7」Sophia=Claus
【Day:1/453/12/23】
テーブルと椅子。それといくつかの家具。室内は一般的な家庭と同じだった。
「座って。」
ソフィアに言われるまま、アスミは席に着いた。
「私の事、警戒してないんだ。」
「しているさ。現に、私は何かあればいつでもイウティの私の部屋まで逃げられる状態にある。」
「そう。」
警戒しているというのは嘘ではないが、これといって対策をしている訳ではない。ただ、一目見たときに彼女の事は敵ではないと感じてしまったのだ。初めて会うはずなのに、どこか懐かしい感じがした。
「そっちこそ、私を疑っていないんだな。ヴィルとは仲が良かったから、私が仇討ちをしに来た可能性もあるぞ?」
「それはない。それに私の方が強いから問題ない。」
「……随分と失礼な奴だな。」
「それよりも疑問がある。どうやってフィリスを殺した。」
フィリス=シャトレ。数年前にアスミが殺した、先代の土の魔神。
「疑問か? あまり良い話じゃないが……、」
「フィリスは私より強かった。」
アスミの言葉を遮り、ソフィアは言った。
「それにフィリスは……いや、何でもない。」
ソフィアは先程から部屋の奥の精密な装置を弄っているが、アスミは彼女が何をしているのかわからなかった。
「それ、何だ?」
ソフィアに質問する。
「教えない。」
一蹴。そして間も無く彼女は作業を終え、私の向かいの椅子に座った。
「ソフィア。お前、ソフィア=クラウスだな。」
クラウス。セル国の王家の性だ。
「……そう。気付いてたの。」
「初対面じゃないな。一度だけ会った事がある。……確かお前はまだ五歳くらいだったか。随分と変わったな。」
「思い出さないで。」
「お前も私を覚えているんだな。」
「……。」
ソフィアは黙ってしまった。
「セルの魔術師たちから色々聞いたよ。お前、相当な有名人になっていたそうじゃないか。」
「痕跡は削除しておいたはず。」
「文面上は何も残っていなかったが、上層部から無理矢理聞き出したさ。十三歳で研究会への論文を提出。内容は音に関する魔法とその応用について。……つまり通信機だ。」
魔法学校を中退したという噂が流れていたが、それは誤りだった。彼女は論文により飛び級で卒業したのだ。
「それで、お前は神災について、何を知っているんだ。」
「アブヌを沈めたのは私。」
ソフィアは回答の代わりに、ひとつの事実を提示した。
「おかしい、普通ならもう少し驚くはず。」
「驚いているよ。充分に。ただどちらかというと半信半疑だ。」
「魔神継承の条件のため。」
「動機に疑問を抱いてる訳じゃない。だが、あれは神災じゃなかったんだな。」
アスミが言うと、ソフィアは首を横に振った。
「神災かどうかを決めるのは人間。原因は関係無い。少なくとも人間は私の愚行を第一神災として認めてくれた。」
ソフィアが立ち上がり、キッチンへと向かう。
「水と紅茶、どっちがいい?」
「紅茶で頼むよ。」
「残念、水しか無い。」
虚空から現れた水が、二つのコップに注がれる。
「理論純水。見るのは初めて?」
「存在しない代物だろう。それに、君の制御から外れた瞬間にそれはもうただの純水だ。」
「……そうね。」
コップの中のただの水は、一瞬でアスミの体内へと消えていった。
「おかわり、いる?」
「いや、いいよ。水以外に菓子のひとつでもあれば良かったんだがな。自室に忘れてきてしまったよ。」
「……砂糖ならあるけど。」
「欲しがると思うか?」
彼女が近くの棚から取り出した箱に入っていたものは、ある程度形が整った角砂糖ではなく完全に粉末状のものだった。
「……欲しがると思うか?」
「冗談。これはあげない。」
「いや、要らないが……。」
明らかに感性がズレている。
「ソフィア、質問してもいいか?」
「質問に私の許可が必要?」
彼女の素なのだろうが、いちいち天然であるところが少しだけ鬱陶しい。
「……何故アブヌを沈めた。」
「? さっき言った通りだけど。」
「国ごと消さなくても良かったはずだ。」
「……来て。」
ソフィアが立ち上がり、玄関へと行く。彼女はそのまま外に出た。アスミもそれに続く。
「おいおい、流石に滅茶苦茶だろ。」
家を出ただけなのだが、気がつけばアスミが立っているのはソフィアの家の前ではなく海岸沿いの崖の上だった。振り向くが、何も無かった。
「転移魔法は水属性に適正がある。門状のものは扱いが楽でいい。」
アスミはこの場所を知っていた。
「第一神災の跡地だな。」
元アブヌ国。第一神災・帰海の跡地。そして、世界の外側から来た代行屋と遭遇した場所。
「こっち。」
ソフィアが崖から飛び降りる。彼女は平然と水の上に着地した。
「おいおい、流石にそんな魔法は使えないぞ?」
「なら、今真似て。」
「何故知ってるんだ? 私の性質の事。」
そう言いつつ、アスミも水の上に飛び降りた。アスミの模倣の力を知っている事について、ソフィアは何も言わなかった。
ソフィアがつま先で水面を軽く叩く。それだけで、彼女を起点として海の上に一瞬で氷の道が出来上がった。
「これは真似しない方がいい。後で大変なことになるから。」
沖から離れるように歩いていると、前方に陸地が見えた。陸地というよりは、海底から山のようなものが少しだけ突き出ているだけだが。
「あれは?」
「アブヌの中心。山頂にあった王の城だったもの。」
更に近づくと、その細部までもがはっきりとアスミの目に映った。しかし。
「……砂か? これは。」
アスミがその巨大な建造物の屋上に当たる部分に立ち、その床に触れる。明らかに固まった砂だった。
「アブヌの王城は砂で出来ていた……訳でもないな。何が起こった。」
「ちょっとうるさくするから、耳を塞いでおいて。」
ソフィアが剣を水面に突き立てる。直後、呻るような轟音が鳴り響く。
――水が、引いていく。
「……おいおい、ヴィルよりも大層な魔法だ。」
行っている事は至極単純、周囲の水を外側に追いやり、海底が露わになっていくだけである。しかしここは海だ。その水の量は計り知れない。
一瞬で、およそ半径数百メートルほどの位置を満たしていた水がその外側に追いやられた。円状に滝が出来ていた。
「これも、真似しない方がいい。」
「するかよ。」
水底に視線を移す。
「何だよ、これ……。」
城下町が広がっているが、そこには一色しか存在しなかった。全てが砂になっていたのだ。
「これが、本来の第一神災。『砂の都』と呼ばれるはずだった。」
本当に、砂でできた王国だ。地面も建物も、……そして人間も。水によって形を変える事なく、その像たちは形を保ったままだった。
「なあソフィア。お前、未来でも見えるのか?」
先程から疑問に思っていたものの敢えて口に出していなかったが、やはり気になってソフィアに質問した。彼女は起こるはずだった神災やアスミの性質についても知っているのだ。
「……そう推測するのはもっと後のはず。……まあ、そんなとこ。」
「因果が逆なんだよ。ヴィルが死ぬ事がわかっていたから、アブヌを沈めたんだろ?」
「そう。ヴィルが第二神災までの間に死ぬ事は確定していた。だから私はあらかじめ条件を達成しておく必要があった。ヴィルが死んだ後、すぐに剣を継承できるように。」
おかしい人だとは思っていたが、あまりにも狂っている。
「異常だよ。お前は。」
「大丈夫。私も私を異常だと認識してる。こうでもしないと、……未来が消えるから。」
それは少し寂しそうな目だった。
「……ソフィア、そういえば剣はどうした。」
剣を持ち歩かないアスミが言える立場ではないが、つい気になってしまった。部屋の中にも剣は無かった。
ソフィアは何もないところを掴むと、ゆっくりと引く。剣が姿を現した。
「……それ、偽物だよな。」
「バレた。今までバレた事はなかったのに。……少し先の未来の為に、私は剣に細工をしてる。今は教えられない。」
「……そうか。だが、今手元にある事は確かだな。」
そうでなければ、今までの魔法が扱える説明がつかない。圧倒的な量の魔力が必要なのだ。
「戻る。ついてきて。」
ソフィアが手を少し動かすと、長方形の白いゲートが出現する。ソフィアとアスミはその中に入った。
「ソフィア、お前、どこまで視えてるんだ?」
ソフィアの部屋に戻り、アスミは彼女に尋ねた。
「第九神災までは視えてる。」
「……。」
何も隠さずに、事実だけを告げた。とても嘘だとは思えない。
「まだ、この天災は終わらないんだな。」
「大丈夫、貴女は強い。……私の次に。」
「随分と失礼な物言いだな。」
「誇っていい。貴女より強い人は、……今は私だけ。」
「一応、誉められてると受け取っておくよ。ソフィア、また会おう。」
「待って。」
帰ろうとしたアスミを、ソフィアが引き止める。
「第四神災が近い。」
「すぐに来るのか。」
「第三神災は切断症と名付けられる事になるけど、病気じゃない。あれは種を蒔いただけ。本命の第四神災はすぐにやってくる。」
「警戒しておくよ。」
「それともう一つ。アスミ、貴女に頼み事がある。」
「聞くだけ聞いておこう。」
「クルクスを回収しておいて。イグイシスの孤児院にいる。」
「……。」
「書類は全てこちらで用意してある。貴女はただ取引をすればいい。大丈夫、貴女はこの依頼を受けるし、失敗しない。」
「未来でそうなっているのか?」
「そう。」
「……まあ、断る理由も無いからな。ここに連れてくればいいのか?」
アスミが尋ねると、ソフィアは首を横に振る。
「ここには連れてこないで。貴女の部屋に置いといて。後で回収する。」
「なあ、クルクスってのは人間だよな?」
「そうだけど。」
「……いや、何でもない。」
「それと最後に。……第二神災を止めたのは、実は私。」
「それは知ってるぞ。」
「……そう。」
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