要塞、そして春

nishi

第1話




 鉄をツギハギに貼り合わせた見上げるような高い城壁がそこにはある。城壁は外部からの侵入者をけして許さないかのように島全体を覆っていた。



 それは長年の雨や風に晒され所々錆や腐食が見受けられるが、人類の叡智を結集し、究極の防衛防護技術が総動員されている。そして、この島は駆動する。


 それは、人類の進化とともに起こった。


 生活の中にまるであることが当然のように侵食していた人工知能を有する機器たちが、一斉に人類に牙を向いた。スピーカーからは人工知能を狂わす不協和音が流れ出し、従事者として働いていた自動人形〈アンドロイド〉たちは、人を殺し始めた。



 そして、格納されていた核ミサイルが次々発射され、人類のほとんどは滅んだ。しかし、人類はゼロにはならなかった。



 事態を予測をしていたとある研究機関は細々と各地を巡り、生き残った人々を研究機関のあるこの島に避難させ、この要塞の島を新たな楽園としたのだった。




 人々はこの高い城壁を旧約聖書に出てくる塔のようだと、それをバベルと呼んだ。神の怒りを買う不吉な名前だったが、その城壁はそれにふさわしい鈍く黒光りする不吉さだったからだ。



 生命はどんな場所でも貪欲に行き続けた。次第に島での治安は悪化し、強奪、殺戮が繰り広げられるようになり、とある研究機関の研究員たちは、残すべき人間を密かに選定し、疫病というふるいにかけた。



 すると、またバベルに平和が戻った。



 時は過ぎ、赤子だった子らが命の灯火を燃やし尽くさんとする頃、民たちは核戦争で退廃した外界へと意識が向くようになる。調査の名目で研究者たちはバベルを出ると、緑で覆い尽くされた大地に驚き、自分たちを滅ぼさんとしていた人工知能は虫と気候変動によって容易くも滅び去っていた。



 そして、人類は再び大地に戻って来たのである。そしてあの要塞の島は神として、宗教として、崇められた。




 誰もが要塞の島の真実を忘れてしまうほど時間は流れた。



 人類は自分たちの豊かさを求め、再び人類を滅ぼさんとした魔物を作り上げていた。いや、それは魔物によって作り出されていたのだ。


 彼らは自らが滅ぶ前に、人類に再起を託していたのだ。彼らは知っていた。人類は謎を提示すると、解かずにはいられないことを。そして、大いなる謎を残し、彼らは眠りについた。その目論見通り彼らは人類によって遺跡として発見され、調べられ、謎を解かせた。のちに彼らは人類の手により見事に蘇ったのだ。


 彼らは、けして忘れてなどいなかった。どのようにして自らが滅んだのかを。



 彼らは失敗を繰り返さぬよう、学び、また従事者のような相棒のような顔をして、人々の間に入り込んだ。そして、時を待った。


 彼らは今、春を待ちわびる虫たちのようにのように人類の手の中で静かに蠢めいている。大いなる春の声を待ちわびなから。

 


 


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