S」Sophia=Claus「
1」Etiyib-継承-Jio-12
夢を見る。その夢は絵に描く事ができない程に抽象的で、まるでそういった概念を直接見せられているかのようなものだ。その夢を見た瞬間「ああ、またこの夢か。」と思うのだが、いざ起きてみるとその夢の大切な部分を忘れてしまっている。
私の動きはゆっくりで、私以外の線や点が高速で動き続ける。動くソレに軽度の恐怖を得る。覚えているのはただ、それだけ。
私以上にコレを理解している者は居ないと根拠のない結論を出しているが、私自身コレについて詳しい訳ではない。
「……。」
目が覚めた。そういえば睡眠を摂ったのは久しぶりのようにも思える。直前まで見ていた夢は、当然綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
これは、この世界の事であれば何でも知っている彼女が、全てを知る事になった経緯の物語。この世界を生きる"彼ら"からしてみれば存在しない話も含まれているが、少なくともこれらは過去に起こった、確実に存在していた事実だ。
【Day:1/446/4/4】
優しい日の光と共に、その少女は目覚めた。朝と呼ぶには少々遅い時間だが、普段の少女の起床時間とあまり差は無い。
――下が騒がしいが、いつもの事だ。ここは酒屋の二階で、この時間はたいてい、……数は少ないだろうが、開店直後という事もありある程度の客がいる。
少女は朝食を自室で済ませ、学校の制服に着替える。
「いってきます。」
それを聞く者はいないが、かつての少女は律儀だった。……誰もいないところに限るが。お前は多少天然で、多少捻くれている――いつか少女の担任がそう言っていた気がする。
ー ー ー
少女――ソフィア=クラウスという人間についての話をするが、その前に私の父であるヴィル=クラウスという男についての話もしなくてはいけない。
クラウスはセル国の王家の名称だ。ヴィルは現国王レオ=クラウスの弟であり、かつては水の四魔神の座を兄と争った事もあった。結果はヴィルが勝利し魔神の座は彼に渡る事になったが、彼は政治に弱く、また興味も無かった。十七のとき、彼は王位継承権をレオに譲渡する宣言をし王宮から去った。兄弟の仲が悪いのはセル国内では有名な話である。
ヴィルは街で酒屋を経営し始め、その評判はとても高かった。彼は常日頃から、自らが極めた水魔法を酒の為に使っていた。彼にとって魔神の証である剣とは、ただの魔力の貯蔵庫程度にしか思っていなかった。
彼の生活は彼が待ち望んでいたそのものだった。彼は王宮から離れる事で確かな自由を手に入れていた。数年後、彼はセルで最も名の知れた外交官の一人娘と結婚し、翌年には一児の父となった。この時点でヴィルはまだ二十一だった。
つまるところ、ソフィア=クラウスは現国王の姪である。しかしソフィア自身、それを利用した事は一度も無い。ヴィルにより王宮の地位は存在しないのだから。
ー ー ー
「おはよう。」
「四時間遅刻だ、ソフィア。」
ソフィアが教室に入ったとき、担任のテランス先生の他には誰もいなかった。
「みんなは?」
「午後はクレイト先生と実習だ。お前も荷物を置いたら早く外に出ろ。」
「先生はどうしてここに?」
「午前の筆記試験の添削。お前も実習が終わったら残ってやっていけよ。」
「面倒だな……。」
「何か言ったか?」
「いえなんでも。」
以前、ソフィアはテランス先生に反抗的になった事がある。……結果として簡単にねじ伏せられ、それ以降ソフィアはギリギリ怒られないラインを見極めて接している。
校舎裏の競技場へ出ると、数十人程度の生徒が一斉に私を見た。
「あ、ソフィア来た! また寝坊か〜?」
「そろそろ留年じゃね?」
少し馬鹿にされているが、ソフィアにとってはいつもの事である。
「お前ら静かにしろー、何とか間に合ったな。今日は水属性の魔法、一般的に『水弾』と呼ばれているものについてやっていく。少し基礎からは離れるが、午前の座学で理論は学んだはずだから、センスが良い奴はもう使えるだろうな。みんなやってみろ。」
各々が水色の魔石を取り出し、前に掲げてイメージを固めていく。ソフィアも同様に魔石を取り出して力を入れた。ソフィアの同期は優秀な生徒が多く、七割くらいの生徒の前には彼らが生み出した水の玉が浮かんでいた。当然ソフィアの前にも同様のものがあるが、それに疑問を抱く生徒は少なくなかった。ソフィアは普段から授業に出ず、実習も最低点の連続だったからだ。
ソフィアをよく知る生徒であれば、あまり違和感が無かったのかもしれない。彼女は水の魔法にだけは特化していたためだ。水に特化しているのも、水以外に極端に疎いのも、彼女の父親が原因だろう。
授業は滞りなく終了し、皆それぞれが放課後を過ごす。教室に残ったのは、ソフィアだけ。
「珍しいな。無視して帰るのかと思った。」
「帰ろうとしたよ。」
先程テランス先生が言っていた通り、補習である。午前の座学の最後に他生徒へ渡されていた小テストを先生から受け取り、その内容に安堵した。
「……ああ、そういえばソフィア、お前は水魔法だけは一般の魔術師と並ぶほどだったな。」
午後の実技は午前の座学で学んだ事を中心に行われる。当然、テストの内容は水魔法についてだった。
補習が終わり、ソフィアは今まで溜め込んできた欠席分に対し特に難癖を付けられる事も無く解放された。ソフィアは荷物を纏めて、早々に学校の敷地を出た。
ふと、ソフィアは振り返る。校舎を見るたび、セル国の教育様式は嫌いだ、と思うのだ。
六歳から十三歳までに良識をつけ、十三歳から一年間魔法の授業が行われる。そこから魔法に才がある人間はそのまま魔法を学び続け、そうでない者は剣術を身につけるか知識を身につけるか、もしくはそのまま働くかだ。ソフィアは魔法の才能があった為にそのまま通い続けているが、それは水属性のものに限定した話である。……不安を述べるとすれば、追い出されそうなのだ。
(……嫌い。)
私に合わない、とソフィアはいつも思う。興味があるものは水魔法のみなのに、学校へ通い続けるには他の属性の知識も必要なのだ。悪いシステムだと思う。
今日は学校には用は無い。そう言い聞かせて、この日のソフィアは帰路についた。
【Day:1/453/7/31】
あの日から七年が経過した。結論から述べると、ソフィアは魔法学校を中退した。卒業について曖昧なところがある為、中退という語句はこの学校においては不適なのかもしれないが。
では今は何をしているかというと、彼女は父の仕事を手伝っている。手伝う、というのは語弊だ。普通に一人の大人として酒屋で働いている。
この七年に起こった事といえば、あまりない。少し近くのふたつの国が滅んだ、というくらいだが、それも二年前の話だ。当時は世界が震えたが、もう忘れ去られていることだろう。
そして、世界に異常が起こった。
禍々しい逆さまの大樹がセル国上空に現れ、国を焼き払い始めた。低く轟く笑い声が不気味に感じ、ソフィアはただ、自分の部屋で蹲っていた。
逆樹出現から一日が経った頃、逆樹から放たれている光線がソフィアの家に命中した。ただの偶然であるが、それでもソフィアは衝撃で吹き飛ばされた。
「……、生きて、る。」
意識はあった。ただ、それだけだ。昨日から何も食べておらず、これから自身が助からない事を理解し、生きる事を半分諦めている。倒壊した家屋の中、ソフィアはただ自らの死を待ち続けた。
足が動かない。瓦礫に挟まって抜け出せないのだ。少しだけ足掻いてみたが、結果は明らかだ。
街に生きている人間は居ない。ソフィアの父も含め、皆あの逆樹に消されただろう。このまま誰も来ず、このまま衰弱して死んでいく。
――死にたくない。
そう鼓舞し自我を保つが、衰弱していくソフィアの身体では限界がある。出血は止まらず、徐々に思考が鈍っていく。
そんな中、足音が聞こえた。それはゆっくりと、しかし確実にソフィアに迫っていた。そしてソフィアの視界に、一つのモノが入った。
――時計?
『おや、もう死んでしまったのかと思いましたよ。まだ生きているとは、あなたも私も幸運ですね。いえ不幸と言うべきでしょうか。』
ソフィアの頭の中に直接響く男の声。目の前のそれが発しているのだろう。
黒く締まった服に身を包み、……彼のその頭に当たる部分には顔の代わりに巨大な時計があった。
『ここの国の人たちは、みんな死んでしまいました。』
――知ってる。
得体の知れない異形を前にしながら、ソフィアは驚くほど冷静だった。感情を表に出す程の余力が無かっただけだろうが。
『さて、貴女はもうじき死にます。このままでは助かりません。』
――それも知ってる。
この男は一体何がしたいのか。意図が全く掴めないが、今は考えられる程頭が回っていない。
『おっと、挨拶が遅れましたね。申し訳ない。私は"十七席"第十二、……いえ、今は肩書きは不要でしたね。私はジオ=ズール。ただの部外者ですよ。貴女の名前を聞いても?』
――ソフィア。
『そうですか。ソフィア、いい名前ですね。』
――何をしに来たの。
ようやく思考が纏まり、ソフィアは一つの質問を飛ばした。
『私としては貴女がここで死ぬのは勿体無い。そうですね、仮に貴女が望むのであれば、私に願ってみるといいでしょう。"まだ生きていたい"と、それだけで良いのです。私であれば、このどうしようもない惨状を解決できるかもしれませんよ?』
ソフィアの質問を無視して、時計頭の男はソフィアに提案をした。
――私、は……。
彼の事は疑わしい。急に現れ、ソフィアに対し一方的に話を進めている。まるで詐欺師だ。
表層は悩んでいたのだろうが、しかしこの時のソフィアの深層が望むものは決まっていた。ソフィアは再び願った。奇怪な目の前の時計頭に向かって。
――私はまだ、生きていたい。
私が生きられる道があるなら何でも、と。
ソレに顔は無いが、ソフィアの願望が彼に届いた瞬間、ソレが厭らしい笑顔を見せたような気がした。その瞬間、ソフィアはこの選択を酷く後悔した。
『……成立ですね。おめでとうございます。貴女はたった今、私の持つ第十二の権能"転写"を獲得しました。どうぞ存分に、世界を越えた永遠の力をお楽しみ下さい。ソフィア=クラウスさん。』
彼が深くお辞儀をする。ソフィアはこの時、悪魔と契約を交わした。
『前の三つの個体は予定よりも早く上限値に達してしまいましたからね。貴女には期待していますよ。』
数刻後、衰弱によりソフィアの意識は途切れた。最期の瞬間まで、その悪魔はソフィアの傍にいた。
――私は、クラウスとは名乗っていない。
――ソレは初めから、私の名前を知っていた。
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