8」Igizis

   【記録:4】


 どうやら私が得ている感覚のうち、視覚と聴覚以外のものは、全て私の妄想から生まれるものらしい。環境により暑さや寒さを感じる事はあるが、暑くない、寒くないと強く意識することでなんともなくなってしまう。

 ……だから今、私はシキ国にある巨大な冷凍施設の中で放心している。零度を下回るここに長時間滞在する行為には間違いなく死が訪れるのだが、私は当然、なんともない。固定概念を完全に除去する事はできない為に寒いと感じてはいるが、それもここの実際の温度と比べればあたたかいほうだろう。

「そろそろ、誰か来そうかな。」

 私は冷凍施設の外に移動した。


 私はこれを日記の最後のページに記した。




   【Day:1/454/1/26】


「アスミさん、入るよ?」


 ノックもせず(そもそもノックはできないが)、リエレアはアスミの研究室に入った。鍵はかかっているが、リエレアには関係ない。

 部屋の奥の方にあるベッドで、アスミは熟睡している。

「あの、もうお昼なんだけど……。」

 それにしても無防備な格好だ。寝相が悪いのか布団はベッドから落ちてしまっていて、……いや、そうじゃなくて。

 ……端的に、単純に一言で締めるのであれば、今の彼女は黒の下着姿だ。

(アインさんとかその部下さんとか入ってきたら大変だよね……。)

 それにしても綺麗な肌だ。子供だと言っても通じるだろう。というか、完全に子供そのものである。

「……ん。種数二の閉曲面……。」

 寝言だ。意味はよくわからない。


「何だリエレア、いたのか。」

「わああああああ!!?」

 アスミが急に起き上がりリエレアの方を向いたので、リエレアは思わず変な声で驚いてしまった。

「大丈夫なの? いつもその格好で寝て。」

 アスミはリエレアが居るというのに、自らの状態について何も気にしていない。

「私の部屋なんだから問題ないだろ。鍵も掛けてあるし。」

 そういえばこの体質に慣れてきていた所為で鍵の役割を忘れていた。

「風邪引くよ?」

「剣持ちだから大丈夫だ。」

 どうやら剣には持ち主を生かそうとする性質があるらしく、剣を持った瞬間の状態を維持しようとするらしい。あらゆる怪我や病気は剣に蓄えられた魔法により常人の数百倍もの早さで治り、成長や老化も遅くなる。アスミがまだ子供のような体型なのも剣のせい……だけではないだろうが、一応剣のせいらしい。


「出かけるか。」

 アスミは下着の上にそのまま黒衣を羽織った。

「アスミさん!??」

「どうした?」

「いや、その服……いつもそうなの?」

「……そう、とは。ああ、服の事か。これが楽だからな。だが……そうだな、ちょっと着替えていくか。」


 ……普段のアスミさんは、黒衣のすぐ下は下着らしい。リエレアは今日、恐らくこの国の人間の大半が知らない大変な秘密を知ってしまった。



    ー    ー    ー



 大陸東部の海岸沿いには、どこの国にも属さない世界最大の商業都市、イグイシスがある。取り扱っていない品物は無い、対価さえあれば何でも買える、そんな都市だ。国を治める者が居ないだけであり、実質イグイシスという国が存在するといってもいいくらいだが、ここの人間は例外無く他の国に国籍を持っている。

「それで、どうしてこんなところに?」

 リエレアとアスミは二人でイグイシスの商店街を歩いていた。

「ここで二つほど回収するものがあってな。片方はアインから頼まれている日用品、もう一つは……」

「日用品?」

「ああ。アイツは私よりも忙しいからな。たまにこうやって私に頼むんだ。」

「いやそうじゃなくて、どうしてアインさんのものを?」


「そういえばまだ言ってなかったな。戸籍上アインは私の夫という事になってる。」


 ――沈黙。


「……は?」

 アスミに関する事では一番の驚きだった。

「私もアインもそのあたり疎いからな。ただ結婚している扱いなだけで私もアイツの事は騎士隊長としか見ていないし、アイツも私をイウティの四魔神としてしか見ていないだろう。」

「……えっと。結婚って、やっぱり国家関係で?」

「そうだな。確かにアンドレフスの提案だったが、まあ別に反対する理由も無かったからな。」


 ――疑問。


「アンドレフスさんって?」

「……リエレア、嘘だよな?」

 その名前を知らない事に対して、アスミは恐らく今まで一番驚いている。

「いや、そんな人知らないけど……。」

 少なくとも、リエレアの記憶にはない。

「アンドレフス=イーシン。流石にこの名前はわかるだろう。」

「うん、知らないかな……。」

 全く知らない。

「国王だ。イウティの。」

「え。」

 リエレアは国王の名前を知らなかったのだ。流石に不敬ではなかっただろうか。……国王の事を奴と呼び捨てるのも大概だが。

「まあ奴らに感謝しなきゃいけないのも一理ある。アンドレフスたち上の人間が毎日必死に脳を消費しているお陰でイウティは今日も安泰なんだからな。」

「そんなに大きな態度でいいのかな……。」

「着いたぞ。ここだ。」


 店に入ると、鉄製の箱が壁一面に置かれていた。随分巨大な建物で、複数階に渡り同じものが大量に置かれていることだろう。

「あの、これってもしかしてコインランドリー……。」

「鋭いな、その通りだ。しかし洗濯に時間が掛かるのが難点だな。非効率な魔道具で作られているから三日かかるが、一度に大量に洗える上に完璧に汚れを落として毛布もふかふかだ。後で触らせてあげ……、あ、すまない。」

「いや、いいよ……。」

 少し気まずくなるが、その空気はすぐに変わった。

「「あ。」」

 ふと、リエレアとアスミは同じタイミングで他の客に目がいった。見知った顔があったからだ。そして向こうも、こちらと目が合った。

「アキさん?」

「アキじゃないか。奇遇だな、何してるんだこんなところで。」

 風の四魔神であるアキがいた。

「いや何って、見ての通り洗濯だけど……。それと、一応星乃って呼んで欲しい。ここ結構ナムフ人多いから。私がいるってバレるとちょっと面倒なのよ。」

「だからお前はナムフにいる時は常に変身状態だったのか。」

「そ。あっちが本来の私だと認識させる為にね。」

「恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしいわよ。それなりに。それよりも珍しいわね。二人でお出かけ?」

 そういえばこの三人が集まるのはこれが初めてだ。

「ナムフとイウティの関係はあまり良くないんだし、私たちが頻繁に会ってるなんて上の人たちが知ったら悶絶するわよ? そこのところ、注意しなさい?」

「いや会いに来るのはいつも君の方からなんだが?」

「――っ! 今日は! 今日は私の方が早かったから!」

 別に争っている訳ではないが、アキは何かと競争心を見せている。


「……ふむ。こちらは完了までもう少し時間が掛かるらしいから先に二つ目の用事を済ませておくとしよう。また会おう。」

「そうね、また近いうちに。」

 洗濯が終わるまでは後数時間かかるらしい。リエレアとアスミは一旦ランドリーを後にした。





「この世界ってさ、色々な世界から人が来てるのに、車とかは無いんだね。」

 車だけではない。地球にあった様々なものが存在していない。携帯端末などもそうだ。

「車を知っている人間が車を作れる訳じゃないからな。高度な技術はただこの世界に落ちてきた一次転生者には難しすぎる。外側だけの知識では馬車以上に快適な乗り物を作れないんだよ。」

「馬はいるんだ。」

「ああ。牛や豚もいた。人間が同じなんだ。基本的な生態系はどの世界でも同じなんだろう。」

 リエレアはアスミの解説に納得した。確かに、車を知る人間はいるだろうが車を作れる人間は居なくてもおかしくない。



「そういえば、回収するものの二つ目って?」

「人間だよ。」


 簡単に、何の配慮もなく彼女はそう言った。

「イグイシスがどうして生まれたか、聞いた事はあるか?」

「いや、聞いた事は無いけど……。そもそもここに街があるなんて話も今日はじめて知ったんだよ?」

「無理もないさ。この街は確かに昔からあったが、ここまで栄えたのはたった半年前だ。ここはな、元々は人間を売っていたんだよ。」

「それって……、奴隷、とか?」

「百年くらい前まではそうだった。それまではセル人が迫害されていたからな。」

「セルが?」

「いわゆる魔女狩りだよ。三百年くらい前、魔法技術はセルが独占していた。魔法というもの自体、他の国に伝わっていなかったんだ。そこでセル以外の国が協力し、当時はセル領だったこの地をセルから切り離した。そしてここに住んでいた人間は皆奴隷だ。それから二百年が経ったとき、イウティのある一人の人物がセルを含む周辺諸国に提案した。いつまでこんな事を続けているのか、魔法が世界全土に渡った今、セルを妬む理由はもう存在しない、と。」

 イウティでそこまでの提案ができる人物は、恐らく一人しかいない。

「そこからこの地は廃棄されたように思えたが、……着いたぞ、ここだ。」

 アスミが立ち止まる。巨大な建物の入り口に到着していた。

「ここが、かつて奴隷を収容していた施設だ。ここをミディ協会が買い取った。当時は認知度が低かったが、これをきっかけにミディ協会の名が少しずつ広がったと言ってもいい。そして、今ここは大陸最大の孤児院になっている。最近になって急に認知度が上がったのは神災が起きたからだな。孤児が増えた。」

 建物に入った。綺麗なエントランスを眺めることもなく、リエレアとアスミは奥へと進む。

「孤児の売買はミディ協会の活動資金の一つでもあるんだ。」

 受付の女性に、アスミは一枚のプレートを差し出した。

「はい、確認できました。アスミさんとその連れさんですね。中へどうぞ。」

 リエレアたちはそのまま部屋の奥に通された。



「厳格なんだね。」

 人はほとんどいない。

「孤児院であると同時に人間を売っている場でもあるからな。ここには誠実な人間しか入れない。現在の家族構成、国籍の異なる許可証を持つ二人以上からの推薦状、過去の犯罪歴等、厳格な審査を通って初めて孤児を"買う"事ができる。買うときも即席では買えない。商品としての孤児と購入者が対面し、両者が同意して初めて取引が成立する。ものが人間だからな。これ以上面倒な商売は他に無いと自信をもって言えるくらいじゃなきゃ駄目なんだと。」

「つまり、アスミさんは厳しい審査を通ったんだよね。」

「いや、私は例外だな。魔神という地位はミディ協会から崇拝される立場だから、これだけで売買許可証までは入手できる。まあ念の為アンドレフスの推薦状は持っているが、使った事は無いな。」

「悪い人が四魔神になったら大変だね。」

「そのときは他の四魔神が始末するさ。」

 それほど、世界から見た四魔神という地位は特別なものらしい。


 奥のスタッフに書類を見せる。

「はい。ただ今担当の者が伺いますので、こちらの部屋でお待ちください。」

 更に奥にある小部屋に通された。イウティの王宮の応接室よりも綺麗だ。

「それにしても、いつの間に取引なんてしてたんだ。」

「リエレアが切断症の調査に出ている間にな。」

 確かにその日、いつもの会議室にアスミは居なかった。



 ノックが聞こえた。そしてすぐに、扉が開いて一人の少女が現れる。

「失礼しまー……」

「星乃?」

「げ、なんでアスミたちがいるのよ。」

 孤児院のスタッフとして現れたのは、紛れもなくアキ……先程会ったばかりの星乃璃だった。

「こっちが聞きたい。まさか四魔神であろう君が協会に肩入れしてたとはな。」

「ただの手伝いよ。所属はしてない。アルバイトってやつ? 一応ここの人にも私の正体は内緒ね。まあ多分みんな知った上で口に出してないだけだと思うけど……。」

 よく見るとここで勤務している人間の服は統一されているが、彼女は私服だ。

「孤児側の人間にも見えるな。」

「うるさい。それで、うちのクルクスを引き取ろうとしてるのはあなたたちだったのね。どんな理由で?」

「以前取引した時の通りだ。書類には目を通しているはずだが。」

「あのねぇ、取引先があなたたちだとわかった時点であの書類に書いてある事は全部嘘なの。何が貴族の娘よ。」

「完璧な偽造だっただろう? ……担当が他の奴だったらスムーズに済んだんだがな。」

「それ普通に犯罪だからね?」

「アキもここでは偽名だろう?」

「本名よ。向こうで星乃を名乗ってないのと、こっちでアキを名乗ってないだけ。」

「賢いな、それ。今度から私も加藤にするか。まあそれは置いといて、私の嘘に気が付いたという事は当然クルクスの素性についても知っているんだろう?」

「……何?」

「知らないのか。」

「私そういうの疎いのよ。元の世界でも裏手に回るのはいつも私じゃなかったし。……まあいいわ。本来ならここで少し面倒な手続きがあるんだけど、アスミだからまた今度時間あるときでいい。ついてきて、クルクスに会いに行くわよ。彼についてはまたいつか聞くわ。」

 アキが立ち上がり、出口の扉を開けた。


 そして、内開きのドアを開いた直後、四人の子供が雪崩れ込んできた。

「わっ……。」

「……あなたたち、部屋に戻ってなさいって言わなかった?」

「げっ……。」

 平均して歳は十五程度だろう。四人は逃げるように走り去ってしまった。

「こらっ、走らない!」

 アキが静止すると、四人は走りから早歩きに変え、それでも逃げ続けた。

「だいぶ好かれてるな。」

「まあ、それなりにはね。それよりもまずいわ、聴かれてたかもしれない。」

「ああ、まずいな。星乃の正体がバレるとなると面白くなってきた。」

「なにも面白く無いわよ!」

 そう言ってアキは一人で駆け出していった。

「走らないんじゃなかったのか?」


 ちなみに子供たちは先程の話の内容を聞いていなかったし、当然アキが四魔神の星乃璃である事も知られていなかった。



    ー    ー    ー



 クルクスは大人しそうな少年だった。歳は十代前半。

「久しぶりだね、クルクス。先月申請をしたとき以来だ。」

「お久しぶりです。アスミさん。それにしても、ホシノさんとお知り合いだったんですね。そちらの方は……?」

「あ、はじめまして。リエレアです。アスミの友達。」

 軽く自己紹介を済ませ、話が纏まっていく。

「いいのかい? ここを出る前に挨拶とか済ませなくても。」

「もう散々別れの挨拶は済ませましたから。それに、別に会えなくなる訳でもありませんし。」

「それもそうか。」


 特に滞ることなく、面会は順調に進んでいった。

「アスミ、次からは偽装なんてするんじゃないわよ。」

「次はもうないかもしれないけどな。」

 全ての工程が終了し、私たちは孤児院を後にした。

「星乃もついてくるのか? 仕事はどうした?」

「今日はあなたたちの取引を見届けて終わり。あくまでもボランティアだから。それにこの後少しだけ用事もあるし。」



    ー    ー    ー



「財布が無い。」

 いざ帰ろうとしたところ、アスミが呟いた。

「どこかで落としたのかな。」

「困ったな。お金は小遣い程度しか入っていないが、あの中には孤児院の売買許可証と研究室の鍵がある。」

 それはかなり重要なものではないだろうか。

 アキが口を開けた。

「あ、そうだアスミ。言うの忘れてたわ。最近この辺の治安が少しずつ悪くなってきてるのよ。まだ少し悪いで許容できるくらいだけど。二年くらい前からかな。スリや万引きが増えてる。」

「できれば先に言って欲しかったな。……やっぱりフィリスが死んだと知られたからか。」

 フィリス。彼女の名前は至る所で現れる。

「そうね。身を潜めてた悪い連中が裏で色々好き放題やってるのよ。」

「あの……、どういう事?」

 リエレアがアスミたちに質問した。それに答えたのはアスミでもアキでもなく、クルクスだった。

「フィリスさんは凄い人だったんだ。フィリスさんは悪事をはたらこうとする人の前に必ず現れる。世界中、例外なくね。そしてあらゆる犯罪を未然に防いでた。昔はフェザーっていう有名な悪い集団があったんだけど、フィリスさんが抑止力になって一切の悪事がはたらけなくなったんだ。」

「……私の所為だな。」

 アスミが呟いた。

「アキ、ひとつ組織を潰そうと思うがいいか?」

「奇遇ね。その組織については私も以前から調べてるわ。この後の用事もフェザーの拠点をひとつ潰す事だし。その為に二年前からイグイシスに通っているもの。」



    ー    ー    ー



「パワーバランスが壊れてるとかいうレベルじゃないわね。」

 魔神が二人。これに勝てる相手はなかなかいないだろう。

「リエレアとクルクスがこっちの平均値を下げてくれてるからいいハンデだろう。」

「ハンデになってないわよ。」

 イグイシスの北端のはずれにある大きな屋敷。ここが現在のフェザーの隠れ家のひとつらしい。地形的には隠れているが、近づいてみるとかなり目立つ。

「隠れ家……?」

「まあ、隠れてはいないがこんなところ誰も来ないだろうな。道も無いし。」

「クルクスはどうするの? リエレアと安全なところにいるべきじゃない?」

「いや、それこそ何かあったときにリエレアだけじゃ危険過ぎる。一緒にいるべきだろうな。それにクルクスは防壁魔法だけなら恐らくセルの魔術師より強力なものを張れる。」

「あの〜。」

 先程からアスミとアキの二人の会話が続いているが、そこにリエレアが水を差した。

「結局、どうやって中に入るの?」

「「正面から。」」

 アスミとアキは同じ答えを同時に出した。

「作戦とかも無いな。クルクス、防御結界を張っておくといい。自分の分だけで大丈夫だ。」




    ー    ー    ー




「敵だ! 全員構えろ!」

「何故ここがバレた!?」

「相手はガキ四人だ! 数で有利を取れ!」

 各々が叫ぶ。中には一目散に逃げようとする人もいた。

「逃げられないよ。」

 クルクスが結界を二つ張る。一つは自分の周りに、もう一つは屋敷の外側に。

「どうだ? クルクスの防壁は。少なくとも外側の壁はウルの灰燼くらいの威力じゃないと突破できない。」

 アスミが解説する。

「何でアスミが自慢げなのよ。」


 部屋の奥から、武装した男たちが次々と現れる。

「色々な国の兵装が混ざってるわね。盗品なんでしょうけど。」

「あれ? アキさんは変身しないの?」

 リエレアはふと気になった事があったのでアキに質問した。今の彼女は両手にステッキを持ってはいるものの、変身はしていない。そして水晶の剣も持ってない。

「しないわよ。バレるから。だからアスミも一枚羽織っただけのいつもの粗末な格好じゃないの。」

 黒いのはいつもの事だが、研究に没頭してそうなぶかぶかの黒衣ではなく、ゴシック系の少しお洒落な服装だ。

「変装じゃなくてただのお洒落だ。失礼な奴だな。それに今日の私がこの服なのはリエレアの所為だぞ。」




 制圧は驚くほどあっさりと終わった。

「……フェザーのリーダーが居ない。ちょうど外出中だったか、別の拠点にいるか……。」

 全ての部屋を制圧……というか屋敷の内側を全て綺麗に吹き抜けにし、残りが居ない事を確認する。


「地下とかは?」

「そんな定番な仕掛けは無かったな。」

 周囲を見渡すが、室内に残っている人間は居ない。フェザーの組員は全て外に縛ってある。

「リーダーってどんな人?」

 リエレアが質問した。それにはアキが答える。

「一度潜入したときに対面したけど、……普通の人だったわ。特徴が無かった。だからこそ探しづらいんだけど。うーん、ここが一番大きな拠点のはずなんだけど、ハズレだったかしら。」


「……誰か来た。」

 クルクスが呟き、後ろを振り向く。

「僕の結界は外から内、それか内から外のどちらか一方にしか機能しないんだ。でも誰かが通過したことはわかる。……二人、男一人と女一人。……だけどちょっと変だ。」

 そして間もなく、二人の人間が屋敷に入ってきた。……一人は長身の痩せた女性、そして彼女が運んでいる台車の上に、意識のない男が一人。

「あ、フェザーのリーダー。」

 アキが呟く。

「彼女がか?」

「いえ、手前の男が。」

 長身の女性は男を適当なところに置くと、リエレアたちに挨拶をした。

「はじめまして。私はミディ協会の……普段は経理とか担当したりしてる者だよ。いつもテセラクトがお世話になってるね。クルクスちゃんとは一回会ってるんだけど……流石に忘れちゃったか。十年くらい前だし。あ、名前は絢瀬あやせ朱莉あかり。」

 日本人の名前だ。彼女も別の世界から来たのだろう。

「それ、君がやったのか?」

 アスミが男を指差して質問する。

「いや違うよ。私戦えないし。私が頼まれたのはこれをここに運ぶことだけ。あ、依頼主は聞かないでね。多分アスミちゃんくらいなら予想はできると思うけど。」

「……ソフィアだな。全く、面倒ごとになると必ず先回りされる。」

 朱莉はリエレアに目を移すと、反応した。

「あなた、リエレアさんね。ほら、この前シキ国の独房で会った。」

 テセラクトと入れ替えで部屋を出ていった、あの人だ。

「あ、身構えなくても大丈夫よ。私はテセラクトほど倫理は壊れてないから。この前あそこで観測役に任されてたのも私が賭けに負けたからだからね。」

「えっと……はい。」

 返答に困る弁解だ。だが、悪い人には見えない。……テセラクトも悪い人には見えないのだが。


「あ、それとこれ。イグイシスの孤児院に置いてあったから渡しに行けって。アスミちゃんのでしょ。」

 朱莉はポーチから黒い財布を取り出した。

「……ねえ、アスミ。」

「アキ、言うな。流石に傷付く。」

「あなた、色々と抜けてるところあるわよ。」

「言わないでほしかった。」

 アスミはそれを受け取ると、すぐに懐にしまった。

「それじゃあ、私は戻るわね。テセラクトに仕事を投げてきちゃったから。そろそろ代わってあげないと。」

 朱莉はこの場所を去っていった。



「フェザーの残党の件は私がなんとかしておくわ。アスミたちに手伝ってもらうのも大変でしょうし。」

「そういうアキこそどうなんだ? 内政は安定してるのか?」

 アキの所属しているナムフ国は、数年前に独裁体制が崩れてから主にアキが中心となって復興を進めている。

「今は大丈夫よ。……でもまあ、そうね。何かフェザーの情報があったら私に伝えてくれると助かるわ。」

「リエレアに任せよう。」

「うん。私に任せて。」

 できる事が少しでもあるというのは、リエレアにとってはとてもありがたい。



 アキとはその場で解散となった。アキと別れたあと、アスミはクルクスに言った。

「さて、アキには隠し通せたな。」

「……別に、言っても良かったんですよ。僕がクラウスだって事。」

「えっ……!?」

 そして、何も知らなかったリエレアが驚く。

「クルクス=クラウス。僕は前国王レオの息子です。世間からは秘匿されてましたけど。」

「隠し子ってやつ?」

「だいたいそんなところですね。」

「リエレアはクルクスの張っていた防御結界に覚えがあるはずだ。」

「あ! 王族結界のこと?」

 第二神災でセルの王宮内に張られていたものだ。

「じゃあ、あの時の結界はクルクスさんが?」

「違う。」

 アスミが否定する。

「その件はまた今度、当事者も交えてちゃんと話そう。とりあえず、今はイウティに帰還するのが先だ。」


 疑問が残るが、リエレアたちは帰路についた。ちなみに一度アスミはアインに頼まれているものの回収を忘れイグイシスに戻った。

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