第22話

 ギーズ辺境伯の元に嫁いで来たフローラは、領地の端にある別荘として使われていた屋敷を二人の新居とし、そこで暮らすことになった。

 その屋敷には、妻を亡くしたギーズ元辺境伯の身の回りの世話してくれているアンリ未亡人が住み込みで世話をし、その娘も通いで家のことをしてくれた。

 聞けば彼女はこの領地で生まれ、ギーズ元辺境伯とともに領地を駆け回っていた幼馴染だと言う。

 夫は先の戦で戦死をし、未亡人として子を養うためにギーズ元辺境伯に声をかけてもらっていたらしい。


 きっと二人は昔から思いあっていたのではないだろうか? 平民としての彼女の身分から一緒になることが出来なかったのかもしれない。フローラはそんな風に感じていた。





 ギーズ辺境伯との結婚生活はとても穏やかであった。

 アンリ未亡人に家のことを教えてもらい、少しずつ出来ることが増えてきた。

 料理も洗濯も手助けできる程度にはできるようにもなってきて、フローラは自分の成長に頬を緩ませる。

 近くに住む領地の人たちに畑を借り、野菜や花も育て始めた。

 自分で種を植え育てた野菜を食べ、花を飾り、時間が空けば刺繍などをして、それを領地の教会に寄付をしたり、バザーに出したりしていた。




 ギーズ元辺境伯は引退したとは言え、まだまだ現役で戦える騎士である。

 そんな彼を慕い立ち寄る者も多い。そして、そんな者たちと剣の訓練をすることもあった。

 ギーズ元辺境伯を訪ねてくる騎士団の人たちや、息子の家族などが顔を見せにくるくらいで、他の貴族たちとの接点はほとんど皆無だった。

 むしろ、領地の人たちとの接点の方が深く、若いフローラは皆に愛され過ごしていた。



 そんな安らげる日々が続けば続くほど、フローラの心には黒く深い物が渦巻くようになる。

 自分だけがこんなに幸せで良いはずがない。むしろ、もっと自分は不幸になるべきなのだと。

 戦の場に身を置くサイモンを想えば、自分の今の生活を許すことができなかった。

 それでも、一緒に過ごす二人に不満があるように思われるのはつらい。

 フローラは努めて明るく、幸せそうに過ごすしかなかった。


 そんな自分の置かれた幸せが憎く、次第に心は蝕まれていくようだった。





 ギーズ元辺境伯の元に嫁ぎ数年が経った頃。

 夫であるギーズ元辺境伯は、領地の子供たちに剣を教え始めていた。

 次第に体力が落ちていく自分が、現役で戦う騎士に指南することはもう無い。

 それでも、この領地に生まれたことで国を守る使命を感じる者は多い。

 そんな者たちの少しでも役に立てばと、剣や騎士としての心構えなどを伝授する役目を買って出たのである。


 そんな夫の様子を見て、フローラも教会に赴き子供たちに読み書きを教えることにした。この辺境の地に嫁ぎ、何もしないままに過ぎ行く日々が惜しいと感じ始めていたのだ。その事を共に暮らす二人に相談すると、とても喜んでくれた。


 それからは、時間があれば子供たちと交流を持ち、子どもだけでなく識字率の低い領地の大人たちにも分け隔てなく知識を与えた。

 貴族としての暮らしぶりや礼儀作法も覚えている限り惜しみなく教えることで、貴族の館で使用人として働きやすくする知恵も授けた。


 生活も順調に過ぎ、次第に領地でのフローラの存在が大きくなっていく。

 忙しく過ごす毎日は、一瞬でもサイモンが心から消え、迷惑をかけた人達の存在を忘れることも多くなっていった。

 しかし、騎士の姿を見る度に、剣を交わせる音を聞く度に、どうしても心はサイモンへと引き戻されてしまう。

 命をかけて戦っているであろう、愛する人を想わずにはいられなかった。




 ある日、兄カミーユから手紙が届く。

 中には、ファウエルが婚約を結んだとあった。

 あれから数年。カミーユが、サイモンやフローラの代わりにファウエルの元へ様子を見にいくようになり、今では彼と酒を酌み交わす仲になっていると言う。そんな彼の近況を事あるごとに知らせてくれていたのだ。



 エイデン家の遠縁に当たる男爵家の令嬢が行儀見習いと言う名目で家に入り、ファウエルの身の周りの世話をするようになったらしい。

 足は相変わらずのまま松葉杖を付く生活ではあるが、男爵令嬢のおかげで少しずつ笑顔を取り戻すようになったと、カミーユから以前手紙をもらってはいた。

 ファウエルが心を許し、将来を共にできると決めた人である。


 フローラはその手紙をギーズ元辺境伯や、アンリ未亡人にも見せた。

 二人はとても喜んでくれ、アンリ未亡人は「よかった」と涙を流してくれた。


「これで、少しは胸のつかえがとれたのではないか?」


 ギーズ元辺境伯の言葉に


「よろしいのでしょうか?」


 二人に比べ、喜びを表していないフローラに


「元々、勝手に横恋慕をしてきたのは向こうだ。相手が未来に向かって生きると決めたのだ。お前もそろそろ肩の荷をおろしても良い頃だ」


 そう言って、フローラの頭を撫で始めた。まるで手のかかる子供の頭を撫でるように、優しく愛に満ちた手であった。


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