EX2」星乃璃

   【Day:-40/2018/5/3】


 決して倒れるな。前を向いて戦え。世界を救え。役割を果たせ。貴様が背負っているものを思い出せ。


 その日、二つの意識がぶつかり合い、世界の命運を託された少女は勝利した。

「お前の勝ちだ、醜い少女よ。新天地は訪れず、世界は腐ったまま、今まで通りと変わらない。すぐにお前たちは次の争いを始めるだろう。いつかお前にもわかる日が来るさ。お前たちが……、世界の……、」

 横たわっている大男の声は、最後まで続かなかった。

「……さようなら、エイヴィ。結局、あなたは最期まで強くて狡くて……、でも誰よりも、まっすぐだった。」

 世界を混沌に陥れようとした相手でさえ、彼女は最後に敬意を表した。



 これは遠い世界の話。一人の少女が世界を救い、世界から排斥される物語。




   【Day:-40/2018/5/7】


 平成三十年五月七日、日本、東京。

 午前五時。


 スマホのアラームと共に、その少女――星乃璃は目が覚める。

「おねーちゃん、おはよう。」

 璃の部屋に、彼女の妹である耀が入ってくる。璃より十分程早く起きる少女は、いつも璃の寝顔を拝みに来ているのだ。……もう慣れた。


「おねーちゃん、本当に終わったんだよね。」

 高校へ行く準備をしている最中、耀に質問される。

「うん。やっと終わったの。」

 人差し指に嵌めた指輪を見て言う。

 星乃璃は平凡を名乗れる程度の少女だった。ただ少しだけ運動ができて、ただ少しだけ頭が良い。突出したものはないが、平均以上ではある。そんな人間だ。そんな彼女と妹の耀に変化が訪れたのは、璃が中学生になった頃だ。

 璃と耀は奇怪な運命により魔法少女となり、この世界を掌握しようと企む組織と戦い続けてきた。しかしそれも昨日で終わり。璃が組織の代表であるエイヴィ=ライを仕留め、組織は解体。残党処理には璃たちと同じ魔法少女たちが駆り出されている。時間の問題だろう。

「これのお陰だよ。鈴先生には感謝し切れない。」

 テーブルの上に置いてある水晶が嵌められた二つの装置を手に取る。

 十三神具・ジェミニコア。十三個存在するうちの一つで双子座を模した双翼状の魔力増幅器であり、組織との戦いはこれらを含む神具の奪い合いだった。

「他の神具って返しちゃったんだっけ。」

 エイヴィとの闘いで、璃は魔法少女側が所持している七つの神具を全て使って組織と相対した。エイヴィも六つの神具で対抗し、結果としてこの一つの差が勝敗を決したと言ってもいい。

「そうだね。もう使わないって本部に渡したんだけど、これだけは持ってろって言われちゃって。」

 ジェミニコアは、璃が一番長く使っていたもの。もう使わないものなのだが、本部はこの神具は璃のものだと認めたのだろう。

 朝食を摂った後は、二人揃って学校へと向かう。璃は高校に、耀は中学校に。




「おはようございます、鈴先生。」

 璃は教室へ向かう前に職員室へと向かい、一人の女教師と会話をしていた。相手は担任の天城鈴先生。彼女は今年高校教員になったばかりであり、そして三年前までは十三神具の一つであるヴァルゴコアを持つ魔法少女だった。彼女は引退後も様々な魔法少女の指導や情勢調査等、表に出ない部分で活躍した。ちなみに鈴先生が引退した理由は「十八にもなってピンク一色で飛び回るのが恥ずかしくなった」かららしい。確かに高身長でスタイルの良い大人の女性が魔法少女服で飛び回る姿は少し引くところがある。エイヴィでさえ危険視していた程に強力な魔法少女だったのだが、それでも羞恥心が優ってしまったのだ。

「あの、戦いは終わったんだよね?」

「確かに組織に渡っていた残りの十三神具は全て回収した。ただし……、戦いはまだ終わらないさ。」

「……どういう事?」

「内戦だよ。上は全ての神具を持ち主に返したが、十三神具のうちの九つは日本の魔法少女が持っている。神具は一つでも強力だ。この状況を海外の支部が見過ごすとは思えない。現に、北欧の二つの支部は既に動いている。こちらも穏便な交渉を試してはいるが、まあ不可能だろうな。……そろそろ生徒も増えてくる。後日招集があるだろうから、話はその時にまた。」

「はい、先生。」


 職員室を出ようとした直前、先生の机の上に置かれていたヴァルゴコアが目に入った。本部が先生に渡したという事は、やはり本部は各支部を警戒しているのだろう。

 魔法少女である事を除けば、璃はごく普通の、少しだけ頭が良い高校生だ。今はただ、少しでも日常を感じておきたい。そう思い教室に入ったが、そういう訳にもいかなかった。

 至って普通の教室だ。生徒も半分くらいはいるだろう。しかし璃が入ってきた直後、教室にいたあらゆる人の視線が一瞬だけ璃に向かれた。騒めきも一瞬で止み、静けさが訪れた。璃を特別視しているが、直接璃に話しかける人は居ない。

 皆は知っているのだ。先日組織のトップが世界中に声明を発表してから、璃がそのトップの愚行を止めた事を。璃は英雄視されているが、雲の上の存在のように誰も近寄ってこなくなってしまった。これが望んでいた日常かと言われると、どうしても肯定できない。

「おはよう、璃ちゃん。」

 それでも、璃に話しかけてくれる人はいる。……悲しい事に、その理由は相手も魔法少女だからというものだったが。

「うん、おはよう雫ちゃん。」

 黒河雫。璃と同じ魔法少女だが、敵と正面からぶつかり戦う璃とは違い、組織に潜入して内部から崩していく、正々堂々とはかけ離れた戦い方を基本としていた。……その狡猾な戦い方から、魔法少女の中でも彼女をよく思っていない人が多かったが。

「後で裏で。」

 雫が小声でそう呟き、彼女は自分の席へと行ってしまった。間も無くして、始業のチャイムが鳴った。

 嘘のような平和。しかし先程の鈴先生の言葉通り、この平和は間も無く終わる。

(エイヴィは、神具の奪い合いになる事を予期していたのかな……?)



    ー    ー    ー



 授業が終わり、璃は荷物を持って教室を出た。特に学校でやる事も無いので、そのまま学校を後にする。

 人通りのない路地裏に入り、念入りに周囲を確認する。右手を伸ばすと、その手に一本のステッキが現れる。

NutNom変身。」

 小声で唱えると、身体が光に包まれて彼女は黄緑色の魔法少女へと変身する。

Om easey向こう側へ。」

 続けて唱えると、璃を再び光が包み、……彼女は路地裏から消えた。



    ー    ー    ー



 半径百メートル程の、浮いた島。一面には花畑が広がり、島の中央には一つの大きな洋館がある。

 神具を持った魔法少女、及びそれに付き添う者しか入れない別空間。組織との争いの際にはこの空間で会議が開かれる事も多かったが、もう用途は無いだろう。魔法少女同士の待ち合わせ程度にしか使えない。

「お待たせ、雫ちゃん。」

 先程教室で挨拶を交わした少女、黒河雫が待っていた。スリットの入った黒のドレスで、手には紫色の鞭。可愛さはなく、凛々しさを感じる衣装だ。

「璃ちゃんはさ、今の状況、どう思ってる?」

 どうやら雫にも詳しい話は入ってきているらしい。

「うーん、あまりよくないよね。魔法少女同士の争いって、……寂しい。」

「そう、よかった。」

 雫が手を前に出すと、鞭が光る。

「……!?」

 咄嗟に背中の翼、ジェミニコアを展開し、後方へと跳ぶ。直前までいた地面から、三本の鞭が突き抜けていた。

「やっぱり、危険を察知する力じゃ誰も璃ちゃんに敵わないね。」

「雫、ちゃん……?」

 意図がわからなかった。攻撃が来るとはわかっていたが、何故攻撃されているのかが全くわからない。

「十三神具、オフィウクスコア、起動。」

 雫の手に持っている鞭が光る。一瞬にして、無数のロープが空間中に張り巡らされた。雫が持っている鞭で、蛇遣い座を模す十三神具のひとつ。

「何……してるの!? 雫ちゃん!?」

 何故、魔法少女同士で戦っているのだろう。

「十三神具が必要なの。一つ残らず、全て。」

 先端にクナイが結ばれている無数の鞭が、璃を目掛けて襲い掛かる。背中に装着しているジェミニコアにより三次元的な移動を行える彼女にとって、全て避けるのは苦ではない。しかし。

「十三神具、サジタリウスコア、起動。」

「えっ……、」

 雫が左手を伸ばすと、一本の煌めく弓が現れる。

「それ、エイヴィの……!」

 組織の代表、エイヴィ=ライが元々所有していたもので、射手座を模す神具。彼との戦いでも最後に使用された。

「どうして、雫ちゃんが持ってるの!?」

 雫は無言で弓を弩のように水平に構え、璃に照準を合わせて撃った。放たれた光の矢は分裂し、様々な方向から璃を襲う。避けるだけでは対処し切れず、背中の翼から小型の羽根を分離させて攻撃を防ぐ。

「流石は十三神具最高の硬度。」

 ひとつひとつは小さい機械の羽根だが、その硬度はこの世界に存在するどの物質よりも硬い。物体を持たない光の矢は全て羽根が消していく。

「エイヴィから回収された六つの神具は本部から全て私が回収した。それと、海外支部にある四つも。だから後は璃ちゃんのジェミニコアと、鈴先生のヴァルゴコアだけ。私は既に、十一個の神具を持ってる。」

 猛攻を全て捌き、雫の方を見た途端、強い圧迫感が璃を襲った。重力が何倍にも膨らみ、飛んでいる璃を叩きつけた。

「きゃあっ!」

 更に起きあがろうとした璃を、白い獅子の化身が押さえつける。

「っ……。この……!」

 リブラコアとレオコア。共に組織が持っていたものだ。

「璃ちゃんは優しいから、きっと反撃なんてしてこないと思った。」

「……っ!」

「十三神具は武器じゃない。「外」の人間がこの世界に残した、接続の為の鍵。」

 雫が璃の側に歩き寄り、そして。

「……ごめんね。」

 彼女が鞭を振った。激痛と共に、璃の意識は途切れた。





   【Day:1/444/2/1】


「ここは……?」

 気がついたときには、璃は崖の上に立っていた。下を見下ろすと町があり、人の姿もあった。……町、と言うには少々古く、村と呼ぶのが適切だろう。木と藁でできた、歴史の教科書や時代劇等で出てきそうな建物が並んでいた。

(タイムスリップ? いや、違う。ここは日本じゃない……。なら、ここはどこ?)

 そもそも先に確認すべき事があったと思い出し、右手を確認する。変身の為の腕輪はある。鞄の中に手を入れると、二つの固い物体の感触があった。ジェミニコア。最早私の象徴とさえなっていた一対の神具。それらは無事に、璃の側にあった。ひとまずはそれに安堵する。

 安堵?

 直前の出来事を思い出す。

「雫、ちゃん……!」

 無慈悲に、理不尽に、璃は雫の手で……。

「生き、てる?」

 死に瀕した痛みを、未だに覚えている。確かに璃は雫からの一撃を受け、……残酷にも一撃で絶命した。それなのに。


「ようこそなの、転生者さん。」

 後ろから声がした。璃が振り返ると、一人の女性が立っていた。普通、という印象が強かった。

「えっと……誰、ですか?」

「はじめましてなの。私はフィリス=シャトレ。今は……、ちょっと重要な役割を任されてる、ただの人間なの。あなたの名前は?」

 これが、璃とフィリスの出会い。フィリスは様々な事を教えてくれた。この世界が璃のいた世界とは異なる事。アキが扱うものとは異なる魔法が存在する事。魔神と呼ばれる者の事も。……そして、璃が一度死んだという事も。




   【Day:1/444/3/8】


 この世界に落ちてからひと月程。その日璃は、フィリスと共に一軒の家を訪れていた。ナムフ国最東端にある、古びた一軒家だ。

「上がって。遠慮は要らないの。」

 鍵は掛かっていなかった。……これほど古びた建築なら、鍵すら存在しなさそうだが。

「お、お邪魔します……。」

 閑散としているが、人の気配はある。璃はフィリスについて行くように、人の気配がする部屋へと入った。

「ゲンさん。連れてきたの。」

 フィリスが挨拶をした先にいたのは、ベッドに横になっている老人だった。彼は璃を見ると、軽く会釈をした。

「……見つけたんじゃな。フィリス。」

「ええ。なんとか間に合ったの。」

 そしてフィリスは璃の方を向き、続けていった。

「アキ、あなたには、次代の風の魔神になってほしいの。」

「……魔神。」

 世界に四人しかいない、魔法を極めた頂点。

「この国の現状は、フィリスから聞いているか?」

「えっと、一応。」

 独裁。貧富の差が激しく、平民の姿は嫌というほど見た。当然、酷い嫌悪感を抱く程良い暮らしをしている富豪のことも。

「二年前、ワシは王家から離反したのじゃ。この剣と共にな。」

 黄緑色の剣状の水晶。風の四魔神である証。

「死以外に、この剣の所有権が移る事は決して無い。そして今ワシが死んだら、確実に次の所有者はあの暴君になるじゃろう。……しかしここで剣を誰かに委ねる事で、それを阻止する事ができる。……辛い事だろうが、引き受けてはくれないじゃろうか。」

 荷が重過ぎる。魔神の座を受け取って欲しいと言っているのだ。初対面の私に向かって。

「どうして、私なんかが……。」

 私なんかが。そう、彼女はこの世界に来てまだひと月程しか経っていないのだ。

「フィリスが選んだ子だ。間違いは無いじゃろうよ。」

 彼はフィリスをとても信用していた。実際、アキもフィリスの事はかなり信用している。

「ゲンさん、死んじゃうってことだよね……?」

「もうワシは永く生きた。……生きすぎてしまった。」

 剣は人を生かそうとするが、完全な不老にはならない。

「ゲンさんは、六十のときに風の剣を手にしたの。……それから百年、ずっとこの剣と一緒だったの。」

 もう、身体の限界が近いのだ。

「……頼む。この剣を、この国を、託してはくれぬか……。」

「……少し、考えさせてください。」




 廊下に座り、ここ一ヶ月を思い出す。この国を変えたいという思いはある。期待に応えたいというのもある。しかし……。

「……重い、重すぎるよ……。」

「大丈夫なの、きっと。」

 気付けば璃の隣にフィリスが座っていた。

「世界を渡る人間は、決まって生前に何かすごい事をした人なの。アキもきっと、何か世界に名前を遺すようなすごい事をしたはずなの。」

「私、の……。」

 忘れるはずが無かった。

「私、世界を救ったんだ。」

「そう。それはきっと、とても大変だったの。」

「フィリスさん、私、受け取るよ。」

 璃は立ち上がり、部屋へと戻った。フィリスもそれに続いた。




    ー    ー    ー




 ゲンは意識を失っていた。

「自ら生きる事を手放したの。……もう、死んでるの。」

 璃はベッドで亡くなっている老人に向けて、何も言えなかった。

「……ゲンさん、安心してるの。」

 優しい顔だった。


「ゲンさん、私、やるよ。」

 そうして、璃は剣に触れた。

 信頼する人を殺害する事。……璃にその経験は無いが、逆は存在する。

 璃は信頼する人に殺された。それが魔神継承の条件を満たしたのだろうか。剣は、璃を認めた。





   【Day:1/444/3/31】


 魔神を継承して以来、璃は一段と忙しくなった。まず初めに行ったのは、力による王政の崩壊。所謂革命だ。長い間国民を苦しめていた暴君は他国へ逃亡し、ようやく国民の時代が始まった。


 剣の力は凄まじかったが、しかし結局それは置物となっている。如何に水晶の剣が強力な武器とはいえ、魔法少女としての力と使い慣れた十三神具より強いとは言い難い。それに、十三神具も充分に強い。結局、祭典の道具に成り下がっている。

「あの、わざわざありがとうございます。その、この国の為にいろいろとしてくださって。」

 落ち着いた後、璃はフィリスにお礼を告げた。瞬く間に民主化が安定したのは、フィリスの尽力があってこそのものだった。そもそも、フィリスは地図の反対側にあるイウティ国の人間なのだ。

「いいの。これくらいは。それよりもほら、もっとみんなを見てみるの。」

 彼女に言われるまま、璃は城から町を俯瞰する。不安は残っているだろうが、国民の表情は以前とは段違いだ。

「これが、今の貴方が守るべきもの。この国の人間は皆、あなたを慕っているの。」

 民主制となったこの国で、璃は決して上の立場にはいない。まだ課題は残っているが、これから段々と崩れた国を元に戻していく。

「フィリスさん、ありがとうございます。」



 彼女の事は一生慕う。そう、決めていた。





   【Day:1/447/1/5】


「……嘘。」

 目の前が真っ暗になる、とはこのような事を指すのだろう。その日璃は、信じられない感覚に陥った。

 ――繋がりが絶たれた。土の剣と、フィリスの。

「アキさん!? 何処へ?」

 璃を静止する民衆たちの声は、彼女には届かない。それほどまでに、信じたくなかった。するにしても、真実をこの目で確かめたかった。

 年に一度、四人の魔神は揃って会議を開く。日時は二日後だが、そんな事はどうでもよかった。


「……ヴィル、それにウルも?」


 土以外の三人の魔神は、共に同じ事を考えていたらしい。会議の会場になっているセル国北部の古塔の頂上に、揃って足を運んでいた。

「ああ。みんなここに来ると思ってな。」

「俺もだ。……そして多分、奴も来る。」

 ここに居ない唯一の魔神。そしてそれは間も無く現れた。


「三人。君たちが魔神か。」


 声をする方を向くと、そこには背の低い金髪の少女が立っていた。……そして彼女の腰には、黄土色の水晶の剣が携えられていた。

 それは、フィリスのもの。水晶の剣は死以外の方法で所有者が移る事は無い。

 この目で確認するまで、認めたくはなかった。信じたくなかった。しかし璃は、現実を見てしまったのだ。

「お……前……!」

 ウルが堪え切れずに叫び、掌の上に赤黒い焔を顕現させる。

「お前がフィリスさんを殺したんだろ!? 何をしに来た!?」

「待ってウル!」

 璃が静止するが遅い。焔は金髪の彼女に向けて放たれ、……それは突如虚空に現れた黒い板のようなものに防がれる。

「今のを正面から防ぐのかよ……。」

「今日はただ、挨拶をしに来ただけだ。初めまして、私はアスミ。先代土魔神であるフィリス=シャトレを殺害し、魔神の座を奪った――」


 アスミと名乗った彼女が、左手の掌を上に向ける。


「現在の土の魔神だ。」


 掌の上に、先程ウルが放ったものと同じ焔が現れる。


「おい……嘘だろ……?」


 それを、ウルに向けて放つ。


「"Nutnom変身"! ジェミニコア起動! "Owun散れ"!」


 璃はすかさず魔法少女に変身し、神具の力を使って向かってくる焔を相殺しようとし……、軌道を曲げるのが限界だった。逸れた焔はしばらく進み、凝縮して爆発した。


「……模倣、なのね。」


 ウルが放った火球と全く同じもの。ウルのそれは彼の世界独自の魔法とこの世界の魔法を混ぜ合わせた彼専用のものであり、誰かが真似できるようなものでもない。


「撤収だ。僕は先に帰らせて貰う。」

 ヴィルが塔から飛び降りた。

「……クソッ! いつか絶対に殺してやるからな!」

 分が悪いと判断し、ウルも階段を降りて去っていった。




    ー    ー    ー




「帰らなくて良かったのか? お前の国はまだ魔神が不在でもいい程安定していないだろう。」

「貴女も帰らないのね。一人でこんなところにいても何もないわよ?」


 塔に残ったのは、璃とアスミの二人だけ。


「私ね、フィリスさんのこと、尊敬してた。いつも頼って貰って、優しくて、それで……。」

「……。」

「ねえ、どうしてフィリスさんを殺したの。」

 改めて、彼女に質問しなくてはいけないと思った。彼女の事を悪人だと思えないのだ。

「……ああ。……どうしてこんな事になったんだろうな。」

「それは貴女が……」

 そこまで言いかけて、止まった。アスミの手が震えていた。

「アスミさん、あなたもしかして本当は……。」

「いや、同情は要らない。殺したのは確かに私だ。」

 アスミが右手を強く握った。血が出そうな程、強く。


 少し時間が経ち、落ち着いたアスミは璃に尋ねた。

「アキ、だったか。改めて、私は加藤亜澄。これだけで私が何を言いたいかはわかるな?」

 苗字。それの意味を、璃はよく知っている。

「……星乃璃。アスミ、あなたも日本から来てたのね。」

「君の世界とは違うらしいが。私のいた世界に魔法少女は居ない。空想上の存在だった。」

「えっ、いない……?」


 二人の間で情報交換が始まった。世界が複数存在している事、それぞれの地球では共通する要素は多かったが、相違点も決して少なくなかったという事。そして、この世界についての知識も。……さいごに、亜澄がフィリスを殺したのが本意では無かった事も。璃はそれを信用し、安心した。


「私の事を、表向きには嫌っていて欲しい。」

「そればっかりは仕方ないわね。……でもいつか、こうやってコソコソせずに話せる日を待ってるわ。」


 そうして、二人は別れた。

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