11」第五神災・ナムフの大魔法(2)

   【Day:454/9/1】


「生きてる。」


 薄暗い空間で、アキの意識が覚醒した。

(えっと……、第五神災を止めようとして、それから……。)

 少しだけ朦朧としている。気を失う前の事をあまり覚えていない。

 周囲を見渡す。どうやらここは工場の地下で、いろいろなものが崩れて最下層に瓦礫が積もっている。

「エイヴィ。」

 その名前を呟き、彼女は全てを思い出した。

「私、負けたんだ。」

 エイヴィ=ライ。かつて彼女のいた世界で、死力を尽くして闘った相手。

「あの力、何だったの……?」

 世界の上書き、エイヴィはそう言っていた。その通り、確かにあの空間は全てがエイヴィの思うように動いていた。

「さて、早く戻らないと。」

 立ち上がり一歩踏み出そうとした刹那、瓦礫の向こう側から強い殺気を感じて咄嗟に横に跳ぶ。アキの立っていた場所に氷の線が伸び、地面から鋭い氷柱が勢いよく生えた。

「……誰!?」

 エイヴィではない人の気配がする。暗くてよく見えないが、相手は一人。

 腰に提げた水晶の剣を抜こうとし、それが無い事に気付く。崩落に巻き込まれた際にどこかへいってしまったらしい。

「やっぱり、何度やっても貴女に奇襲はできなかった。」

「まさか……貴女がソフィア=クラウス?」

 水晶の剣は無いが、わかる。アキが自分よりも強いと感じる相手で、そもそも水魔法を氷にして攻撃する人間を彼女は一人しか聞いた事がない。彼女は水の四魔神だ。

 噂程度には聞いていた。ヴィルは既に死んでいて、彼の娘が剣を継いでいると。

「何のつもり。どうして私を殺そうとするの?」

「貴女は知らなくていい。」

「納得すると思う?」

 二つの杖を出現させようとするが、現れたのは一本。それでもそれを掴み、唱える。

「十三神具、ジェミニコア起動。」

 両翼が展開され、先端の複数の小さな羽のような針が飛び、宙に浮く。

「"Obnan行って"」

 指示を出すと針が散らばり、ソフィアの周囲を漂い始める。総数は十二。

「……あなたはいつも最初にそれを使う。」

 ソフィアが爪先で地面を軽く突くと、彼女の周り全方位から羽と同じ数の細い氷の柱が生え、それら羽を一つも余す事なく全て貫いた。

「なっ……!?」

 高速で不規則に飛び回る物体を一度の魔法で全て正確に消し飛ばされた。それも、他の神具では傷一つつけられないほどの硬さを誇るものをだ。格が違う。

「何者……なの??」

 エイヴィよりも、否、以前の世界でアキを殺した雫よりも遥かに強い。

「もう、貴女の使える技は無い。」

 ソフィアが足で地面を軽く叩くと、一面が水色に染まった。

「さようなら、星乃璃。」

 ソフィアが指を振る。アキの真後ろから氷柱が伸び、アキの心臓を貫いた。


「……。」


 はずだった。

「ソフィアさん……、あなた、驚いてるわね。」

 氷柱はアキに刺さる直前に、融解して落ちた。

「ちっ……。」

 想定外という言葉がまるで存在していないような彼女を、少しでも動揺させる。


「ねえソフィアさん、こうして私の前に立って私を殺すのって、何回目?」


 ソフィアは黙ったまま。

「会話に飽きちゃってるんでしょうね。だからあなたは私の質問には最低限答えるけど、あなたからは何も言わない。」

「……。」

「普段の私なら、この世界の、ましてや火属性の魔法なんて使うはずがない。そうでしょう?」

 アキの左手には、リング状に削られた赤い結晶があった。

「ソフィアさん、意外と鈍感なのね。私が魔石を持ってる事にすら気付かなかったなんて。」

「貴女がそれを持っているはずがない。」

「それが持ってるのよ。イグイシスでフェザーの残党を処理したとき、リエレアが見つけてくれてね。どこかに置いておこうかと思ったけど結局つけっぱなしだったわ。」

「……リエレア。」

「根拠はそれだけじゃないわ。ジェミニコアから出る羽根の数は最大で二十四枚。ソフィアさん、あなたさっき、ちょうど二十四本の柱で羽根を壊していたわね。力が足りなくて半分しか飛ばせなかったけど、あなたは完全体の私との闘い方を知ってる。本当に未来を見ているなら、きっとあなたなら数は揃えるはず。……ねぇ、この時間は何回目?」

「……。」

 ソフィアは依然、黙っている。

「答えないのは肯定って事よ。なんだ、初めてじゃなかったのね。」

「黙れ!」

 普段のソフィアからは考えられない怒号。直後、無数の氷柱が璃の身体を貫いた。

「っ……!? ぁ……っ!」

 内蔵が狂う。血を吐く。

「貴女からその質問が来たのは、今回が初めて。貴女が私の遡行に気付いた事はなかった。……何度会っても、貴女は嫌いだった。」

「ソ……フィ……、」

 氷が璃を侵食し、璃の身体が固まっていく。完全に氷漬けになり、……そして絶命した。

 ソフィアが軽く指を振ると、瓦礫の山が吹き飛ぶ。その中から、一本の黄緑色の剣が姿を見せた。ソフィアはそれに触れると、手先に魔力を込めてそれを強く握った。

「起きなさい。セレン=エウト。」


 風の魔神である象徴が、粉々に砕けた。




『あなたは何をしたいんです? 私を解放するなんて。馬鹿じゃありません?』

 ソフィアの脳内に謎の声が直接語りかけてくるが、ソフィアはそれの正体を知っている。

「私は、私が見てきた中で常に最善の手段を選んでる。……何もしない。貴女は貴女のやりたい事をしなさい。」

『変な人ですね。でも嫌いじゃないですよ。折角の外ですから、好きなようにさせて貰います。』






   【Day:1/454/9/1】


 巨大な魔法陣が繋いでいる先は、この場にいる人たちの予想を遥かに上回っていた。時間すら跳躍した先へと、魔法陣は接続されている。

「あれを展開したのは向こう側、二十二年後の人間なのか?」

「違いますよ?」

 アスミが質問をしたが、テセラクトに即答された。

「確かに未来と繋がっているんですけど〜、あれはこちら側で作られたものですね〜。それに、ちゃんとこの世界特有の魔法で組まれてます〜。」

「この世界の人間が犯人か?」

「確定じゃないですけど〜、その可能性が高いですね〜。」

 着々と、魔法陣への対応が進んでいく。

「原因がわかったのなら、第五神災としての名を撤回する事も視野に……、」


「それは良くない。」


 タツタが提案をしようとした瞬間、入り口の扉が開き、一人の少女が入ってきた。栗色の長髪で、リエレアと同じくらいの歳。……ソフィア=クラウスだ。

 しかしここにいる誰もが、彼女の事を見ていなかった。全員の視線は、彼女が抱えている黄緑色の魔法少女に向けられていた。

「アキさん!? 無事だったんですか!?」

「もう、死んでる。」

 無慈悲に、ソフィアは現実を突き付けた。

「そん、な……。」

 この場にいる人間が全員固まった。誰も声が出なかった。

「……嘘、だよな……?」

 アスミが言うが、アスミはソフィアがこんなところで嘘を吐かない人間である事を一番理解している。

「エイヴィ=ライ。テセラクトはこの名前を知ってる。」

「……そうですね。エイヴィは古くからのミディ協会の組員です。」

 テセラクトが言う。普段から脳天気な彼女だが、今はその余裕すら感じられない程に淡々とした口調で話している。

「エイヴィはアキのいた国で、アキと敵対していた人間だった。この世界で対面すれば争うのは当然の事。アキは、エイヴィに殺された。」

「信じられるか!」

 場にいる一人の男が怒鳴り声を上げた。

「あのアキ様が……そんな知らない人間に殺される訳がないだろう! そもそもお前は誰だ!?」

「まって!」

 リエレアが彼を遮る。

「さっきね、私とウルはエイヴィに会ったの。……ウルさんが倒した、と思うけど……。」

 動揺が走る。

「リエレアの言う通り、エイヴィは灰燼で死んだ。テセラクトもそれは感知できるはず。」

「そうですね。確かにいません。」

「……。」

 静寂。

「アキさんを、弔いましょう。この神災が終わったら必ず。」

 テセラクトが、普段は見せない表情をしていた。




    ー    ー    ー




 想定外の事態もあったが会議は終わり、部屋にはリエレアとアスミ、それからフィリスのみが残った。アキはミディ協会の人間によって丁重に運ばれた。


「なあソフィア、お前がアキを殺したんだろ。」


 アスミのその一言が、この場を凍り付かせた。

「必要な事だった。エイヴィが瀕死にさせていたけど、止めを刺したのは私。」

 ソフィアは認めた。

「……お前はそういう奴だったな。最悪だよ、お前。」

「ソフィアさん、やっぱり私、納得できないよ。ちゃんと説明して。」

 リエレアは納得できず、ソフィアに要求した。

「詳しく聞いておくべきだろうな。何故殺した。」


「リエレア、それにアスミ。貴女たちだけに言うべき事がある。」

 ソフィアは答える代わりにそう言うと、手に水を出現させ、それを少し離れた位置にある地面に氷柱に変えて突き刺した。

「テセラクト、出ていって。」

『あれ? 何で知ってるんです〜?』

 部屋中に木霊するテセラクトの声が聞こえた。……そして消えた。

「今のは?」

「テセラクトは全身を特殊な素材で置換してる。ノニウム体と彼女は言っていた。アースの技術らしいけど、アスミは知らないはず。」

「聞いた事は無いな。そんなものは。……テセラクトも地球からの一次転生者だったのか。」

 第三神災のとき、リエレアはテセラクトが腕を変形させるところを見ている。それの応用で、テセラクトは世界中に自身の一部を引き伸ばしているらしい。

「テセラクトはノニウムを血管のように世界中に張ってる。任意の位置から身体を生成する事で擬似的な転移も可能。」

「……狂ってやがるな。」

 ソフィアが結界を張る。何度か見た、セル国の王族しか張れない強固な結界だ。

「これで、これからの話は誰にも聞かれない。」

 ソフィアが椅子に座り、リエレアたちに促す。二人はソフィアに対面する形で座った。


「私は、未来から来た。」


 リエレアは驚いているが、アスミは全く動じていない。

「知ってた? いつもならここでアスミは驚くんだけど。」

「予想はしていたが、本当にそうだという確証は無かったな。それでソフィア、今は何度目なんだ?」

「もう、数えるのはやめた。」

「……そうか。」

 一度や二度ではない事を示唆している。


「ソフィアさん、どうして私たちに教えたの?」

「貴女には知っておいて欲しかった。……何故予知に貴女がいないと言ったのかも、これで理解できるはず。」

「……もしかして私に会うのって、今回が初めて?」

「そう。今までのループに、貴女は一度も現れていない。そして貴女が関わる全ての事象で、世界の収束が機能していない。」

「なあソフィア、その、世界の収束ってのは何だ?」

 アスミが質問した。

「そのままの意味。私が変えられない部分の事を私がそう呼んでいるだけ。例えば神災が来るという事。イリバ国が壊滅するという事。……そして、ウルが死ぬ事もそうだった。」

 以前、リエレアがソフィアからされた話だ。ウルは既に死んでいるはずだと。

「本来、私はアキを殺した後、エイヴィを始末する手筈だった。だけど、ウルが生きていたからその手間が省けた。……でも、ウル一人だったらきっとエイヴィには勝てていない。きっと、貴女がいたから。」

 アキを倒す程の力を持った相手を、あっさりと倒してしまった。

「貴女がいたから、全ての計画が少しずつ狂っている。……良い方にも、悪い方にも。」


「なあソフィア、何故私にも遡行の事を教えたんだ?」

 アスミが尋ねた。

「貴女には別の件で残って貰った。そのついで。本題はあの魔法陣について。」

「あれもお前が展開したやつだろ。」

 アスミがそう言うと、ソフィアが少しだけ驚いた。

「……貴女がそれに気付いたのは、今回が初めて。やっぱり、今回はどこかおかしい。」

「それで、何故あんなものを?」

「第九神災。」

 ソフィアは一つの単語を呟く。

「それって、最後の神災だよな。」

「その神災は生存者が居ないから、名前も番号もつけられていない。私が勝手に第九と呼んでるだけ。……そして本来、それは五番目に来るはずだった。」

「……何だと?」

「最後の神災が来るよりも早く魔法陣を第五神災だと世界に認めさせることで、次に来るはずだった神災は先送りにされた。……私は、その方法で今までに第八神災までを生み出して凌いできた。今は、第九神災となり得るものを探している。最後の神災が来ないように。」

 第八神災までを作るのには、途方もない回数の時間遡行が必要なはずだ。十や百程度ではないだろう。

「なあソフィア、以前、お前に会った事があると言ったな。当時のお前は劣等生で魔法の才能なんて無かった。……ようやく、お前が化け物じみた力を持つ理由を知れたよ。お前、もうとっくに人間の寿命の数百倍は生きてるんじゃないか?」

「……同情は要らない。世界がこうなったのも全部私の責任。私が解決する。」

「駄目だよ。」

 リエレアが横から言った。

「それじゃあ先延ばしにしてるだけで、解決できてない。仮に第九神災を作れても、犠牲になる人が増えるだけでしょ。」

「でも、世界の存続には……、」

「この世界はあなたの実験場じゃないの!」

 リエレアが叫ぶ。……そして、ソフィアが黙ってしまった。

「あ……えっと、ごめん……。」

 我に帰り、リエレアはソフィアに謝罪する。

「いいえ。その通りだった。……私はもう、この世界で起こせる事はだいたいやった。実験場……そう言われても、何も言い返せない。」


 しばらく誰も口を開かなかった。長く感じる数十秒の静寂を破ったのは、アスミだった。

「ソフィア。魔法陣の向こう側が二十二年後なのは、……その年が、お前が見てる世界の終わりなんじゃないのか。」

 ソフィアは頷いた。

「二十二年後。それがこの世界の最終到達点。あの魔法陣が起動したら、未来から最後の神災が雪崩れ込むようになっている。」

「……ソフィアさん、私、ずっとソフィアさんの事を誤解してたかもしれない。」

 リエレアが言った。

「ソフィアさん、優しかったんだね。本当は、犠牲なんて出したくないはずだよ。……だって、神災を起こすだけなら方法はあったもん。」

 しかし、ソフィアは否定した。

「それは違う。……私は」

「違わないよ。一つ一つの神災を解決する方法は他にもたくさんあるけど、ソフィアさんは犠牲が少ない方を選んでる。」

 今のリエレアであれば、敢えて犠牲を出していたソフィアに対しても同情できる。そして犠牲のない解決が無い事に苦しむソフィアを、リエレアは救いたかった。

「……私、何かできることあるかな。何にも触れなくて、あんまり頭もよくないけど……、それでも、できること、ないかな。」

「私も協力しよう。案が出るかもしれない。……次の神災も、わかってるんだろ?」

「第六神災は、アスミとテセラクトで充分に止められる。」

「……ああ、お前が解除すると神災として認められないのか。」

 ソフィアが立ち上がり、指を鳴らす素振りを見せる。音は相変わらず鳴らなかったが、紫色のゲートが出現した。

「さようなら。次の神災で。」

「……ああ。」


 これ以上は、何も話す事はない。




    ー    ー    ー




「……犠牲が少ない方。」

 誰もいなくなった後、ソフィアはリエレアの言葉を呟いた。

「それは違う。リエレア、確かに私は犠牲は少ない方がいいけど、それでも私は、次の神災を見過ごす。」






   【Day:1/454/9/4】


 三日後、魔法陣の解析が全て完了し、アスミたちは魔法陣の解除に成功した。……気持ち悪いほどに、全てがうまくいっている。

「第五神災・ナムフの大魔法。ソフィアの狙い通り、神災として認められたな。」

 毎度のようにアスミは自室で報告書を纏め、一人呟く。しかし現在、この部屋にはアスミ以外に人がいる。

「犠牲者は二人。……第五神災と関係無いところでだが……。」

 アスミに元気が無い。この部屋にいるもう一人の人間、リエレアもまた、消沈している。

「アキさん……。」

 ナムフ国が誇る風の四魔神で、第五神災の犠牲者。

「今度、国を挙げて葬儀を執り行うらしい。……ちゃんと、弔ってやらないとな。」

 アスミの目からは涙が出ていた。

「クソッ……!! アキ……どうして……!」


 居ても立っても居られず、リエレアはアスミの研究室を飛び出した。


「どうして……!!」

 空を駆けながら、叫ぶ。

「どうしてっ、涙が出ないの!!」

 リエレアは、泣けなかった。叫び声は誰にも届かないまま、空に消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る