3」Noteet-解決-Shizuku-4

   【Count:5〜】


 ソフィアは逃げる事を諦め、……そして無謀にも、逆樹に戦いを挑んだ。もはやそれしか道は残されていなかった。

 何度も見た。何度も巡った。何度もやり直した。数十回は逆樹に殺されたが、飽きや無力感は感じていない。その理由は単純だった。


 ――強くなっている。


 当然だ。七年間の知識を次に引き継げるのだから。数十回の遡行の果てに、気付けばソフィアは誰よりも、――知識量だけで言えば水の剣の保有者である実の父親、ヴィル=クラウスさえも上回る程のものを得ていた。魔法学校では当然誰にも並ばない程の成績を取り続け、その後は国が運営している魔法研究施設に入り、新たな魔法の模索もする。全ては七年後にやってくる、大災害の為に。


 ――足りない。


 七年に一度、ソフィアは大災害と対峙する。出現数時間前から雨を降らせ、万全な状態でそれを待つ。そしてソレが現れた直後、ソレの真上に巨大な水球を召喚し、圧倒的物量で叩き落とす。これを三度繰り返したところで逆樹からの攻撃が開始される。ひたすら水の壁を張りつつ降り続ける雨水の八割以上を逆樹に向けて飛ばす。


 ――まだ足りない。


 逆樹の口の一つから極太のレーザーが発せられ、ソフィア目掛けて正確に放たれた。咄嗟に地面を抉って盾にするが一瞬で壊され、ソフィアに直撃する。

 ……そこで意識は途切れ、ベッドの上で目を覚ました。今回も失敗。圧倒的な力の差を感じている。まさに"神災"と呼ばれる所以を嫌というほど実感する。


 何十と繰り返した末、ソフィアは一度、初頭学校卒業後に剣術を学ぶ事にした。理由はただの気分転換である。……如何に魔法の技量が達人さえも超越しているとはいえ、剣に関して言えば素人同然だ。ソフィアは何周にも渡って剣の技を鍛えた。結局剣の達人とまではいかなかったが、一般生徒よりは剣の扱いは上手くなっただろう。常人の数倍も鍛錬しながらも魔法無しでは教官に勝てなかった為、才能というものは、少なくとも負の方向には存在する事を痛感した。




   【Count:68】


 数える事を辞めた後も、ソフィアは毎度のように逆樹に挑んでいた。大量の水を落とした後、樹に付着した水分子を高速で振動させ、沸騰させる。火が付いたのを確認し、樹を中心に暴風を発生させる。

 逆樹の動きは若干鈍ったようだが、それでもまだ足りない。海水の一部を斜め上に"落とし"、同様の手段で再び燃やす。

 逆樹がソフィアを認知し、口から光線が放たれる。

(……火が一割増、土が一割減。)

 適切に防護壁を構築し、攻撃に備える。

「っ!」

 壁の強度が足りず、衝撃で後ろに飛ぶがなんとか耐えられた。前方を見ると、逆樹は既に口を光らせていた。

(……まずい!)

 かつて経験した事が無い程、二発目が早く来た。慌てて防御をするが、遥か後方の民間に激突する。逆樹の攻撃を防いで即死しなくなったのもここ数回の話だ。

 身体中が痛む。

 ――今回も駄目か。

 常に逆樹の口は笑っているが、こういう時はいつも自分自身を嘲笑っているかのような印象を受ける。

「……。」

 過去へ飛ぼうとしたが、辞めた。地面に術式を書き込む作業すら億劫だ。あと数秒もしないうちに、どうせ私は勝手に過去に戻る、と諦めた。高熱による死の痛みにも慣れてしまった。


 やがて、逆樹から光線が放たれた。



    ー    ー    ー



「生きてる? もし死んでてもそれはそれで。」


 ソフィアが目覚めたのは、ベッドの上ではなかった。……そもそも、過去に戻ってもいなかった。つまりまだ生きている。

 ソフィアの前に、一人の少女が立っていた。そして彼女の手前には、ソフィアでさえも見た事が無いほど複雑で巨大な結界が張ってある。

 このあたりではあまり見られない、黒を基調とした王国の制服のような服装。紫色の髪は纏めずに伸ばしており、蛇の模様がついた髪留めが印象的だった。右手には取手に紫色の水晶が嵌められている鞭。凛々しさを感じる姿だ。

「あなたは……。」

「あれを倒せばいいんだね?」

 ソフィアの質問を無視して、彼女は逆にソフィアに質問した。

「でき……るの……?」

「まあ、あれくらいなら。あなたとも少しだけ話がしたいし。」

 彼女は逆樹の方を向くと、鞭を前方に伸ばして短く唱えた。

「《宣告》する。"Uitihous消えなさい"。」


 彼女がそう、呟くだけで。

 逆樹が消滅した。段々とではなく突然に。まるで初めから存在しなかったかのように。

「……貴女は、何?」

「あなたが新しく生まれたジオの後継者だね。はじめまして。私は黒河雫。十七席第四、《宣告》の銘を持ってる。」

 完全に予想外の人物だった。十七席と名乗る人間に会うのはこれで二回目だ。更に、彼女は四番目。正体不明の組織の中でも地位が高い方なのではないだろうか。

「十七席って、何。」

 彼女からなら、色々聞き出せるかもしれない。そう思った。

「当然の質問だ。ジオからは何も聞いてないよね。彼、自身の例外をいい事に色々な人に力をばら撒いてるから苦労しちゃうんだ。いい人……、いや、いい時計なんだけど。でも残念、私からも十七席の事は教えられない。世界の外側っていうのは、基本的には内側の人間からは観測できないものだから。あ、でもいつかこの世界に私より上の人が来ると思うから、彼なら色々と話してくれるかも。」

 彼女でさえ、何かを答える事はしなかった。 

「あなたは、何をしに来たの。……この世界に。」

 彼女が世界の外側から来た存在である事は理解している。恐らくはソフィアの時間遡行に対しても何らかの理由で対象外にできるのだろう。その理由に、彼女は今までのループで一度も出会っていない。

「ちょっと旧友を探しにね。理由はそれだけじゃないけど。あ、星乃璃って人、心当たりある? えっと、黄緑色で、かわいくて、それから……。」

「……知らない。」

「そう、残念。」

 後に知る事にはなるのだが、この時点では風の四魔神がその人であるなどとは知りもしなかった。

「私がこの世界の事を直接解決するのはあまりいいことじゃないから、私が今からするのはただのアドバイス。相手が決まっているときは自己を極めるんじゃなくて、相手をよく観察すること。あれの表面が高温だってことにはすぐに気付けるはずだよ。」

「……どうして、今回は助けてくれたの。」

「今回は例外。私の情が混ざってたりするかも。それにちゃんと終わらせてあげるから大丈夫。この世界に変更を加えちゃうと迅に怒られるから、この周で起きた事は忘れて。あ、それともう一つ。本当に世界を救いたいと思っているなら、犠牲の無い方法なんて存在しないと理解しておいて。……あなたはまだ、犠牲を恐れている。」

 雫は先程逆樹に向けた鞭を、今度はソフィアに向ける。

「じゃあまた、頑張ってね。《宣告》する。"Awosudim弾けて"」


 瞬間、ソフィアの意識が消えた。そして、ソフィアはベッドの上で目が覚めた。



   【Count:69】


 決して窶れた訳ではない。狂った訳でもない。ソフィアはこの回、初めて父親を手にかけた。理由は何とも言えないが、雫にかけられた言葉が少なからずあった。必ず死を迎える父親を、有効に活用したかったのかもしれない。

 あっさりと上手くいった。調理用の包丁で心臓を刺しただけだ。しかしそれはソフィアにとって重いものだった。

「……ん……っ、!」

 父の死体は何度も見たが、それでも何故か強烈な吐き気を感じる。

「どう……して……。」

 引き返せないとわかっているつもりだった。まるで糸が切れたかのように、この日からソフィアの行動は大きく変わる事になる。人の命と世界の存続をはかりにかけ始めた。必要とあらば、他人を殺す事を厭わなくなった。自ら他者の命を絶つ事に、慣れてしまった。

 ソフィアはヴィルから水の剣を継承したが、それはただ魔力を蓄積するだけの道具である。それでも逆樹に対しては何か変わるかもしれないと、ソフィアは剣を持って家を出た。


 ……そして、逆樹に殺された。




   【Count:290】


 それ以来、ソフィアは黒河雫という人物に会う事はなかったが、彼女がソフィアにした助言は確かに効果的なものだった。仮説と実証を重ね、ただひたすらに逆樹へ効果的な攻撃と光線を防ぐ完璧な盾を構築していった。

 ソレの表面は高温である為、炎はまず効かない。今までの攻撃手段であった水を叩きつける方法も、あまり効果的ではない。量を増やしたところで見込みは薄いだろう。そうしてソフィアは逆樹に有効な攻撃を探し続けた。


 そして数百の遡行の末、ソフィアは遂に逆樹の討伐を成功させた。水を凍結させて棘とし、数千、数万とひたすら逆樹に撃ち込む。ソフィアは独力で、今まで存在しなかった魔法を多数編み出した。


 ――終わった?


 氷の杭は驚くほど逆樹に効果的だった。これが実践一回目だったのだ。初めて逆樹にダメージを与えられ、そのまま倒せてしまった。

 感情は出なかった。


 ――これから私は、何をすればいい。


 訪れたのは、安堵ではなく喪失感だった。

 数千年を費やした闘争は、ようやく終わったかのように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る