13」第六神災・Selen=Eyeut(2)

   【Day:1/456/3/15】


 止まった時間の中で、セレンとローレンが相対している。

「厄介な事になりましたね。まさかあなたが現れるとは。」

 セレンとローレンは接点があるようだった。

「あの、二人はどういった関係で?」

「後で話そう。セレンを殺すのは、私ではなくてはならない。」

 ローレンが腰に提げた剣を抜刀する。水晶ではなく、鋭い鉄製のものだ。

「……あまり気は乗りませんが、まあいいでしょう。三百年前の再戦ですね。」

 セレンも指を鳴らす素振りを見せる(相変わらず音は鳴っていない)と、彼女の前に二振りの短剣が現れた。

「これを使うのも久しぶりです。」

 二人は同時に接敵した。




 二人の戦いはほぼ互角だった。リエレアが目で追う事すらできないほどに。仮にリエレアがこの世界に干渉できていたとしても、この争いは見守る事しかできなかっただろう。

「何故こんな事を続ける。」

「セルの復権ですよ。もうあの国は終わっています。王家の血は完全に途絶えました。だから私が……!」

「もういいだろう、クラウス家は数代前から既に衰退の兆しがあった。」

「……私は、あなたが大嫌いでしたよ! クラウス家の奴隷の癖に、全て裏で操っていて! 挙句私が堕ちたらセルを捨ててすぐに別の国に尽くすんですね!?」

「好きなだけ言うといい。それにお前も、半分はエウト家の血だろう。」

「黙って!」

 鍔迫り合いをしていたが、セレンが飛び退いた。そして一瞬で再び距離を詰め、ローレンの懐へと潜り込む。ローレンもそれを見越してセレンの二本の剣を防ぐ位置に自らの剣を置き、対応する。

「セレン、お前は俺に勝った事がない。」

「あの時はあなたに有利な場でしたからね。今はどうでしょう。」

 先程から、お互いに魔法を使っていない。しかしリエレアから見てそう感じるだけであり、実際は剣戟の合間に二人は無数に魔法を放っている。それをお互いが消しているのだ。

「……っ、強い、ですね……。」

 若干、セレンが押されている。

「ですが……!」

 剣を振るった直後に、まるで見えない壁に当たったかのように空中で剣を反発させ、再び斬り込む。後隙のない絶え間ない斬撃がローレンを狙うが、彼もまた全て的確に、防いでいる。

「なんで……なんで届かないんです!?」

「その剣技はかつて君の姉も使っていた。俺に届く訳がない。」


 それからも交戦は続いていたが、ふいにセレンの口元が緩んだ。

「……ふっ、ははっ。」

 攻撃をしつつも、セレンが笑い出す。

「やっぱり、私はあなたに勝ちますよ! だってあなた、手加減してる! 私を殺したくないんでしょうね!」

 セレンの攻撃が更に速くなる。彼女の言った通り、ローレンはセレンを倒す事に躊躇していた。

「……ああ、その通りだ。なら仕方ないな。」

 ローレンが一歩下がり、……先程のセレンと同様に一歩で距離を詰め、セレンの懐に潜った。そして、剣はセレンの心臓へと向かっていく。同時に、セレンもまた剣をローレンの心臓へと向ける。

「……想定通りだ。セレン。」


 両者の刃は、共に相手の心臓を刺していた。


「……ようやく、あなたに勝てました……相打ち、ですけど……。」

「勝ちでは、ないだろう……、全く……。」

「いいえ、勝ち、ですよ……。」

 セレンの全身から力が抜けていく。

「何故……この時間の中を……動けたんですか……?」

「お前のその力は、……自らが触れたものや人を動かす。そして……、俺はかつてお前の血を、何度も浴びた。飲んだ事もあったな。」

「……ははっ、馬鹿みたいですね。気持ち悪いです。私の一部に常に触れていたから……なんですね……。あーあ、こんなんだったらあのとき戦わないほうがよかった、……ローレン、お兄ちゃん……。」

 セレンが地面に崩れ落ち、動かなくなった。

 同時に、止まっていた時間が動き出した。

「ローレンさん!」

 リエレアがローレンの側に寄るが、彼もまた死の淵に立っていた。

「気にするな。……俺は、本当なら三百年前に死んでいた。もう……いい。」

「喋らないで! 誰か手当てを……!」

「そっとしておいてやれ、リエレア。」

 背後からアスミの声がした。

「大体の事情は把握した。……ローレン、やっぱりお前、イウティの人間じゃなかったんだな。」

「……戒め、だ。三百年前、この世界に現れた龍は私とセレンが計画の一環として呼び出したものだった。……世界を統一しようとした俺たちの計画は失敗、セレンは全ての責任を負い、当時最も敵対していたイウティに幽閉された。……俺は、セレンを……妹を殺さなかったあの国に感謝していた。」

「お前がイウティ国の重要な地位に就いていた理由をようやく理解したよ。……お前、死ぬ気だな。」

 ローレンは今にも意識を失いそうだった。今からでも適切に処置を施せば助かるはずだが、ローレンはそれを望んでいなかった。

「お前ならセレンの攻撃は全て避けられたはずだ。わざとアイツの剣に当たったな。初めから相討ちしか狙っていなかった訳だ。」

「人は生きる理由を失えば自然と死ぬ。……アスミ、終わらせてくれ。」

「恨むなよ。」

「……感謝するさ。お前だからこそ、頼む事ができる。」

 アスミが右手を前に出すと、一本のナイフが現れる。

「アスミさん!」

「リエレア。……止めないでくれ。」

「っ!」

 アスミはそのナイフで、優しくローレンの心臓を突いた。かつて土の魔神、ソフィア=クラウスを殺したナイフだ。

「……。」

 ローレンは何も言わず、その場から消滅した。

「……帰ろう。リエレア。」




 セレンの死体が握っている風の剣をアスミが回収する準備をしようとした途端、風の剣がひとりでに動き出した。

「なっ……!?」

 それは少し遠くから歩いてくる、見知らぬ銀髪の少女の手に収まった。

「誰だ、お前は。」

「おかしいとは思いませんでした? 私の本来の身体はイウティの地下に幽閉されていたですよ。先程まであなたが戦っていた人間は誰の身体なんでしょうね。」

「……セレン、さん……?」

 容姿は先程とは全く異なるが、彼女は間違いなくセレン=クラウスだ。災厄が、再び降り立った。

「私、死者の身体に移れるんです。色々と厳しい制限はありますけどね。だから無駄ですよ。私は殺せません。ローレンもなかなか滑稽です。私と一緒に死のうとして、自分だけ死んでいったのですから。」

 アスミが躊躇することなく、先程ローレンに突き立てた剣を銀髪の少女に投げた。少女の身体は消滅したが、風の剣は再び動き出す。

「無駄ですよ。死体は世界中に隠してあります。時間を止めているので何百年経っても腐りません。数えるのはやめましたが、まあ千人以上はいるんじゃないですかね。」

 再び、セレンは別の容姿で現れる。

「今のセルには王家の人間がいません。」

「……だから、クラウス家のお前がセルを奪うつもりなんだな。」

「いいえ。……ところで魔法の基礎について、あなたは理解しています?」

 セレンが話題を変えた。

「今は火水風土の四属性なんて呼ばれていますけど、エデニスではそんな呼び方していません。物体の状態で属性を分けているだけで、基礎は同じものです。基本は可逆性。不可逆的変化を無理矢理可逆的なものにさせるのが魔法です。例えば火が消えるイメージを持つ事で無から火を生む事ができますし、風化して地面が平になる様を想像できれば、どのような地形も作れる訳です。」

 セレンが地面に手を置くと、アスミの真下が少し振動する。アスミが咄嗟に横に跳ぶと、立っていた部分から鋭い棘が生えた。

「私はこれで、死んだ姉を生き返らせるつもりなんですよ。」

「……そんな事が、できるのか……?」

 リエレアとアスミは、彼女の言った事が信じられなかった。死者の蘇生。それは世界の理に反している。

「はい。死も不可逆的な変化と捉えれば、容易い事です。私は何度も死んでいますからね。死に関するイメージを私以上に持っている人間なんていないでしょう。人間一人の復活に魔石一つでは到底足りませんので、こうして回収をしているところですよ。わかりました?」

「わからないな。人を簡単に殺せるお前のその感性は理解できない。」

「あなたの家族とどこか知らないところに住む名前も知らない人、どちらの方が大切かと言われれば当然決まっていますよね。知らない人が何人死んでも、何とも思わないじゃないですか。」

「……そうか。お前、狂ってる。」

「ローレンにも言われました。まあ彼も昔は相当狂っていましたけど。さて、では私は失礼しますね。目的の為にやることがありますので。」

「逃すと思うか?」

「逃げますよ。少々予定は狂いましたが、まだ予備のプランの範囲内なので。」

 セレンが自らの首に刃を沿える。

「では、失礼。」

 そうして、セレンは自らの喉を切った。




 否。セレンの首を切ろうとした刃は、粉々に崩れていた。

「……また、邪魔ですか。」

 呆れた表情で、セレンは新たに来た人物を見た。……そして、驚いた。

「何故……ここに?」

「貴女の役目は終わり。処理しに来た。」

 ソフィア=クラウス。水の四魔神であり、全てを見通している彼女が、この場に現れた。

「ソフィア、お前……。」

「後は任せて。」

 そう言うとソフィアは一瞬でセレンの前に移動し、首筋を掴んで地面に叩きつけた。

「っ……!? 何の、つもりです?」

 ソフィアは虚空から氷の剣を取り出し、それをセレンの腹に突き刺した。

「殺したいならどうぞ。まあ、ストックは無数にあるので。」

 セレンは余裕だった。そもそも、たった今彼女は逃げる為に死んで別の身体に移ろうとしていたところなのだ。しかしソフィアは、誰もが予想していなかった真実を口にする。


「貴女の性質を知っている私が、貴女が隠している死体に何もしていないと思う?」


「何、を……?」

 セレンの表情が一瞬で変わった。先程までの余裕はどこにも見当たらず、明確に焦りを見せている。

「……冗、談?」

「憑依の条件である、まだ憑依していない十五歳以下の同姓の死体。それらは全て対処済み。」

「全て……!? 何故、いえ、そんなこと出来るはずが……!?」

「二千四百人。これはあなたが保管してきた死体の数。全員の身体を氷漬けにして、脳と心臓を氷柱で貫通させてある。貴女が使える自由な身体はもう無い。別の身体に移った直後、あなたは激痛と共に死亡する。」

「ちょっと、待ってください……。嘘、ですよね……?」

「そして二千回の死を経て、貴女は移る身体を失う。それまでに理性が残っていると思う?」

「助け……助けて……、」

 セレンが逃げようとするがもう遅い。ソフィアの剣はセレンの腹に刺さったまま、動かない。

「貴女は死亡した際、最も近くの死体に強制的に乗り移り覚醒する。……死体の隠し場所を丁寧に分散してくれていたお陰で、死体の移動の手間を最小にできた。アスミ、時間を稼いでくれてありがとう。」

 一切の容赦が無い。

「……っ、あなたは……、一体何がしたいんですか……! 風の剣から私を解放して、私の計画を助長して、……そして、こんな罰みたいな……!」

 恐怖から涙が滲んでいる。しかしソフィアは容赦しない。

「世界の為。……じゃあ、逝って。」

「助けて……助けてよ……おねー、ちゃん……、」

 既にセレンに反抗の意思はなく、そこにいるのはただ恐怖で震える少女である。

 そんな少女の心臓を、ソフィアは躊躇なく氷柱で刺した。

「がっ……ぁ……、」

 セレンの意識が遠のく。最後まで、ソフィアはセレンを睨んでいた。


 そうして、セレンは死んだ。


 ――どこか知らない地下室で、続けざまに氷漬けの死体が振動した。




   【Day:1/456/3/18】


 リエレアはイウティ国の王都を散歩していた。あの日以来、新たな被害者は見つかっていない。無事に第六神災が終わった事を実感する。

 学校と騎士養成所に顔を出し、リエレアは商店街の方へと歩いている。

「あれ、リエレアちゃんだ。」

 前方から歩いてくる女性を、リエレアは知っていた。

「えっと……、朱莉あかりさん?」

「お久しぶりだね〜。」

 絢瀬朱莉。ミディ協会の人間で、過去にイグイシスで少しだけお世話になった。特にアスミが。


「フェザーって覚えてる?」

 街を歩きながら、朱莉がリエレアに質問した。

「うん。アキさんが相手にしてた悪い組織だよね。」

「無事に完全にいなくなったわ。ミディ協会が動いてね。まあ、ほとんどテセラクトが張り切ってやっちゃったけど……。」

 アキの死後、フェザーの残党処理にはミディ協会があたっていた。

「それ、大丈夫なの? その、道徳的に……。」

「警戒しないの。テセラクトはああ見えて寛容よ。切り捨てるときは酷いけど、無闇に殺生や拷問はしないわ。残党はちゃんとシキの監獄に届けてる。」

「そう、ならよかった……。」

「これで、アキちゃんも喜ぶかな……。あ、そうだ。」

 思い出したかのように、朱莉はリエレアに言った。

「セルがしばらく無王状態だったけど、先日ようやく着任したよ。」

「へー。誰になったんだろ。国民の中から選んだのかな。」

「クルクスちゃん。」

「……へ?」

 イグイシスでアスミが買った孤児の男の子だ。そういえばあれ以来、クルクスを見かけないと思っていた。

「もしかして……、クルクスさんが国王に?」

「ミディ協会全員で決めちゃった。ソフィアちゃんも容認してたし、国民もそこそこ肯定的だったよ。正真正銘クラウス家の人間で、良識があって聡明で、それにかわいい。」

 最後の言葉には邪念が混ざっていたような気もする。

「これでセル国も大丈夫ね。政とかはミディ協会がサポートするけど、なかなかいい子よ。」

 一応、セル国は安心だろう。


 朱莉のポケットに入っている魔石が震えた。

『朱莉さん〜、戻ってきてください〜、一人でこの量の作業は大変ですぅ〜。』

 テセラクトの声だ。

「はいはい、戻るよ。うーん呼ばれちゃった。流石にテセラクト一人に先日の被害報告を纏めさせるのは無理があったわ。それじゃまた。ミディ協会の助けが必要だったらいつでもよんでね。」

「ありがとう、朱莉さん。」

 二人は別れた。


「リエレアじゃねえか。」

 しばらく街を歩いていると、再びリエレアに声をかける人間がいた。騎士隊長のアインだ。

「アインさんだ。なんか随分と久しぶりだね。」

「ま、俺はいつも忙しいからな。なんと今も忙しい。」

「大変だね……。」

「アスミの事、頼んだぞ。アイツ気がついたら徹夜してるからな。全く、アースの人間は毎日眠らなくてもいいのか? 羨ましいぞ。」

「気にしておくよ。アインさんもお仕事頑張ってね。それとたまにはアスミさんにも会ってあげてね。」

「おう。そろそろ顔出さねえとな。」

 そう言い残し、アインは王宮の方へと駆けていった。


「お、リエレアさんだ。」

 今度は八百屋の男に声を掛けられる。リエレアも随分と人気になったものだ。

 彼は第四神災、巨人の腕で死ぬはずだった、アスミとリエレアが助けた人間だ。

「こんにちは。最近元気?」

「お前の話の振り方はおばあちゃんかよ。元気だぞ。今日も繁盛だ。」

「最近どう? この辺は平和?」

「ああ。なんかよくわからん神災ってやつも最近は無いし、ああそうだ、つい最近のあの事件も結局神災じゃなかったし、平和だな。ははっ。」

「うん、よかった。それで……え、今……何て……?」


 そのまま話を続けようとしたが、リエレアは遮った。聞きたく無い事を聞いてしまった気がした。


「ああ、お前聞いていないのか? 第六神災だと思われてたあの集団自殺、あれは一人のやべえ魔術師が犯人だってわかったんだ。あ〜、原因がわかって良かった良かった。」


 ――それは、ダメだ。


「待って、じゃあ……。」

 第六神災ではない。そう判断された場合どうなるか。リエレアはその答えをソフィアから聞いている。

「リエレア、どうかしたか?」

「まさか……!?」


 恐怖を覚えたのも束の間、世界が揺らいだ。

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