9」第四神災・巨人の腕
【記録:5】
遥か上空へ飛んでみた。まだこの世界でこの星(星と呼べる形状をしているかは不明だが)から脱出した者はいない。確実に新たな発見があるはずだ。
……そこにはただ、球の形をした惑星があった。
「なんだ、地球と同じなんだね。」
空気が無いのに呼吸に支障がない。……当然だと、私は認めてしまった。
私はこれを日記帳の最後のページに残し、地表へと戻った。
【Day:1/454/2/8】
「ああ。確認できたよ。処理もした。……まさかとは思うが、これで終わりとは言わないな?」
イウティの都市部にある一つの民家を貫くように出現した巨大な腕は、出現した直後にアスミによって消し炭になった。幸いその家の住民は外出していて、人的被害は無かった。
『次はそこから三つ先の家の前。時刻は明日の夜明けと同時。』
アスミが持つ白い魔石から、リエレアの知らない人の声が聞こえる。
「ああ、わかったよ、次も頼めるか? ソフィア。」
『……多分。後四つまでは正確、それ以降はわからない。それじゃあ、これは壊しとく。すぐに向かうから。』
声と共に、白い魔石が砕けた。
「今のって?」
リエレアがアスミに質問する。
「セルの魔法学校が開発した通信機だ。魔力を波形にしてこの魔石に流し込んでるから、ある程度使ってると急に爆発するんだと。」
最後に砕けて処理されたのは、爆発防止なのだろう。
「相手ってあの、ヴィルさんの……?」
確かヴィルの娘がソフィアという名前だったはずだ。
「ああ。クラウス家の人間だ。すぐに会えると思う。」
「後ろ。」
突然、リエレアたちのすぐ後ろから声がした。
「わっ!!?」
そこにいたのは私と同じくらいの背の、栗色の髪の少女。
「はじめまして、リエレア=エル。私がソフィア=クラウス。今の水の四魔神。」
ソフィアが淡々と自己紹介を済ませる。
「あ、えっと、うん、よろしく……。」
「とりあえず、移動しよう。国王たちも交えて話がしたい。」
「それはやだ。」
「お前の知識が必要なんだ。それに、うちのお偉いさん方はお前の事が気になってる。」
「……仕方ない。やっぱりこの展開は変えられなかった。」
ー ー ー
「紹介しよう。現在の水の魔神。ソフィア=クラウスだ。」
王宮の会議室には、いつもの主要メンバー。ただ今日は人数がちょっと少ない。七人。
「初めまして、ソフィア殿。私がイウティの国王、アンドレフスだ。以降、宜しく頼む。」
「……うん。よろしく。」
ソフィアはあまり乗り気ではなさそうだ。こういった場に慣れていないのだろう。
「ヴィル殿は亡くなったのだな。」
「第二神災で。」
表情を変える事なく、ソフィアは事実を口にする。少しの動揺はあったが、国王はそれでも話を続ける。
「そうだアンドレフス。ソフィアの事と、ヴィルが死んだ事、当然だが口外するなよ?」
アスミが注意を促す。……相変わらず国王相手に躊躇なく大きな態度を取る事には感服する。
「さて、ソフィア殿。アスミが言うには、貴女は神災に関する情報を多く持っているとか。良ければ、世界の為にその知識を享受して頂けないだろうか。」
国王が尋ねた。
「……堅苦しい。帰っていい?」
「やめてくれよ。せめて第四神災について教えてくれ。」
アスミがなんとか説得を試みる。
「……はぁ。」
ソフィアはだいぶやる気がなかった。
「ライトハンド。第三神災の寄生虫。アレの成体。以上。」
それだけ告げると、ソフィアは後ろを向いて入り口の方へと消えてしまった。
「すまないなアンドレフス。ソフィアはああいう奴なんだ。後で私から色々聞き出してみるよ。」
アスミが苦笑いをしながら国王に言った。
「うーむ、ならば仕方ないか。」
突如、ソフィアによって閉じられたばかりの入り口の扉が開いた。……ソフィアがいた。
「腕の数は七百から八百程度に落ち着くから。全て狩って。」
そして、今度こそ消えた。
「八百、だと?」
「ソフィアは未来視を持っているらしい。本当に八百匹現れるんだろ。実際、あの腕の最初の出現地点を完璧に把握していた上に、第三神災の名称を初日から知っていた。」
「なら……ソフィア殿は何故、神災に対処しなかった? 聞くところによると、第二神災を倒したのは彼女だとか。それ程の力を持って、何故?」
当然の疑問だ。
「何を企んでいるかは私にもわからん。ただ、神災への対処に関しては今のところ肯定的だ。味方だと思って貰って構わない。」
少なくとも、神災についての情報は教えてくれる。
「……ああ、とりあえず、アスミが言うなら信じよう。それとそういえばアスミ、リエレアはどうした?」
ー ー ー
「……何の用。」
リエレアは王宮から帰ろうとするソフィアの後を付けていた。
「えっとね、私は特に急ぎの用とかはないんだけど、もしかしたらソフィアさんの方が私に用があるんじゃないかなって思って。一応私も色々聞きたい事はあるけど、後ででもいいかな。」
未来を見ているソフィアからは、リエレアがどう映っているのか。それは彼女自身、とても気になっている。
「……そう。未来の事が知りたいの。」
「神災について、話してない事があるんだよね。あ、もしかして場所変えた方がよかった?」
「……じゃあ、移動する。」
ソフィアが手を振ると、紫色の長方形が現れる。
「あ、ソフィアさん。私それ潜れないや。えっとね、移動はできるからどこに行けばいいのかわかれば。」
「私の家。わかる?」
「ヴィルさんの家には第二神災のときにお邪魔したから大丈夫。」
「そう。よかった。」
ソフィアは紫色の長方形の中に入っていった。
リエレアはヴィルの家だった場所に移動した。入り口にはソフィアがいた。
「入って。」
「お、お邪魔します……。」
ソフィアは椅子に座った。リエレアも向かいにある椅子に座る。
(私、椅子がないところでも座れるのかな。)
「貴女はあらゆる神災に関与しない。……はずだった。」
ソフィアが話を切り出す。
「はず?」
「第二神災、本来であればウルも死ぬはずだった。貴女は何もしていないでしょうけど、結果として貴女があの場に居合わせたから変わってしまった。」
「えっと、それは私のせいじゃないんじゃ……。」
「確かに私には未来がわかると言ったけど、……リエレア、私の知っている未来に、貴女は一度も現れない。」
リエレアは、存在していない。ソフィアはそう言った。
「で、でも……。結果としてウルさんが生きているならそれは良かったんじゃ……、」
「それだけではない。」
リエレアの言葉を遮って、ソフィアは続けた。
「世界には未来を収束させる意思がある。イリバ国を壊滅させたのはウルだけど、本来ならあれはフィリスが行うはずだった。……フィリスは死んだけど、イリバが消える事実は変わらなかった。今までも貴女が関わっていない出来事の変更を試みたけど、どれも失敗している。父さんも、第二神災で死ぬ事が確定していた。」
「それって……。」
「歴史のズレは修正しようとするはずだけど、第三神災が終わった今でなお、ウルは生きている。……世界が修正を放棄したのは、貴女が影響しているはず。」
(私の影響、なの?)
「一つ、貴女に頼みたい。」
「……いいよ。私にできる事なら。」
「第九神災で、全ての人間が死ぬ。……リエレア、世界を救って。」
ー ー ー
ソフィアに言われた事をアスミに話すかどうか。アスミの部屋に戻ったリエレアはずっとその事について考えていた。
「アスミさんは、ソフィアさんからどれくらい聞いたの?」
「未来を見ている事だけだ。……第九神災まで見えているらしいんだと。だが、細部は教えてくれなかったな。リエレアはどうだ? どうせさっきまでソフィアといたんだろ?」
「うっ……。」
「図星か。まあ聞いてやる。何があった。」
リエレアは観念して、ソフィアに言われた事を告げた。言ってから思ったが、別に隠すような事でもなかった。
「そうか、お前の存在は未来視にすら映らなかったと。そうなると厄介だ。」
「厄介?」
「ウルの生存はソフィアが予期していたものじゃなかった。つまりは逆も起こりうるんだ。幸いにも、ウルの件は死ぬ人間が死ななかったという結果になったが、ソフィアが見ている以上に死人が出る可能性も充分にあるだろ。」
確かにそうだ。リエレアの存在によりウルが死ななかったとして、それは喜ばしい事だが、ソフィアが見る未来で生きているはずの人間が死ぬ事だって当然ある。
「私、もしかして危ない?」
「ソフィアからみれば、お前を神災に関わらせたくないはずだ。折角未来を見ているのに、お前のせいで予知を滅茶苦茶にされるんだからな。」
ソフィアが神災について完璧に対応できると仮定すると、リエレアの所為で悪い結果になる可能性もある。
「うーん、でも、何もしないってのも……。」
「私としても、感情的な問題を抜きにしてお前が何もしない事には反対だ。リエレアは神災に関わった方がいい。
「どういう事?」
「ソフィアのやり方は少なからず犠牲を出してる。アイツの計画が最善とは言い難い。それに、今のところ全ての神災で犠牲が出ている。」
ソフィアは自らの父親が死ぬ事に対しても無頓着でいた。犠牲を払う事を厭わないはずだ。
「……私、しばらくソフィアさんについていこうと思う。」
「それがいいだろうな。何をしでかすかわからん。」
ー ー ー
アスミからソフィアがいる可能性が高い場所を教えて貰い、リエレアはそこに向かった。セル国南西部の森を越えた場所にある小さな丘、そこに立つ一軒家だ。
「ソフィアさん、いるかな……?」
「いる。」
「わっ!?」
真後ろにソフィアがいた。相変わらず驚かせてくる出来事に対する耐性が低い。
「聞きたい事があるんだけど、いいかな。」
「駄目。」
即答された。
「えっ……、」
「冗談。何? 聞きたい事って。」
なんだかよくわからない人だと思った。
「えっと、もしかしたらソフィアさんにとって、私って邪魔だったりするのかなーと。」
「邪魔。」
はっきりと、そう言った。……これは冗談ではない。
「う、うん。やっぱり、そうだよね……。」
「だけど、さっきも言った。貴女は必要。」
第九神災で、全ての人間が死ぬ。そう言ったのはソフィアだ。
「何が起こるの?」
「それはまだ言えない。いつか話せる時がきたら、必ず話す。今は巨人の腕の件で話がしたい。……入って。いつまでもここにいると、アスミに気付かれる。」
ソフィアが家の中に入る。リエレアもそれに続いた。
「ソフィアさん。……第四神災で犠牲を出そうとしてる?」
リビングに入って少し落ち着き、リエレアはソフィアに尋ねた。
「四百人程度。その予定だった。」
ソフィアは認めた。
「腕は人間を一人掴むと、そのまま地面に潜る。それで終わり。一人の犠牲で一本の腕を相殺できる。」
「……おかしいよ。それ。」
「他者の価値が狂っている自覚はある。……でも、これが最善だった。……少なくとも、貴女が現れるまでは。」
ソフィアのそれは、リエレアが存在しない時点での最善。
「私が? じゃあ……。」
「貴女次第で、犠牲者を半分以下にできる。推測だけど。」
ソフィアが一枚の大きな紙を取り出し、机に広げる。イウティ国の王宮周辺の地図だ。いたるところに印と番号がつけられている。
「これって、もしかして……。」
「第四神災、後に巨人の腕と呼ばれるようになるそれらの出現地点。」
全部で七百五十二箇所。
「位置、ちゃんと把握してたんだ。ならここの人たちを避難させれば……、」
「それは駄目。」
否定される。
「これは、誰もこの地図を知らなかった時の出現地点。地中に潜む腕は人間の多くいる場所を探して、ある程度の密度のあるところに出てくる。四つ目まではどんな事をしても確実だけど、一斉に人の位置が変わったら、それ以降はこの通りにはならない。」
それにしても具体的だ。
「本当に、この地図は信用していいんだよね。ちゃんとこの位置に来るんだよね。」
「貴女が何も言わなければ。」
釘を刺された。リエレアがこの場所をイウティの住人に話せば、きっと腕の出現位置はめちゃくちゃになる。
「ありがとう、ソフィアさん。この地図、アスミさんにも見せてあげて。」
「……あまり変化は無いけど、一応そうしておく。」
ー ー ー
翌日、夜明け。一軒の家を突き破り、巨大な右腕が姿を現した。住人はアスミの指示に従い避難していた為無事だった。
「ソフィア、次はどこだ。」
アスミが腕を消し飛ばした後、アスミは通信機越しのソフィアに尋ねた。
『隣の家。二分後。』
「ああ。……は?」
『場所はもう定まった。その家の人を移動させても大丈夫。』
「全く、そういう事は早く言え!」
アスミは隣の家のドアを無理矢理壊しながら侵入していった。数十秒後、気絶した家主が担がれて出てきた。
「少し乱暴な手だが、仕方ないだろ。」
そしてすぐに、巨大な腕が家を貫いた。
――それと同時に、少し離れた場所にある民家からも腕が突き出た。
「なっ……!?」
『ここからが、本番。』
魔石越しのソフィアはそれだけ言うと、魔石は砕けた。
「どういう事だ……?」
「残りの腕はもう、連続で来る。」
気付けば後ろにソフィアがいた。
更に腕が生える。それは近くにいた人間を一人掴むと、あっという間に地面へと引き摺り込んでしまった。人が、死んだ。
「人が……!」
「手の届く範囲でいい。引き摺り込む前に倒して。」
「言われなくてもそうするしかないだろ!」
目の前の惨状があってもなお、ソフィアは冷静なままだった。
アスミが指を振る。軌道の延長上に空気の刃が顕現し、それを飛ばして巨大な腕を切り落とす。
「リエレア! 騎士団全員に出撃命令を出せ! 私の名を使えば動かせる!」
「う、うん! 急いで呼んでくる!」
「ソフィアも手伝ってくれよ!」
「可能な限りは。」
こうして、腕を狩る作業が始まった。
ー ー ー
わずか三十分程度で七百を越える腕が現れ、それらは都市を破壊し尽くした。
「……終わったか。」
「終わり。それじゃあ、私は帰る。」
ソフィアは消えてしまった。
「……酷いな、これは。」
街を見て、アスミが呟く。大量の腕によりイウティの城下町はほとんどが破壊され、その損害は第二神災に匹敵する。
「アイン。行方不明者の捜索を頼む。私は報告書を纏めてくる。お前たちもある程度捜索が済んだら切り上げてくれ。」
騎士たちに命令を下し、アスミは城へと戻っていった。
「あ、アスミさん。」
リエレアが自室に入ろうとするアスミを引き留めた。
「なんだリエレアか。どうした?」
「私、……ちゃんと話を聞いてこようと思う。」
「ソフィアか?」
「うん。……ソフィアさん、こんな事になるって知ってたんだよね。」
ソフィアが未来を見ているのであれば、当然ながら腕の出現間隔が短くなる事も知っていたはずだ。
【Day:1/454/2/10】
「命名、第四神災、巨人の腕。討伐した巨人の腕の数は六百六十四匹。この期間中にイウティ国で行方不明になった人間が八十八人。そして、ソフィアが予言していた腕の数は七百五十二匹。……ああ、最悪だな。」
アスミが報告書をまとめ上げ、呟いた。取り逃した巨人の腕の数と、行方不明の数が見事に一致している。
「なあソフィア、やっぱり私はお前を信用できない。本当に神災を解決する気があるのか?」
独り言は独り言のまま消えていった。
ー ー ー
リエレアはソフィアのいるセル国南西部の家に足を運んでいた。
「犠牲、出しちゃった……。」
「本来の予定よりも大幅に減った。リエレア、喜んでいい。」
「喜べないよ。こんなの。」
八十八人が死んだ。ソフィアの想定から比べれば確かに減っているが、決して最善とは呼べない。そもそも、数の問題ではない。
「騎士団への報告、被害予定者の誘導。……リエレア、あなたはよくやった。」
「でも、亡くなった人は……、」
「今回の神災は少しの犠牲を出す必要があった。二桁で済んだのは少ないほう。リエレア、神災に慣れて。」
言葉が出なかった。テセラクトとは違った方面で狂っている。
「用が無いなら、私は次に取り掛かりたいのだけれど。」
「次……。」
何の事かは、わかりきっている。
「ソフィアさん。次の神災について教えて欲しい。」
第五神災の情報は、恐らくソフィアしか握っていない。
「……場所はナムフ。それだけ教えておく。」
東端の島国だ。アキのいる国でもある。
「また、犠牲者を出そうとしてるの?」
「次の神災は唯一犠牲者を出さない方法がある。それに計画はもう動き始めてる。安心していい。」
誰も死なない。ソフィアからその言葉を聞き、リエレアは安堵する。
「でも、私は向かえない。第五神災には貴女たちだけで対応して。」
「何かすることがあるの? 手伝える?」
「それは教えられない。でも、第九神災を遅らせる事に繋がる。それに、あなたでは手伝えない。」
はっきりと、告げられた。
ソフィアは紫色のゲートを出現させどこかへ移動しようとしていたが、それを閉じた。そしてリエレアの方を向いた。
「リエレア。……一つ、行ってもらいたい場所がある。」
「私に?」
「いつでもいい。数ヵ月単位の時間の余裕ができたら西に向かって。イウティよりも西、砂漠を越えた先にある世界を見て。」
西。イウティは西端の国だが、その西側にあるのは海ではなく砂漠だ。
「えっと……。」
ソフィアに何かを尋ねようとしたが、既に彼女はゲートを潜っていた。
「……西?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます