第21話

「父さん、一体どういうことですか? ちゃんと説明してください」


 ギーズ辺境伯の息子であるエリクが詰め寄る。


「まあ、落ち着け。説明って、誰かに聞いたんだろう?じゃあ、その通りだよ」


「その通りって、俺は当の本人から話を聞きたいって言っているんです! まったく、いい歳をして。何を考えているんですか?」


 二人の間にあるテーブルに手をついて、身を乗り出しながら聞き返す。


「はぁ……。世間では好色爺の狂乱だとか、山犬の乱心だとか、言われ放題だ。

 悔しくはないんですか? いくらナミュール侯爵の頼みだからって、どうかしているよ」


「ほう、好色爺ねえ。良いこと言うじゃないか」


 そういうと、くくくと口角を上げ笑ってみせた。


「笑いごとじゃないですよ。山犬と恐れられた父さんらしくないでしょう」


「ふんっ。山犬などと恐れられていたわけじゃない。ただ単に聞き分けがなく、躾の行き届かない田舎者とバカにされていただけだ」


「そんなことどうだっていいんです。なんだって、駆け落ちに失敗したような娘を父さんが娶らなければならないのかって事です。再婚するならするで、もっと他に良い人はいるだろうに」


 ギーズ辺境伯は、ふっと鼻で笑い


「なあ、エリク。お前は今までの人生の中で、ただの一度も失敗したことはないのか?」


「は? そんなこと今はどうでもいいでしょう?」


「いいから、答えろ。どうなんだ? 失敗したことはないのか?」


 エリクは一瞬うつむき考えたようにした後、すぐに顔を上げて言った


「そりゃあ、小さな失敗なら数え切れないほどにあるでしょうよ。ただ、人に迷惑をかけるような大きな過ちは犯していないと思いますよ」


「そうだろうな。お前は昔から聞き分けの良い自慢の息子だったよ。それは間違いない」


「はあ? 嫌味ですか?」


 ハハハと、声を上げてギーズ辺境地伯が笑う


「人間は誰でも失敗するんだよ。大なり、小なり、失敗して成長するもんだと私は思う。ならば、その失敗の為に人生を捨てて良いと思うか? 

 たった一度の失敗で、やり直すことも許されず。若さ故に右も左もわからない者同士がお互いの人生を思い、考え抜いた末の行動を咎められるほど、私たちは出来た人間だと思うか?」


 真剣な表情をしたまま、父であるその瞳を見据え、


「それでも、誰かを傷つけ犠牲にして良い理由にはならない。

 たとえ若く何も知らないと言ったって、その先を考えられないほど馬鹿じゃないだろう?だったら、責任は取るべきだ」


 辺境伯は椅子に腰かけ腕を組み、背もたれに寄りかかっていた体を起こし、


「責任は十分取っただろうよ。これから先の人生を捨てて、償おうとしているんだから。嫁いでくる娘はこんな祖父ほども年の違う、北の辺境の果てに嫁に来る。

 悪いが、私はその子を抱くつもりはない。

 一生、自分の子を持てず、女になることも叶わず枯れていく。


 相手の男は平民に身を落とし、平民兵として東の戦地に志願兵として行ったそうだ。貴族の立場を捨て、今度はその貴族の盾になるために命を張るんだ。

 若く、これからの全てを捨てる覚悟でな。


 そこまでしてもなお責任を負わせるか?ならば、これ以上どうすればいいと思う?

 持てる物は若さだけ、地位も名誉も権力も何も持たない人間に、これ以上何を求める?

 命まで奪うか? そこまでせねば納得は出来ぬか?」


「そこまでは思わなくても……。でも、納得しない者は多いでしょう。自分のことしか考えない者は王都には多いですからね」


「子供の過ちは親の責任でもある。ましてやその子たちは、まだ成人もしていなかった。娘の親は爵位を息子に譲り、王都から離れた領地に身を置くそうだ。

 それだけでは許されないと、ルネも息子に侯爵位を譲る決心をしたそうだ」


「え?ナミュール侯爵殿が隠居されると? それは本当ですか?」


「子の不始末は親の責任だ。そして、その親を躾られなかった責もまた、その親が償わなければならぬと言ってな。私も大分説得はしたが、決意は変わらなかった」


「そうですか、そこまで……」


「うちに来る娘はもう王都に戻ることはないだろうよ。私は社交などに出るつもりもないから、きっと一生この辺鄙な田舎で暮らすことになる。

 貴族の娘が入るような修道院よりも、よほど詰まらない暮らしになるだろう。

 私はな、常々思っていた。若い者がやり直しをしたいと思うなら、それを許してやりたいと。それを見守ってやれる場所を与えてやりたいとな」


 エリクは言葉もないままに、うつむきながら話を聞いていた。


「そこでだ、私もそろそろ隠居をしようと思ってな。隠居して、その娘の更生を助けてやれんかと考えた。それに、せっかく若い娘をそばに置くんだ、領地の端にあるあの別荘に二人で籠り生活しようと思う。

 いきなりだが、これからのことはお前に全て任せるから、あとは頼んだぞ」


 そういうと、にやりと悪ガキのような顔をして笑った。


「は? 何を言い出すんです? そんな、いきなり無理ですよ。それこそ何を考えているんだ! まったく!」


「ハハハ。いやあ、これから忙しくなりそうだ。楽しみでしかたないよ」




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