4」Tesseract=Choron

   【Count:290】


 第二神災。ソフィアが討伐した逆樹がそう命名されてから約半月。ソフィアは普段と……逆樹を認知する以前と同じ生活を送っていた。

 数千年の精神の疲弊がほとんどない。その事に対してソフィア自身が疑問を得ていた。何故私はこんなにも普通でいられるのか、と。

「行ってきます。」

 普段と変わらない口調で、誰も居ない家を後にする。……父はソフィアが殺した。何度も死んでいるし、今更何とも思わない。ただもし、父が生きている道があったとするならば……。


 止めよう。考えたくない。ようやく終わったのだ。もうあの悪夢は見たくもない。

 ソフィアは父の形見代わりの剣状の水晶を提げ、家を出た。



    ー    ー    ー



「初めまして、だね。会えて嬉しいよ、ソフィア。」

 セル国王宮、国王の間。複数の兵士が見守る中、ソフィアは一人の男と対峙していた。

 周囲を見る。見知った顔があるのは、学校で剣を学んだときの同期たちだろう。その中でも特に優秀だった者たちだ。残念ながらこの周では剣術を学んでいない為、向こうはソフィアの事を知らないのだが。

 目の前の男――この国の現国王であるレオ=クラウスが挨拶をし、続けた。

「その剣、ヴィルは死んだって事でいいのかな。」

 レオがソフィアが持っている剣を見て言った。ソフィアは剣の持ち手に選ばれてはいないが、剣の所有者が居ない為今は触れても問題ない。

「死んだ。最後までここに引き篭もってた臆病な誰かの代わりに。」

 父の死に関してはあまり関心が無いが、それでもソフィアは目の前の彼が嬉しそうにしているのを見ると多少は腹が立つ。彼の事は嫌いだ。

「ああ、すまなかった。ここで喧嘩を起こすつもりはないよ。さて、ここでは話しづらい事もあるだろう。ただ立たせているだけのこちらの兵たちにも悪いし、さっさと移動するとしようか。君たち、今日はもう帰っていいよ。」

 レオは立たせている兵士たちを帰らせた。




 移動先は、小さな会議室だった。

「フレッド、誰も入ってこないように見張りをよろしく。」

 レオが兵士の一人に命令すると、ここへソフィアを先導した兵士は部屋を出ていった。そして、部屋にはソフィアとレオだけが残った。二人以外誰も居ない事を確認し、ソフィアは魔法を行使する。部屋全体を、見えない膜でコーティングする。

「声も光も、何も外には漏れない。」

「気遣いに感謝するよ。一応僕も貼っておこう。」

 結界が二重に貼られる。

「それで、話は。」

 ソフィアが催促する。

「ああ、単刀直入に聞こう。……君は何故、あの大災害……逆樹を知っていた? そして何故対応できた?」

「私は未来から来た。」

 即答。何も隠さず、そしてそれ以外の言葉は不要。充分過ぎるほどに、続きの無い答え。そしてレオは、その答えに充分納得したようだった。

「……なるほどね。だから君もこの結界を張れる訳だ。ちなみに、逆樹を倒したのは何度目だい?」

「これが初めて。それに、もう戻りたくない。」

「確かに、わざわざ何度もアレを倒す事も無いな。さてソフィア。僕は君にもう一つ用があるんだ。表彰するだけじゃなくてね。君の返答次第では、君を処理しなくちゃいけなくなってしまう。」

「断る。」

「まだ何も言ってないぞ。」

「どうせ戻ってこいとか言うはず。私はここに住むつもりはないし、王族を名乗るつもりもない。」

 それはレオにとって図星だった。レオは諦めて、話を変えた。

「我々クラウス家の起源は、この国が出来た三百年前にある。エデニスから流れてきた転生者の一家が、この辺りの集落を統一した。初代セル国王レーヴィン=クラウスはまさに、世界初の転生者だった。エデニスの人間は日常的に魔法を使っていたが、この世界の人間は魔法を扱えない。そこでレーヴィンの二人の娘、リアとセレンが魔石を考案した、という訳だ。剣を造ったのもその時だね。」

「知ってる。」

「手間だったね。じゃあ君は、魔石が何で作られているか知っているかい?」

「生物の心臓。」

 以前、父であるヴィルから聞いた事はあった。

「ああ、魔石の材料は生物の心臓だよ。知能のある種から作られる魔石ほど、蓄えられる力が多い。今世界に出回っている魔石は人間の心臓を使ったものがほとんどだろう。」

「……人間の?」

 生物の心臓とは聞いていたが、人間のものだというのは初耳だ。

「君を、地下室に案内しよう。先代王家が守り続けてきた、不朽の王国の秘密をね。」




 部屋の結界を解除し、ソフィアとレオは地下へと向かった。厳重な扉を何度も通り、かなり深くまで進んでいく。

「何かあったら困るからね。この施設はできるだけ深くに置いておく必要があった。ついたよ。」

 一辺が数百メートルはある広い空間に出た。そしてその空間には、高さ二メートル程度の円柱形の容器が等間隔で無数に並んでいる。……そして、その中のものが、目に入った。

「人……間……?」

 あらゆる容器の中に人間が閉じ込められていた。

「擬似蘇生計画。一年に一度、国民全員を複製しこの地下施設に凍結させておく。人が亡くなったら教会に運ばれ、死体と複製体を入れ替えて親族に返す。外から見れば、多少の記憶を失っているだけで本当に生き返ったかのような演出をする事が可能だ。素晴らしいとは思わないかい?」

「コピー? 魔法の基礎は可逆性。そんな事、できるはずが……。」

「成長する人間を想像するだけだ。たいしたものじゃない。まあ、このイメージが出来て更に装置に術式を書き込める狂った人間なんて、あの二代目女王リア=クラウスくらいしかいないだろうね。それと、使わなかった人間を魔石に変えているんだ。ここは表向きには魔石工場という事になってる。」

「必要な魔力は、どうやって確保したの。」

「あれだよ。」

 レオが指を差した先に、一本の白い剣があった。否、それは剣状の水晶で、同じ類のものをソフィアは今持っている。

「あれは、何。」

「かつて魔法は、火水土風の基礎四属性に光属性と闇属性を含めた六つを扱っていた時代があってね。結局その二つは基礎属性の組み合わせで表現されていただけに過ぎなかったから時代と共に消えていったけど。この剣は光属性のもので、四つ全てを混ぜて火と土の成分を少し多くした半端な魔石だ。だが、これは確かに剣として作用する。年に一度、国民全員の写しをとるくらい造作もないさ。」


 ――ああ、呆れた。


「君には術式の最適化を手伝ってほしいんだ。僕一人じゃ大変だからね。理論上は年一でしか回収できなかったコピーを一日毎にできる。世に出回る魔石の量も増えるだろう。だからソフィア、力を貸してほしい。」


 ――なんだ。私はこんな国の為に。


 ソフィアが腕を軽く振るった。途端、巨大な魔道具とも呼べるコピーの制御装置に氷柱で穴を開けた。


 レオが、信じられないものを見たような目でソフィアを見つめている。

「……ソフィア? お前、今何をした……? 聞いていなかったのか……?」

「人間に対する冒涜は嫌い。あなたは、狂ってる。」

「いきなり壊す奴があるか!? どうすればいいんだよ! ああ失敗だった。お前をこんなところに連れてこなければ良かった! 貴様のせいで全て台無しだ!! 殺してやる、殺してや……。」

 レオの狂った呪詛が最後まで続く事はなかった。ソフィアが氷漬けにした為だ。

「……さようなら。」

 そのまま、ソフィアは王宮地下を後にした。




「……私、甘いのかな。」

 ソフィアはレオにとどめをさしていない。あの時確かにレオを殺そうとした。人の死に無頓着になれるほど、何度も同じ時間を過ごした。そのはずなのに、いざレオを殺そうとした途端、ソフィアは止まってしまったのだ。

「……おやすみ。」

 ソフィアは自室のベッドに潜り、眠りについた。




    ー    ー    ー




 目が覚めて、ソフィアは寝癖も直さないまま部屋を出る。

「ソフィア、今日は早いな。何か用事でもあるのか?」

「いや、特には……、」

 言いかけて、止まる。異常に気付く。

「父、さん……?」

「どうした?」

「……まさか。」


 目の前には、死んだはずの父親がいた。――時間が、戻っていた。




   【Count:291】


 国立魔法学校を主席で卒業した。魔法の研究施設に入り、論文を幾つも発表した。第二神災を討伐した。そして、国王レオからの提案を全て蹴った。

 ソフィアは今、"前回"と同じ事をしている。気が狂いそうだった。特に第二神災をもう一度狩る事にはとても苦労したが、もう逆樹には負けないだろう。

 全く同じ動きをしているがそれでも自我を保てているのは、一度として同じ行動を取ったことが無かった故だろうか。

(前回、私は今日の夜に死んだ。可能性は二つ。新たな神災か、それともレオの仕業か。)

 九割九分後者だろう。この回でも、ソフィアは王宮地下の装置を破壊した。間違いなく王宮に反発している。

 対処についてだが、単純だ。眠らなければいい。ソフィアは後頭部に手を当てると、自らの脳に魔法を行使した。

「んっ……!」

 全身に電気が流れるような痛みを覚える。

「……っ、試作だけど、なんとか成功かな。」

 今の一瞬で睡眠を摂った。強烈な眩暈に襲われたが、時間の経過と共に治ってくる。

(後で改良しておこう。)

 睡眠と同等のはたらきを脳に行使する魔法。失敗して脳が焼き切れても肉体の死と共にソフィアが過去に戻るだけなので、気兼ねなく自分自身を被験体にできる。


 布団に潜り、そのまま寝たふりをする。犯人はすぐにやってきた。

 ベッドのすぐ近くに、人の気配を感じた。それが明確な殺意をソフィアに向けた瞬間、ソフィアはこの部屋を凍結させた。ベッドから飛び出し、剣を侵入者の喉元に向ける。

「誰。」

「あら? 失敗しちゃいました〜。不思議ですね〜。もしかして、常日頃から警戒とかしていらっしゃったり?」

 ソフィアの部屋に入ってきたその女性は、明らかにソフィアを殺そうとしていたが、失敗した途端に態度を変えた。

「はじめましてですぅ〜。わたし、ミディ協会の纏め役をやっているテセラクト=コロンと言いますぅ〜。あ、奇襲に失敗しちゃったので、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ〜。わたし、奇襲しかしませんので〜。」

 ソフィアが壁の魔道具に魔石を入れると、部屋全体が優しく光る。襲撃者は修道服を着ていた。

「レオの依頼?」

「依頼というか〜習慣ですね〜。わたし、エデニスからの転生者は全て殺しているんですぅ〜。二代目のセルの女王様との約束でぇ〜。自分と同じ力を持つ第二勢力というものは、常に恐れられるものなので〜。たぶん。」

 今までこんな奴を野放しにしていたのか。と思った。エデニスからの転生者を全て排除する。彼女は神災よりも惨い事をしている。

「私を殺しに来たのも、同じ理由?」

「はい〜。王族以外のエデニスの人間は殺す。ヴィルさんの事は黙認していたんですけど〜、昨日の夜にレオさんから急遽あなたを殺してくれと言われちゃって〜。」

 間違いなくソフィアを嫌ってのことだ。ともあれ、これで最悪の事態は避けられた。そのように思えた。

「さて、これでセルとの契約の分は終わりですね〜。なのでこれからは、私個人としての用事です〜。」

「何か用?」

「私と戦いません?」

「断る。」

「即答。悲しいですね〜。でも、争いに拒否権はありませんよ?」

 テセラクトが腕を横に伸ばすと、先端が銀色に変色し鋭く伸びた。

「この世界の魔法じゃない。」

「魔法ですらありませんよ〜。これはノニウム体。無機と有機を繋げた、私の世界の最高傑作です〜。あ、開発したのは私です〜。」

 ソフィアは走って窓から外へ逃げ出した。逃亡の為ではない。狭い空間では不利だと判断しただけだ。


 誰もいない深夜の学校に誘い込んだ。ソフィアは再びテセラクトと対峙する。しかし。

「……やめた。やっぱり戦わない。」

「ここまできて?」

「意味が無い。私が死んだら勝手に過去に戻されるだけだし、それにあなたは死なない。そうでしょう。」

「……はあ、しかたないですね〜。ノニウム体は心臓や脳も作れちゃいます。私は全身をノニウム体に変換しているので、まあ、死なないですね、私。……ん? 過去に戻る?」

「レオから聞いてないの。」

「全く。今初めて知りましたよ〜。でも、私を知らなかったという事は私に会うのは今回が初めてなんですね〜。」

「こちらからも質問がある。」

「どうぞ〜?」

「テセラクトは別の世界から来たの?」

 先程、テセラクトは私の世界と言っていた。

「そうですね〜。ですが私はエデニスとは違う世界からです〜。」

「なら、十七席という組織を聞いた事はある?」

「ないですね〜。」

 彼女は本当に知らないらしい。十七席に関する新たな情報は得られなかった。

「貴女に二つ、依頼したい。」

「聞くだけ聞いてあげますよ〜。」

「レオを殺して。」

「……正気です?」

「貴女よりは。」

「……いいですけど。」

 即答とは言えないが、テセラクトは承認した。

「あっさり決めていいの。」

「あなたもクラウスの人間ですから、私の契約を上書きできる立場にあります〜。それで、二つ目の依頼は?」

「レオを殺せた場合、ミディ協会でセル国を統治して。次の国王が決まるまででいい。」

「それは簡単ですね〜。でも、どうしてレオを殺す事だけに拘るんです?」

「嫌いだから。あの男。」

 本当に、それだけの理由なのだ。

「……まあ、いいですよ〜。まああの人、別人を生み出す事を蘇生魔法と呼んでるので私も嫌いなんですけどね〜。あ、そうだ。折角なので私からもひとつ、いいですか?」

「私の行動に支障が出ない限りなら。」

「ノニウム体は人間として扱われていないみたいなので、コピーされないんですぅ。だからあの空間にはひとつ、空の容器があるんですよ〜。それを壊してもらえませんか?」

「それくらいなら。」

「理由は聞かないでくださいね〜。」

「話す事は、これで終わり?」

「そうですね〜。あなたはこれからどうします?」

「……一度過去に戻る。第二神災の被害を最小にする。」

「それ、今私に依頼した意味あります〜?」

「もし依頼を断っていたら、私は過去に戻らなかった。」

「どういうことです?」

「今の依頼を、第二神災前にあなたにする。レオを第二神災の犠牲者として処理できる。」

「いいですね。ミディ協会もセルを乗っ取れますう〜。」

「言葉の使い方。」

「冗談ですよ〜。では、よろしくお願いしますね〜。」


 ソフィアが地面に魔法陣を書く。


「……"転写"を行使する。」




   【Count:292】


 逆樹出現の日、ソフィアは樹の出現位置に被るように巨大な氷の塊を上空に配置した。被害が出る前に逆樹を倒そうとしたのだ。

 逆樹は出現し、直後、それは氷漬けになった。ゆっくりと落下し、海面に着いた瞬間にバラバラになって砕ける。ソフィアは、かつて何度も戦い何度も国を壊滅させられた神災を、一瞬で倒してしまった。

「やっ……た……?」

 逆樹は確かに消滅した。逆樹


 空が一瞬歪んだような気がした。次の瞬間、地面から黒い人型の影が無数に現れる。訳もわからないまま、ソフィアは心臓を貫かれて死亡した。

 後に終末人形と呼ぶようになるこの神災を、初めて体験した。

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