4」第二神災・逆樹(1)
【記録:2】
イウティ国南部、鉱山地区。取り出した鉱石は高炉によって処理される。それは本来ならこの世界の文明に合わないものだが、数十年前に地球から来た人間が作ったらしい。そして私はその頂上に立ち、内側を覗いていた。
電気など無いこの世界だが、原料は自動的にパイプを通って下から送られてくる。パイプの中のコンベアは魔法で動いており、この世界の魔法と地球の技術を合わせた、中々に良いデザインだ。どの世界にも鉄を精錬する機構は存在していたが、多くは魔法に依存するものだったらしい。
(……。)
原料が流れてきて、落ちる。溶けてドロドロになる様子をしばらくの間眺めていたが、飽きてきた。私は後ろを向き、……背中を向けて高炉に落ちた。
数秒もしないうちに、液状の真っ赤な地面にぶつかった。暑さは無く、痛みも無い。数千度はあるだろうが当然燃えてもいない。
(……思ってたのと、ちょっと違うかも。)
気分だけでもと思い、私は――右手の親指を立ててその手を上に伸ばした。私は赤い鉄の海には沈まなかった。
私は日記の最後のページに、今起きた事を書き残した。
【Day:1/453/7/31】
一人の少女が、形見を拾い上げた。
【Day:1/453/7/31】
その知らせは急に来て、イウティ国内を震わせた。恐らくイウティだけでなく、世界全土で同様の反応をしているはずだ。
「それ、本当なの?」
アスミからその話を聞いたとき、リエレアでさえも疑った程だ。
「ああ。私はすぐに現場に向かう。リエレアも来てくれるか。」
「勿論だよ。」
一刻を争う事態だ。リエレアはすぐに、部屋を飛び出した。
隣国の大国であるセルが、壊滅の危機に遭っていた。
ー ー ー
四大国の一つ、セル。水の魔神がいる国で、この世界の魔法発祥の地でもある。国土は四大国の中でも最小で、主要な都市は王宮のある一つしか無い。しかし他の国よりも数世代先の魔法文明を築いており、各国から留学する見習い魔法使いも多い。
セル国の国境が近づいてきたとき、リエレアとアスミは信じられないものを目にした。
「少なくとも、放置していていいものではないな。」
この場所からでも視認できるという事は、それほどまでに巨大で、かつソレが高所にあるということ。
「あれは……、木?」
一本の黒い巨大な大樹が、セル国上空に逆向きに生えていた。不気味。そう呼ぶのが一番正しい。
虚空に張られた根は先端がぼやけていて、リエレアたちでは認知できない方向に伸びている。枝の先には黒く丸い実がいくつも成っていて、それぞれに目や口が付いている。
ひとつの目の付いている実から白い光が少し漏れたかと思うと、突然それから太いレーザー光が発生し、街を縦に薙ぎ払った。
『■■■ー■、■■■ッ! ■■!』
それの口にあたる部分からは不気味な笑い声が聞こえ、まるで滅んでいく街を見て嘲笑っているかのようだ。
「アスミさん、あれどうにかならないの? 街に被害が……。」
既に街は崩壊していて、それはまるでかつてリエレアがこの世界に訪れた際に見たアブヌ国の光景と酷似していた。
「地表からは五百メートル程。私が撃てる射程五百メートル以上の技でアレに効果がありそうなものは無いな。一応撃ってみるか。」
アスミが手を下につけ、地面を引っ張る。長さ二メートル程の槍が出現していた。
「とりあえず、一発行ってこい。」
アスミの合図と共に、出現した槍は音速を超えて逆樹へと飛んでいった。
『■■?』
「……おいおい。」
槍は正確に目の付いている実を貫くように飛んだが、それは実に到達する前に溶けて消えてしまった。
「まずいな。こっちを見てる。」
アスミがそう言った直後、目だけでなく口のひとつがこちらを向いた。
「……来る!」
咄嗟にアスミが手を下から上に上げると、巨大な黒い板のようなものがアスミの前に現れる。極太のレーザーがリエレアたちの元へと射出されたのは、ほぼ同じタイミングだった。
ー ー ー
「……アスミ、さん?」
煉瓦で整備された道はぼろぼろになっていた。下の土が剥き出しになり、道の両端の街路樹は全て倒れ、燃えている。
「生きてるよ。一応な。」
倒木の陰から無傷のアスミが出てきた。どうやら上手いこと防げたようだ。ちなみにリエレアは普通に当たった。この身体でなければ間違いなく死んでいただろう。
「……攻撃が止んだな。認知方法は視覚以外は無いらしい。」
逆樹からは死角になる位置で休憩し、アスミは再び立ち上がった。
「射程二十メートルの少し反則級の技がある。なんとかしてアレに近づいて撃てればいいんだが……。」
ここからは逆樹の真下へ行くだけでも数百メートルはある。
「私、行ってこようかな。何かわかるかもしれない。」
リエレアは立ち上がり、死角から飛び出た。
「ちょっと待ってて。」
「ああ。無理はするなよ。」
リエレアは逆樹の目の前へと移動した。下から見るだけでも恐ろしいものだったが、いざ目の前に立ってみるとそれの異常さがどこまでも伝わってくる。黒い実の表面は生物の皮膚のようだが膨張してひびが入り、その隙間を灰色の液体が蠢いている。
「私のこと、視えてる?」
リエレアが逆樹の目を見て言う。目の前に人間がいるというのに、その樹は何の反応も示さなかった。
「視えてないんだね。」
目の付いた実の目の前まで移動するが、逆樹の反応は変わらなかった。
「……戻ろうか。アスミさんの事も気になるし。」
戻ろうとしたとき、リエレアは逆樹を見てぞっとした。
――ソレに付いている無数の目の全てが、いつのまにかリエレアを捉えていた。笑い声も止まっている。
「……視えて、るんだ。」
しかし攻撃はしてこない。
「あなたは、何?」
返事など、来るはずもない。ただそれはリエレアをずっと見つめ、それ以上のことはしなかった。
「……ダメみたい。」
リエレアはアスミがいる位置まで戻った。
「困ったな。……仕方ない。視覚以外で私たちを認知できないらしいから、少し危ないが近くまで寄るか。リエレアは王宮へ向かえ。生きている人間が避難しているとすればあそこの地下だ。今は情報が欲しい。」
「わかった。気をつけてね。」
「当然だ。さっきの攻撃と同じなら充分防げる事は確認できたしな。」
ー ー ー
リエレアは王宮の前までやってきた。やはりというべきか、外には誰の姿もない。リエレアは正面から城に入った。
室内は私の予想に反して多くの兵士がいた。そこにいた兵士の一人が、私を見て驚いている。
「君、大丈夫だったのかい? とりあえず中へ。」
「私は平気。それより、生き残ってる人はどれくらいいる?」
「人数は確認してないが、避難した人は全員地下の大広間にいるよ。君もそこで待機しているといい。」
彼に指示された通り、リエレアは地下へと向かった。
広間には生き残った人間が多くいた。ざっと数千人ほどだろうか。
(良かった……、まだ生きてる。)
安堵するが、ここで落ち着いてもいられない。情報を集めてアスミのところていち早く戻らなくてはいけないのだ。情報が一番多いところ、それはここではなく……。
(玉座の間、だよね。)
国王やその側近たちがいる場所。情報に関してはそこが一番多く集まっているだろう。リエレアは大広間を出て、階段を駆け上がった。
「君! ちょっと待ちなさい!」
リエレアが玉座の間がある部屋の前の階段を登ろうとしたところ、兵士に呼び止められた。
「今その先には入っちゃいけないよ。国王様とその側近がこの事態の対抗策を練っているんだ。」
「そこに用があるの。ちょっと通してもらうね。」
「無理だ!」
兵士が叫ぶ。
「入りたいのは僕らも同じなんだが、今その部屋は王族結界で護られているんだ。僕らじゃ突破できない。」
「つまり、国王は生きているんだね?」
「当たり前だ! 結界は発動者が死んだら解除される。まだ国王様が中で策を練っている証拠なんだ。」
「そうだ、王族結界って?」
気になる単語が出てきたので質問する。それがあれば樹の攻撃も防げるのではないだろうか。
「王家の人間だけが使える特殊な魔法だよ。この国を統治しているクラウス家の血を引く者は魔石が無くても魔法を扱えるんだ。それで作った結界はかなり強力で……、」
「ごめん、時間が無いから後で聞くね。」
彼の話が終わる前に、リエレアは階段を駆け上がった。彼の静止は無視した。
リエレアは扉に触れ、目を瞑る。触れた手を扉から離し、私は念じた。
(ここに扉は無い。)
一歩、踏み出す。何かに当たる感触は無かった。更に少し歩いたところで、リエレアは目を開いた。
「……成功、だね。」
あらゆる壁も結界も、私の前では意味を為さない。私は結界の内側へと侵入した。
「何、これ……?」
内側は閑散としていた。何の音もない。
「嘘……。」
人が、死んでいる。側近と思われるローブを着た老人、体格の良い騎士。その他数人。そして王座に座っている者は国王だろう。
全員が死んでいる。目立った外傷は無く、まるでそのまま急に生命活動を停止したかのような死体。腐食も始まっておらず、ただ眠っているようにも見えるが動きを完全に停止している。紛れもなく死んでいる。
「結界は、術者が死ぬと解除される。」
兵士が言っていた事を呟く。リエレアは国王に駆け寄り彼を観察したが、やはり死んでいる事実は変わらない。
「この結界は、誰が……?」
ー ー ー
「広間には入れなかった。」
「当たり前だろ。」
人々を混乱させないように、リエレアは結界内で起こっていた事件を伏せる事にした。
「ねえ、あの樹について、どこまでわかってるの?」
兵士の一人に尋ねる。
「何もわからねぇよ! ただアレはいきなり上空に生えて、訳もわからず街を破壊し始めた! 一級魔術師たちが防御結界を展開してるからここは無事だが、そうじゃない建物はもうダメだ!」
樹の事となると、兵士は混乱していた。無理もない。相当なトラウマを持っていることだろう。
「ちょっと外に出てくるね。」
「正気か!? 死ぬぞ!」
「大丈夫。私は強いから。」
「無茶だ! あの騎士隊長様が一瞬でやられたんだぞ!?」
これ以上の会話は無駄だと判断し、リエレアは建物の外まで瞬間移動した。
「私を待ってる人もいるし、ちょっと長居はできないかな。」
兵士の怒鳴り声を無視して、リエレアはアスミを探し始めた。
ー ー ー
「よかった、ちゃんと生きてる。無理はしてたみたいだけど。」
アスミは逆樹の真下にある廃屋の中にいた。
「アレについて、幾つか実験をしていた。主に感知能力に関してだが。」
アスミが木の破片を掴み、外に投げる。……何も起こらない。
あの樹は相当頭が悪いみたいだな。人間を直接視認しない限りは、……例えば大きめの板か何かで身体を隠しさえすれば、堂々とアイツの目の前を歩ける。アレが反応するのは人間の皮膚のみだ。だから今は、逃げ遅れた人に対処法を教えて回っている。だが……、もう一つ厄介な性質がある。」
「厄介な?」
「約四分程、アイツが誰も見つけられなかった場合、アレは無差別に一回攻撃する。だから今は、四分おきに私が外へ出て奴の注意を向けているんだが、……気が狂いそうだ。そろそろ一発撃たせないとな。」
アスミは屋外に出ると、逆樹の笑い声が響く。レーザーがアスミへ発射されると同時に、アスミは屋内に高速で避難する。
「さて、これからどうするかだが……、リエレア、お前の方は何かあったか?」
「あっ……そうだ。」
リエレアは王宮で起こっていた事を全てアスミに話した。
「……なんだと。あの外道が……?」
とても驚いていた様子だった。
「外道?」
「こっちの話だ。それよりも、王族結界は維持されていた。そうだな?」
「うん。別の何かだった可能性はあるけど、あそこの兵士さんたちはみんな王族結界って言ってた。」
「その結界は本物だろう。何も、王族結界を張れる人物はセルの国王だけじゃない。……国王以外で魔法に心得がある王族の人間……一人いるな。」
「知ってるの?」
「ヴィルだ。水の四魔神。ただ……この非常時にヴィルがそんな事をするか? それに中の人間が何故死んでいたのかもわからない。」
考えていると、外で笑い声が聞こえた。同時に、外が光った。
「……誰かヘマをしたな。クソッ。」
レーザーが誰かに向かって飛んだのだ。
「今はアレをなんとかしなきゃいけないって事か。」
アレとは当然、逆樹の事だ。
突如、上空で爆発音がした。建物が揺れる。
「何……!?」
「まずい、倒壊するな。外に出る。リエレア、逆樹を見ていてくれ!」
アスミが玄関から外に出ると同時に、建物が倒壊した。リエレアは逃げ遅れて潰された。……瓦礫はリエレアをすり抜ける為、潰されはしていないが。
「……『灰燼』だ。」
アスミが呟く。
「それって……。」
名前は聞いた事がある。
「……遅かったじゃないか、ウル。」
逆樹に敵対するように、一つの家屋の上に少年が立っていた。火の四魔神、ウルだ。
「アスミ、そこをどけ! 次は容赦なく巻き込むからな!」
「全力で撃て! 私とリエレアは気にするな!」
アスミが全力でウルから逃げるように駆ける。逆樹は一瞬だけ標的の選択に悩んでいたようだが、狙いをウルに決めた。
「……『灰燼』。」
ウルの手に赤黒い焔が現れる。少し煌めいたかと思うと、それは勢いよく逆樹へと放たれた。
逆樹がウルに向かって白のビームを放つ。しかしそれは目の前に現れた三重の黒の壁によって阻まれる。アスミの防御魔法だ。
焔は逆樹の幹に着弾した。数秒後、逆樹全体を包む大爆発が起こる。灰燼。かつてひとつの国をたった三発で滅ぼした、ウルの必殺技。そのエネルギーを全て、逆樹にぶつける。
「……うそ、だろ。」
爆発が終わり、……そこには無傷の逆樹の姿があった。
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