一方、跳ね飛ばされ、瓦礫が散らばった地面に二、三回叩きつけられながら転がった内田は、意外なことに自力で顔を上げた。一切その場から動くことなく成り行きを見守っていた嘉穂は案外根性がある内田にわずかに目を見開く。
──内田のくせに、妙に根性あるじゃねぇか。
タブレットがなければ
「やめろ……! やめっろって、言ってん、でしょーが……っ!!」
顔を上げ、肘をつき、何とか上半身を上げた内田はかすれた声で叫んだ。
「もう十分じゃん……!! これ以上、町を壊して何がやりたいって言うんだよ……っ!!」
しかし内田の体力ではそこまでが限界だったらしい。ペタリと座り込み、腕を突っ張って体を支えた体勢で内田は咳き込みながら叫んだ。もしかしたら余波を喰らった時にどこか痛めたのかもしれない。特殊能力持ちの公務員とは思えない、
それでも内田は声が届かない二人を睨み付け、届かないと分かっていながらも声を張り上げることをやめようとはしない。
「あんたらにとってはただ背景かもしれない場所は、誰かにとってはとても大切な場所なんだっ!! ドラマが生まれる場所であったり、思い出が詰まっていたりする場所なんだ……っ!!」
ひどくかすれた声は、普段の馬鹿みたいな強さを失くしていて、必死に耳を傾けていなければ戦闘音に紛れて消えてしまう。
それなのになぜか、今の内田の声には耳を澄ます労力を裂きたくなる『力』があった。
「あんたたちの自己満足の戦闘なんかで、壊されていい場所じゃないんだ……っ!!」
──いやぁ、だって、一番のヒーローじゃないすか、
不意に、よみがえった光景があった。
数年前の採用面接の現場。特殊職である
──大切な人の生活の場や、思い出の場所を守る。これって、すっごく大きな物を守れるってことだと思うんすよ!
中でも内田の採用面接は一際思い出深い。
何せ、上の人間にこれだけ採用を不安視された人間も過去にいなかったから。
「止まれって言ってんだろ、バッキャローッ!!」
──俺、そんなヒーローになりたいんっす!!
壊滅的にデキが悪かったペーパーテスト。能力も機材に頼らなくてはいけない分、常に有用とは言いづらい。
それでも、嘉穂が内田の採用を決めたのは……
「クッ……! 次で最後だ、ダークハイネス……っ!!」
「フッ……! お前にこの技を受けきることができるかな? キラリンレッド」
内田の叫びも届かない脳筋二人組は、一端距離を取ると互いに最終奥義の構えを取る。それを見た内田がさらに顔から血の気を失った。二人の間に割って入ろうと思ったようだが、足を痛めたのか立ち上がることさえままならないらしい。
「やっ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ファイナルエクストラ……」
「アルティメットダーク……」
その全てを視界に収め、嘉穂は一度深く紫煙を吸い込む。
ダッと地を蹴った両者が死地の間へ飛び込む。
「ウニャララライトニ」
「ホニャララバス」
時が、止まる。
同時に、ドコッ!! という、肉体と肉体がぶつかり合う鈍い音が響いた。
「おい、クソガキども」
その中心に立った嘉穂は、火が付いたままの煙草を吐き捨てると革靴の踵で踏みにじって火を消す。ついでに、両手にそれぞれ握り込んだ脳筋二人組の頭部にゆっくりと指をめり込ませた。
「遊びの時間は終了だ。誰の許可を取って暴れてるんだ? ア?」
衝突寸前だったヒーローと秘密結社幹部の間に割り込み、二人の顔面をそれぞれの手で捕獲。そのままアイアンクローの要領で握り込んで宙吊りにするという一連の流れを生身の体でやってのけた嘉穂は、低く響く声でことさらゆっくり最終通達を口にする。
「毎回毎回言ってるよなぁ? 『戦闘は必ず許可時間内で終わらせろ』と。それを毎回お前らは性懲りもなく破りやがって」
「おっ、お前は景観保護課の『カホゴさん』……っ!!」
「毎度毎度お前は我らのいい所を邪魔しおって……っ!!」
「『約束を守りましょう』なんて小学生のガキが教わることも理解できねぇクソガキが粋がってんじゃねぇよ」
ようやく嘉穂の存在に気付いた二人がモダモダと抵抗を見せる。だがミシリ、ミシリと嘉穂の指が喰い込むたびに抵抗は悲鳴となり、ただの痙攣となり、やがてダラリと嘉穂の手に吊り下げられるのみとなった。
「羅野辺市景観保護特殊条例第5号ハの2『戦闘及び破壊行為は許可された時間内に終わらせる事』。今回は33分の超過。今月累計では5時間16分の超過だ。罰則対象だなぁ、アァッ!?」
さらに嘉穂は抵抗がなくなった二人の頭を持ち替えると二人の額がぶつかり合うように両手を叩き付けた。思わず内田が両手で目を覆う中、白目を剥いたヒーローと悪役が嘉穂の足元に崩れ落ちる。
「テメェらのペライ正義よりも、この町の美しい景観の方がずっと価値があるンだよ」
羅野辺市役所景観保護課課長、嘉穂悟龍。魔法使い。使用魔法は『時流魔法』。ちなみにマジカルステッキがあった方が魔法は使いやすいが、なければなくても構わない。
羅野辺市の景観をこよなく愛し、暴れ回るヒーローや悪役から景観を若干過保護気味に守る、羅野辺市最強のヒーロー。昔は最強のヤンキーとして名を馳せていたとかいないだとかいう噂があったりなかったり。
人は敬意と畏怖の念を込めて、彼のことを『景観保護課のカホゴさん』と呼ぶ。
──区切るところがおかしくねぇか?
そんな己の二つ名に思いを馳せた嘉穂はもう一本煙草を取り出しながら足元に転がる脳筋二人組を眺め、さらにその先にいる内田を見遣る。ソロォ……と二人組の様子を眺めた内田は『ウヘェ……イタソ』という表情を分かりやすく浮かべていた。
「……おい、内田」
そんな内田に向かって、ジッポを取り出しながら声を放る。その瞬間、ピャイッ!! と内田の肩が跳ねた。もしかしたら許可をもらっていなかったくせに独断でここまで来てしまったということを今更思い出したのかもしれない。
「はっ、ハイッ!! あっ、たっ、助けていただき、ありがとうございマシタ……」
自分もシバかれるとでも思っているのか、内田の仕草は妙にギクシャクしていた。そんな内田を嘉穂は無言のまま数秒見つめる。
嘉穂は上の判断を押し切って内田を採用した。
その理由は……
「……いつまでヘバっていやがる。ここまで来ちまったんなら、お前も原状回復を手伝え」
キンッとジッポを開いて、揺らめく炎で煙草をあぶる。くゆる紫煙を深く吸い込んでから内田を再び見遣れば、内田は嬉しそうに顔を輝かせていた。
「っ、はいっ!! 俺、頑張るっす!! 何が何でもランチタイムまでにはお店を開けてもらえるように頑張るっす!!」
……誰よりもこの町を愛する熱い気持ちが、本物だと分かったから。
嘉穂が内田の採用を決めたのは、たったそれだけの、至ってシンプルな理由だった。
基本中の基本。だがその気持ちを純粋に持っている人間は少ない上に、ここまで熱く持ち続けていられる人間はそうそういない。嘉穂は、そんな内田の根っこの部分を高く評価している。
「あ。でもスンマセン。足、やっちゃったみたいで……。そのぉ……、嘉穂課長の『時流魔法』で治してもらうことは……」
……まぁ、馬鹿みたいに手間がかかる分、判断を間違えたかと思う時が週に何回か……いや、日に何回かあるところが玉に瑕というか、何というか……。
嘉穂は紫煙を吐き出しながら気だるくマジカルステッキを構えた。一瞬内田は顔を輝かせたが、嘉穂が纏う気配から何かを敏感に察知したのだろう。嘉穂が口を開く前からサァッと血の気が引いていく。
「受精卵からやり直すか?」
「やっ! それ嘉穂課長が言うと洒落になりませんからっ!! マジで!! ちょっ……いっ、イヤァァァァアアアアアアアアッ!!」
シャラリラリーンッとどこまでも似合わない音を背景に、内田の悲鳴が響き渡る。
……こうして羅野辺市に平和な日常が戻ったのであった。
めでたし、めでたし。
「……は! ちゃんと足だけ治してくれたんすね嘉穂課長っ!! 奇跡っ!! あざますっ!!」
「……やっぱり受精卵まで巻き戻すか」
「すっ、スンマセンシタァッ!!」
……めでたし、めでたし。
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