5」第二神災・逆樹(2)
「一旦、状況を整理しようか。」
アスミ、ウル、そしてリエレアの三人は逆樹から少し離れたところにある民家に身を潜めている。この家の主人は無事に王宮まで逃げられただろうか。……それを知る方法は無い。
「まだ町に残ってる人っていると思う?」
「いない。」
二人に質問をしたら、アスミが即答した。
「生きている人間は感知できる。撃たれた人間はいるだろうが、もう生きている人間は全員王宮に移動し終わった。この町にはもう生きている人は居ない。」
「なら、遠慮なくブッ放てる訳だな。」
「お前の灰燼は効いてなかっただろ。」
「黙れ。」
「ひとまず、奴の機嫌を取る為に囮になる必要は無くなった訳だ。じっくり策を練れる。」
とはいえ、良い案がすぐに浮かぶ訳でもない。一応、誰も狙っていない光線がリエレアたちのところに来る可能性を考慮し、アスミが黒い壁を逆樹側に複数敷き詰めている為時間は稼げているが。
「そうだ、アスミさん。さっき言ってた射程二十メートルの技ってなに?」
先程アスミが言っていた事を思い出し、リエレアはアスミに尋ねた。
「……ああ、確かにひとつ方法はある。」
アスミは虚空からひとつのナイフを取り出した。
「それは?」
「あらゆる法則を無視して切断できるナイフだ。これはフィリスから教わった技で、……フィリスを殺したナイフでもある。」
ウルの表情が変わった。
「お前……。」
「今はその件で争うのはやめてくれ。少なくとも、これなら逆樹にも攻撃できるはずだ。」
アスミが立ち上がった。
「当ててくる。逆樹の対処法はもう割れてるんだ。今すぐ実行しない手はない。」
そのままアスミは外へ出ていってしまった。
「アスミさんのナイフであの樹を倒せると思う?」
アスミが外に出た後、リエレアはウルに尋ねた。
「あのフィリスさんに届いた攻撃だ。効かない訳がない。」
ウルはフィリスという人物に絶対的な信頼を置いていたのだろう。ウルだけではない。アスミも、それに恐らくはこの世界に住む多くの人が、フィリスという人間の事を神に近い存在だと思っている。
「見届けてくるよ。ウルは待ってて。」
「オレも行く。」
「わかった。でも気をつけてね。」
リエレアは外に出た。アスミは宙を蹴って樹の光線を避けながら、確実に樹へと距離を詰めている。順調だ。
「流石……。」
そして逆樹にたどり着く手前、……アスミが動きを止めた。そしてそのまま、自由落下を開始した。
「アスミさん!?」
リエレアはアスミのそばに移動した。
逆樹がアスミを認知し、レーザーを放つ準備を始める。
「まずい……!」
私ではレーザーを止められない。ウルもまだ距離がある。誰も、向かってくる光線を止められないのだ。
しかし光線の発射と同時に、黒い板がレーザーを防いだ。アスミのものだ。
「心配するな。私は自分から降りたんだ。」
「驚かせないでよ。急に落ちたから気でも失ってるのかと。」
アスミの意識ははっきりとしていた。
再び、遮蔽物を挟んで私たちは落ち着く。
「あいつの表面、最低でも五百度以上はあるな。近づく事すらできない。」
「そんな……じゃあどうすれば……?」
「とりあえず、この場から離脱するぞ。」
ようやく追いついたウルをアスミが抱え、地面を蹴る。音に近い速度で逆樹から離れた。リエレアも後に続こうとしたが、その前に再び、リエレアは逆樹の目の前に移動した。
「ねえ、視えてる?」
リエレアが樹の前に立っている間、逆樹は笑っていない事に気づいた。
「……相変わらず、視えてはいるんだよね。」
目は全てリエレアを捉えているが、攻撃を仕掛けてこない。
「あ、もしかして私がここにいれば光線も撃ってこないんじゃ……、」
言いかけた途端、逆樹の実に付いている口の一つが開き、適当な場所に光線を放った。
「……そういう訳でもないんだ。」
ー ー ー
「ウル。お前火の魔法専門だろ。熱気をどかすとかできないか?」
「無茶言うな。」
「やっぱり燃やす事しかできないか。」
「この野郎……。」
リエレアがアスミたちのところに戻った時には、リエレアが予想していた通り、ウルとアスミで喧嘩が始まっていた。
「お前の方こそ何か無いのか? 変な魔法をいっぱい使えるじゃないか。」
ウルがアスミに尋ねる。
「無いな。私のストックに熱気を何とかする物はない。そういうのは他の四魔神に頼むべきだろ。」
アスミもまた、高温に対処する術を持っていないようだった。
「……そうだ、それだ。こんな非常時にヴィルの野郎は何をしてるんだ?」
ウルが疑問に思ったそれは、ここにいる誰もが知りたかった事だ。水の四魔神ヴィル=クラウス。この国の四魔神であるはずなのだが、彼の姿が見えない。
「そういえば見ていないな。だがヴィルはダメだろ。あいつは酒を美味くする魔法しか極めてない阿呆だからな。」
「お前な……。」
「アキ……は、今は来られそうにないな。ナムフの内政で忙しいだろうから、そもそもこの国の惨状すら知らない可能性が高い。」
「私、アキさん呼んで来ようか?」
リエレアがアスミたちに提案する。
「いや、やめておこう。アキもアレに届く技が無い。そもそも、風属性はアレとの相性が最悪だ。」
打つ手がない。
「とりあえず、ヴィルの家に行ってみるしか無いんじゃないか? こんな非常時にものんびりしてそうな奴だし。」
ウルの提案に、リエレアたちは同意した。
ー ー ー
「お、お邪魔します……。」
町一番の酒屋であるその建物はなんとか樹の被害には遭っていなかったようで、建物は原型を留めていた。
「……いないな。」
「無駄足じゃねえか! おいアスミ!」
「私に当たるな。というかお前も何か探せ。」
ヴィル本人が居ない事を確認した後、リエレアたちはヴィルがいた痕跡を探していた。
「カレンダー、先月のままだ。」
今日は七月の最後の日。だというのに、カレンダーは六月のままだった。
「アイツはそういうのは無頓着だからな。無視していい。それに、アイツとは今月半ばに会ってる。」
「ヴィルさんって、娘がいたんだよね?」
一度彼に会ったとき、そんな事を言っていた気がする。
「ああ。ソフィアの事か。だが……、魔法の才能が無い平凡な人間だ。魔法学校を中退しているし、まだ無事でも流石に王宮に避難してるだろ。流石に王族結界を貼れるだけの技量は無い。」
ソフィア=クラウス。彼女の部屋も漁ったが、特に手がかりは見つからなかった。小説の山があったくらい。
「他の家族は居なかったか?」
ウルが質問する。
「ああ。私が知っている限り、今現在クラウスの血を継いでいるのは三人。既に亡くなっている国王レオ、そしてその弟のヴィル、最後にヴィルの娘のソフィアだけだ。レオの両親は亡くなっている。」
結局、ヴィルの家からは何も見つからなかった。
「……そうだアスミさん。ヴィルさんはまだ生きてるんだよね?」
「王族結界が消えていないのであれば、そのはずだ。全く……何をやっているんだアイツは。仕方ない。ヴィルの捜索はこのあたりにして、そろそろ逆樹についての話をしよう。」
これ以上の捜索は無駄だと判断し、アスミはウルとリエレアを呼んだ。
「そっちも手詰まりだろ? どうするんだよ。」
「それについてだが、良い案を思いついた。ウル、試したい事があるんだがいいか?」
打つ手が無くなったと思われていたが、アスミが一つ、提案をした。
「聞くだけ聞いてやる。」
ウルはあまり乗り気ではなさそうだった。
「全力であの樹に向けて……、いや、樹じゃなくてもいい。とにかくお前が今出せる最高の攻撃を惜しみなく放ってくれ。剣の魔力を全て使ってもいい。」
「無茶言うなよ。オレ倒れるぞ? ……いやおい、お前まさか。」
ウルは何かを察したようだった。当然だがリエレアは何も知らない。
「アスミ、アレを倒す自信があるんだな。」
「無い。」
即答。
「……は? いや、自信満々に否定するなよ。」
「この場で最も威力の高い攻撃をぶつける方法を試すんだ。協力してくれ。」
アスミがウルに手を差し伸べる。
「アレが死ななかったらどうする?」
「お前を抱えて逃げる。」
「ははっ、最悪だな。……乗った。」
ウルはアスミの手を取った。
ー ー ー
「防御は任せるぞ。」
「安心しろ。お前はただ集中していればいい。」
ウルが建物の上に立つ。逆樹はそれを認識し、口の一つをウルの方向に向けた。
「火の魔神の名のもとに、……烈火よ集え、飛輪と為れ、灰燼と化せ。」
ウルが両手で剣状の水晶を握り、上に掲げる。剣先に黒い焔が集まり始める。
「アスミ。この騒動が終わったら覚えておけよ。」
「君への礼は前向きに考えておこう。」
逆樹から光線が放たれる。三重の黒い正方形がそれを防ぎ切った。
「アスミ! 後二発受けられるか!?」
「余裕だ。任せておけ。」
焔は段々と増幅し、ある程度大きくなったところで凝縮される。再び焔を集め、段々と肥大化する。暴風が巻き起こり、瓦や木の枝などが焔に吸収され、一瞬で溶けていく。
二発目の光線が放たれる。先程と同様、アスミが壁を張って対処する。
「もっと……! もっとだ……!!」
更に集まった焔が凝縮される。規格外にまでにエネルギーが濃縮された球体は既にこの世のものとは思えない禍々しい色に光り、なおも輝きを増している。
三発目の光線が放たれる。手筈通り、アスミは防ぎ切った。
「いっけええええええ!!!!!」
ウルが叫び、最大まで凝縮された焔を音速を超えて逆樹へと放つ。それは無事に、逆樹に着弾する。
『■■■■■ーーーー!!?』
一瞬、樹の嗤い声に驚きのようなものが混ざった気がした。
――音が消えた。視界が白に染まった。
――逆樹が、真っ白な球体に包まれた。
「完璧だよ、ウル。力を爆発の内側に閉じ込め続ける事で被害を抑える上に更に威力を上げている。流石は正規の四魔神だ。」
ウルが倒れ込むのを、アスミが抱え上げる。そのまま民家に避難した。
「……後は、私に任せろ。」
逆樹は、未だ嗤っている。まだ微温いと余裕を見せている。
「リエレアにはまだ言っていなかったな。」
アスミはウルを避難させた場所とは別の家屋の上に登りながら、リエレアに言った。
「私は魔法の無い世界から来た故か、四魔神なんていう地位に居ながら魔石を使った魔法に不慣れでな。私は滅多に剣を持ち歩かない。それどころか……私は今、魔石すら持っていない。私にとってアレはただの荷物だ。」
逆樹がアスミを認知し、口を向ける。
「だから今までの技は、……今までリエレアに見せてきた魔法も含めて全部別の、たった一つの私の性質なんだ。お前と同じように、私もひとつ、不具合を持ってこの世界に現界した。」
光線が飛ぶ。アスミはそれを黒の正方形で防ぐ。
「この防御壁は、知り合いのセルの宮廷魔術師が得意としていたものだ。見た目は地味だが式が複雑過ぎて、彼以外に使える人間はいなかった。いないはずだった。」
「……ウル。使わせて貰うぞ。」
アスミが右手を上に掲げると、禍々しい色の濃縮された焔が現れる。
「えっ……!?」
リエレアは思わず声を上げた。あの焔の色は、ウルが攻撃を放つ直前の、準備が終わった瞬間のものだったのだ。
「……飛べ。」
アスミが軽く呟き、それを少しも溜めずに音速で逆樹へと飛ばした。
――音が消える。威力は、先程のウルが放ったものと全く同じだった。
「これが、私に起きた不具合だよ。あらゆる法則や代償を無視して、どんな力も模倣できるんだ。」
アスミが再び右手を上げる。
――同じ焔が、無数に出現していた。まるで空を埋め尽くす程の禍々しい焔に、リエレアは恐怖を感じてしまった。アスミの異常性が嫌でもわかってしまう。四魔神は一人で戦争が可能だという話をアインから聞いた事があるが、アスミは今まで出会った四魔神の中でも一番の異端だ。戦争どころか、世界を壊す力さえ持ちかねない。否、彼女一人で世界は簡単に壊れる。
「リスク無しで、無限に……。」
ウルが最上級の魔石を使い昏睡するほどの魔力を注いで放った最強の一撃を、何百、何千発と反動無しに連発する。どれ一つとして外す事なく逆樹の中心へと放った。
「四千発。……どうだ?」
爆風が消え去り、……そこには変わらず、逆樹が浮いていた。
「嘘……、」
だが、変化はあった。実や枝の表面が焼け落ち、赤い肉が露出している。実の数個は千切れて落ち、海へと落下する。実の表面を流れていた液体も同時に滴り落ち、まるで出血しているかのように見える。
「……ここまでやって、ようやくその程度なのか。」
「アスミさん、大丈夫?」
「ああ、問題ない。さて、後はこれを撃ち続けてれば終わるか。」
アスミが再び手を上に上げようとしたとき、その手を止めた。
「……何か来る。」
アスミの予感通り、逆樹とは別の事象が訪れた。突如として上空を覆う黒い霧のような雲が取り除かれたのだ。しかしそうして現れたのは快晴ではなく、新たに生まれた白い雲だ。
「……雪だ。」
雪が降り初めていた。冷気は感じないが、アスミの吐く息が白い事から、気温がとても低くなっている事がわかる。
「おいおい、もう八月になるんだぞ?」
誰かが意図的に発生させているとしか思えない異常気象。
「アスミさん、あれ!」
リエレアは前方、はるか遠くの民家の上にリエレアと同じくらいの一人の少女が立っている事に気付いた。
その少女が鞘から剣を取り出す。
「……あれは、まさか。」
それは剣ではない。水色に透き通った、剣状の水晶。そして水の四魔神である証。ヴィル=クラウスが持っていたはずのもの。
少女が剣を振り下ろす。少女のすぐ隣から巨大な氷柱が伸び、逆樹を貫いた。嘲笑うような煩い逆樹の音が消え、それらの目は全て氷柱の発生源を向いていた。
誰かが、逆樹に攻撃を当てた。アスミではない誰かが。
『■■■■■――ッ!!』
先程までの嗤い声ではなく、明らかに苦痛を伴った叫び声がした。のたうち回るように空中で逆樹が暴れ、実や枝がぶつかり合い、表面の再生を開始していた実が千切れて落ちていく。それらは海に落ちると同時に激しい水飛沫を上げ、その状態のまま飛沫ごと凍った。世界の理を無視した攻撃でようやく表面に傷を付けられる程の化け物が、たった一本の氷柱で。
――数秒後、固まったままの逆樹がまるで硝子を割るかのように破裂し、氷の海に散らばった。
「消えた……?」
逆樹が、消滅していた。
「……何も、できなかったな。」
アスミが一言、呟いた。
ひとつの大国を滅ぼしかけた樹の怪物は、場外からの一撃によりあっけなく葬られた。少女は既に姿を消していた。アスミの探知にすら反応は無かった。
ー ー ー
この日、世界全土で原因不明の天災を『神災』と呼ぶ事となった。同時に、アブヌ消滅を『第一神災・帰海』、今回を『第二神災・逆樹』と命名した。
「神が齎した災、か。」
リエレアとアスミが彼女の研究室に戻った後、彼女が独り言を呟く。
「本当に神様がいて災害を起こしてると思う?」
「まさか。」
アスミに質問したが、即答された。
「比喩なのは流石にわかるさ。ただ、凡人から見ればアレらを引き起こす事ができる存在なんて神様くらいだろう。だから神災と命名された。それだけの話だ。」
結局、何もわからないまま。
「アスミさんは、これからどうするの?」
「どうもしないさ。ただ……そうだな、逆樹を殺したあの人間。アイツが誰なのかの予測はできている。しばらくはソイツを探すとするよ。」
何気ない日常が帰ってきた。
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