2」四魔神と水晶の剣
【Day:1/450/10/5】
「これから会うウルさんって人、アスミさんと知り合いなの?」
国の端へ移動中にリエレアがアインに尋ねる。魔神ウル。アスミはとても焦っていたが、それ程までに危険な存在なのだろうか。
(……そういえばアスミさんも土の魔神って言ってたっけ。)
アスミと同じ地位。つまり同じくらいの実力と見るべきだろう。
「二人と言わず、四魔神同士は全員顔見知りだ。三年前までは毎年集合して会議を行っていたほどなんだが、その三年前に事件があってな。」
「事件?」
「詳しくは、いつか本人から聞いてくれ。ただ今は、あまり良い関係とは言えないな。アスミとその他の魔神の間に溝が生まれてる。特に火の魔神はアスミの事を極端に嫌ってるんだ。」
その後はしばらく無言のまま進んでいたが、ふと気になった事がありリエレアはアインに質問した。
「いまいち魔神がどれくらいすごいのかわからないんだけど。」
強いとは言っても、いまいちピンとこない。
「一人で戦争ができる程だ。この間お前を見つけたイリバの大災害。アレはウルが一人でやった。」
そういえばそんな事を言っていたような気がする。あの大災害を引き起こした本人。それが今、イウティ国へと向かってきている。
「今この世界は四つの強国とそれ以外の周辺にある有象無象の国で成り立っている。……これを。」
アインが一枚の紙を取り出す。世界地図だった。
「西端から北にかけて広がってるのがここイウティで、大陸中央にセル、その南にシキ、最後に東端の列島がナムフだ。この四つの国が強い理由はただ一つ。莫大な軍事力があるからだ。それも、たった一人で近隣の小国を潰せる程のな。だから表向きにはアスミはイウティ国最強の兵器だが、実際は国王を含めた俺たちが死ぬ気でアイツの機嫌を取らなきゃいけない訳だ。他国に渡っただけで世界地図が変わるからな。」
四魔神の属している国が強い国家となる。先程会ったアスミからは全く偉大さは感じなかったが、彼女がいるからこそイウティ国が発展しているというのだ。
「それで南方のシキ国にいるのが、火の魔神ウル=カヌス。その二つ名の通り、火属性の魔法に特化し過ぎている。ただ……。」
アインが言葉を濁らせる。
「何かあるの?」
「規格外の化物なのは違いないが、ウルは四魔神の中だと他三人に二回り程度劣る。アスミが心配してるのは、恐らく別の事だ。」
「別、というと?」
「子供なんだよ、ウルは今年で十三になる。今回も、アスミが憎いっていう感情だけでここまで来てるだろう。アスミが相手なら余裕で対応できるだろうが、アスミが気にしていたのは周りの被害、そしてウル自身の事だ。」
「……つまり?」
「機嫌を取らなきゃならん。こてんぱんにして帰すと何をしでかすかわからないからな。」
疑問。
「私たちだけで追い払えそう? いい具合に。」
――流石に無理だろう。しかし。
「ちょっと話を聞いてくるね。すぐに戻る、と思う。」
「……全部任せてもいいか。正直、毎度毎度正面からアレの相手をするのは疲れる。無理だったとしてもお前に責は無い。」
相当面倒に思っているようだった。
リエレアは馬から降りて、目視できる限界の距離まで一瞬で移動した。それを数十回程繰り返し、常人では数日掛かる距離を一瞬で移動する。
(……あれ?"相手をするのは疲れる"?)
かなりの距離を移動したところで、リエレアは頭の中でアインの言葉を反復する。対処できないとは言っていない。しかも彼の発言から察するに、火の魔神の侵攻はこれが初めてではない。
(まあいいか。)
一旦置いといて、前方を見る。
――いた。
気がつけばリエレアはかなり上空に立っているが、それについては驚かなかった。今更空中に立てる程度で驚く事は無い。そしてリエレアの下の方に、数人の武装した人間がイウティに向かっている姿が確認できた。
「誰だ。」
遥か上空に立つリエレアをいち早く認識したのは、先頭にいる私よりも小さな少年だった。彼だけが軽装だった。
(さすが四魔神、なのかな。)
一回の瞬きの間に、リエレアは少年の目の前まで瞬時に移動する。
「あなたがウルさん?」
「ああ、如何にもオレが火の魔神、ウル=カヌスだ。」
腰に提げた赤い剣……でなく、剣の形をした水晶を構えて言う。
(魔神って、みんな小さいのかな……。うん、小さい。)
「今小さいとか思っただろ。二回くらい。……それで、お前はアスミの部下か。」
「違うよ? アスミさんは私の友達。」
「アイツに友達か、笑えるな。丁度良かった。いい前哨戦になりそうだ。」
ウルが右手に持った水晶の剣を掲げると、黒い炎が現れた。先程アスミが使用した炎と同じ色だ。
「えっと……、私と戦うの?」
ウルは更に炎の数を増やす。
「お前、何なんだ? 全く動じないどころか、逆にこっちも何も感じねぇ。"そこに誰もいない"って言われた方がまだ納得するぜ。視覚以外でお前を感知できねぇ。」
位相が違う。アスミがそう言っていたが、おそらくそれのことだろう。
「やめておいた方がいいと思うよ。あなたじゃ私に勝てないから。」
勝てない、というのは事実だろうが、それはリエレアも同じ事だ。お互いに干渉できない為、勝負にすら発展しない。……つまり、勝てない。完全に屁理屈だ。
「……へぇ、後悔しても知らないよ?」
リエレアについて何も知らないウルが指を軽く振る。黒い炎が一斉に飛んだ。その炎はリエレアへと迫り……。
「待ちなさーーーい!!」
甲高い第三者の声と共に暴風が巻き起こり、炎は一瞬で消えた。……別に消えなくてもよかったのだが。
「ウル、貴方また一般人に危害を加えようとしたでしょ!」
リエレアは声のする方を見て絶句した。
(……えっ、えっと。)
リエレアと同じくらいの背の少女。しかしその様相は常識を逸脱……とまではいかないが、この場、というかこの世界にそぐわないものだった。
エメラルドのように綺麗な長髪。白と黄緑を基調にした、ふわふわした装飾のついたオフショルダーの服。そして同じく黄緑色のフリルのついたスカート。……そして、両手に一対のステッキ。おまけに背中には機械のような両翼が畳まれているのがわかる。
(……魔法少女だ。)
背中の装置には独創性が見られるが、それ以外に関しては絵に描いたような魔法少女がいた。もう、この世界は何でもありなのかもしれない。
「げっ、アキ、なんでこんな所にいるんだよ!」
ウルが嫌な目でアキと呼ばれたその魔法少女を見る。
「私だけじゃないわ。ちゃんとヴィルもいるわよ!」
彼女の後ろから、背が高く痩せた、やる気のなさそうなスーツの男がやってきた。
「帰りたい……。」
見た目だけではなく、本当にやる気が無かった。
全員共通して、色は違えど水晶の剣を携えていた。魔法女子が持つのは黄緑色、やる気の無い優男が持つのは水色。
――そういえば、アスミの実験室にも黄土色の水晶の剣があった気がする。
「まったく! アスミさんには勝てないっていい加減気づきなさいよね!」
「うるせー! 負けたら終わりじゃねーんだよばーか! 負けは次に勝つ為の成長だってじーちゃん言ってたぞ!」
「ウルみたいな無鉄砲な子供はいくら戦っても届かないわよ! それに、フィリスさんの言いつけを破る気?」
「うっ……。でもお前だって、アイツの事は憎いはずだろ!」
二人で喧嘩が始まってしまった。というよりかは、アキがウルを宥めているようにも思えるが……。とにかく、先程までリエレアに向けていた強者の威厳はすっかり消えてしまっていた。
「あの……、フィリスさんって?」
会話に出てきた名前について二人に質問したが、リエレアの声は二人には全く届いていない。
「先代の土魔神の名前だよ。」
その代わりに、唯一会話に混ざっていない優男が答えた。
「さっきアキが言ったかな。僕はヴィル=クラウス。セル一番の酒屋を経営してるだけの、ただの小物だ。こんな物を託されてはいるけどね。」
水色の水晶の剣。
「あの、それって……。」
「三百年くらい前にセルで作られた魔力増幅器だよ。これを持つ者の事を、人々は「魔神」と呼んでいる。通常、この世界の魔法を扱うにはこういった水晶が必要不可欠でね。これは水晶の中でも文字通り別次元的に高性能なんだ。」
魔神。一人で戦争ができる程の、兵器とも呼べる人間。彼らがそうなのだ。
「失望したかな? きっとアスミは魔神に対して群衆の目線での解説をしただろうが、僕たちもただの人間だ。イリバ国も壊滅させたウルでさえ、ただの子供なんだよ。」
リエレアには彼らがそこまで危ない存在には見えなかった。
「話を戻そう。……アスミは、フィリスさんを殺して土の剣を奪った。だからウルはアスミが嫌いなんだ。」
「えっ……。」
殺、した?
「この剣を持つにあたって幾つかルールがある。この剣を作った人間が設定した、最悪なルールがね。まずは所有者以外の人間が触れた場合、拒絶反応を起こす。所有者は常にはっきりとしているんだ。そしてもう一つ、所有者は死ぬまで所有権を放棄する事はできない。」
……つまり彼は、魔神の座を奪うには殺すしかないと言っている。
「風魔神が変わったのが六年前、火魔神が変わったのは五年前だ。双方既に身体が限界に近かったとはいえ、ここ最近は代替わりが激しい。」
「そう、なんですね。」
「さて、次はこちらの質問に答えて貰おうかな。……君、一体何者だい? あのアスミと対等な人間なんてなかなか居ないと思うんだけど。」
同じ趣旨の質問は何度かされたが、リエレアは何と答えればいいのかわからなかった。
「僕はね、常に周囲に気化した水を飛ばして、人の位置を確認してるんだ。でも、君は感知できていない。僕の放った水は、どうやら君を貫通しているんだ。一体どうなっているんだい?」
そう言われても、結果が全てだろう。視覚以外でリエレアを感知する方法が無い。
「そうだね、君はまるで、幽霊みたいで……でも、はっきりと存在している。まあ、それは今はいいや。そろそろアスミのところに戻っていいんじゃないかな。ウルはアキが説得させるし、僕も早く帰りたい……。」
リエレアは他二人の方を見ると、既に決着がついていたようだった。ウルが正座している。
「ウルは確かに世界から見れば規格外の強さだが、ただの子供だ。僕ら魔神の中では一番弱い。」
そちらを見たとき、リエレアは一つの疑問を抱いた。
「ウルさんと一緒にいた兵たちは何処に?」
彼を視認した時にはいたはずの、彼の兵たちの姿が無い。少なくとも数十人はいたはずだが。
「ゴーレム、とでも呼ぶべきかな。あれはウルの得意な魔法で、機械の兵を生み出して使役できる。……アキが最初に撃った暴風で全て砕けてしまっているけど。」
ヴィルが指を差した方向に、砕けた瓦礫の山があった。そういえばウルの兵たちは全員肌を見せていなかったと思い出す。見せかけだったのだろうか。
「今日はここまでだね、早く帰らないと。アスミが出てくるとこっちも対応に困るし、今は娘一人に店を任せているんだ。」
「アスミさんって、そんなに強いの?」
「僕とアキが組めば勝てない事は無いが、僕一人だと少し厳しいかな。……もっとも、先代のフィリスさんは僕ら三人がかりでも厳しかっただろうけど。……そろそろ頃合いかな。」
気が付けば、他の二人の魔神の姿は無かった。帰ったのだろうか。
「アスミに伝言を頼めるかな。"ウルは何も変わっていなかった"ってね。」
ヴィルが剣状の水晶を掲げる。先端が光りそれを地面に突き刺した直後、光と共にヴィルが消えた。……私だけが残ってしまった。
ー ー ー
「何だ、他の魔神が揃っていたのか。私も出るべきだったな。」
イウティ国王宮の塔に戻り、リエレアはアスミに今日起こった事を説明した。当然後からやってきていたアインたちには事情を説明して、彼らは今頃帰路についていることだろう。
「それにしても驚いたよ。魔法少女がいた。」
「アキだな。彼女も日本出身だ。」
「多いんだね、外から来てる人。」
「四魔神の中じゃ、この世界出身の人間はヴィルだけだ。一応ウルもリスフィアから来てる。権力者の四割が二次転生者だって説もあるくらいだ。」
別の世界から来る人間は多いが、同じ世界から複数の人間が来る事はあまり無いらしい。アスミもアキも日本からの転生者だが、出身はリエレアと同じ世界ではない。
「二次転生者?」
アインに出会ったばかりのときに、自らを一次転生者と呼んでいた事を思い出す。
「直接別の世界から来た人間を一次転生者、一次転生者の子孫を事を二次転生者と呼んでるだけだ。どこかの先祖に一人でも当てはまればそう呼べるから、判別方法は無いな。」
「あっ、そういえば、先代の土の魔神の話をしたんだけど……。」
アスミにそう言った直後、彼女の表情が一瞬で変わった。悪手だった。
「……ああ、そうだな。フィリス=シャトレ。この世界に来たばかりの私を導いた、私の師匠だよ。……そして私が殺した。」
話が詰まってしまった。
「えっと……ごめん。」
「いいんだ。この話はまたいつかしよう。それよりも気になった事がある。……リエレア、胸のポケットにあるそれは何だ?」
彼女に言われるまで、リエレアは自分の所有物に気づかなかった。
「これは……メモ帳?」
メモ帳と、一本のペン。
「アスミさん、これ触れる?」
リエレアはメモ帳をアスミに手渡した。アスミはそれを受け取ろうとしたが、アスミの手は手帳をすり抜けた。
「お前と同じ位相にあるな。良かったじゃないか。」
「うーん、良かった、けど……。何でこれがあるんだろ?」
「生前に持ってたとかか?」
「いや……ない、と思う。」
記憶にはない。記憶はほとんどないが。
「そうか。ならひとまず、日記として使うのがいいんじゃないか?」
「うーん、そうする。」
「そういえばこれからずっと暇だろう? 明日あたり街を案内しようと思うが、どうだ? その手帳にも色々と書けるだろ。」
「いいね。アスミさんが忙しくなければ、私はいつでも。」
――この世界で生きていく。否、生きているか死んでいるかわからない現状だが、それでも記憶していく。私の役割はきっと、世界を視て記録することなのだろうから。
ー ー ー
アスミには言わなかったが、リエレアが持っていた日記の最初のページに、一行だけ言葉が書かれているのを見つけた。
『後は全て任せたの。』
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