第41話 そういう話

「ん……会えへんか?」


 まだユウも眠ってて、日が昇り始めた時間。


 ラインがポンっと入ってきた。


 りこぴんから。


 今日、学校に早く来れないかって。

 しかも一人で。


「うーん。ユウに相談やな」


 隣でくうくうと眠るユウを起こす。


「なあなあ」

「ん、なんだよまだ早いだろ」

「りこぴんからな、会われへんかって連絡きてん」

「お、彰のことかな? 俺も行こうか?」

「いや、一人で来てって。せやから先いってくるな」

「ああ、わかった」

「……寂しい」

「え?」

「寂しいんや。ん、行ってきますいうたらあれやろ?」


 うちはキスしてとまでは言う度胸があらへんから、ユウに顔を向けて催促する。

 

「あ、あれって……それ普通男が仕事行くときのやつじゃね?」

「今は男女平等な社会やから女が仕事行く場合もあるやろ」

「それもそうか。ん」

「っ!?」

 

 待ち構える前にユウにキスされた。


「……これでいい?」

「も、もうちょい躊躇いとかないんかあほ……」

「だ、だって」

「も、もっかい! もっかいや」

「うん」

「……」


 心ん中で何度も「みゃーっ!」と叫びながら、またキスされる。


 でも、ユウとキスするん気持ちええ。

 癖なりそうやし、なんや家から出たくなくなる。


 ……。


「行かなくていいのか?」

「せ、せやけど」

「俺だって京香と別々なのは寂しいけどさ。でも、すぐ学校いくし、友達の相談は聞いてやらないと、だろ?」

「……うん。ほんまに寂しい?」

「当たり前だろ。篠宮さんには悪いけど話すなら休み時間にしろってちょっと思ってるくらいだよ」

「ふふっ、ユウはほんま、案外心が広くないんやな」

「ああ。京香を独占しようなんて、腹が立つだけだ」


 ユウはいつもうちが言うてほしいことを言ってくれる。

 で、ようやく安心して。


 うちは今日は先に一人でアパートを出て学校へ。


 で、まだ誰もおらん学校の敷地に入って教室に向かうと。


「あ、橘さん」

「りこぴん、おはよー」


 りこぴんが教室におった。


「ごめんね彼氏とイチャイチャしてたところ呼び出して」

「え、え、どど、どっかで見てたんか? い、いや、いちゃいちゃいうてもそないやらしいことはしてへんで?」

「……してたんだ。冗談のつもりだったのに」

「あ、あれ? そ、そないカマかけるようなこと言いなや」

「あはは、ほんと橘さんて単純。でも、ちょっと話がしたくて」


 りこぴんの表情が曇る。

 

「……あっくんのこと、やんな?」

「そう、だね。ねえ、橘さんたちは彰と中学で仲良かったの?」

「せやな。ユウが特に。うちはそのついでやけど」

「そっか。ねえ、そのころ、彰の好きな人の話とかしてへんかった?」

「んー、あっくんはモテるからなあ。でも」

「でも?」

「……一回だけ、クラスの子と付き合ってん。せやけどさ、いっつもユウに相談しとった。好きになれん、せやけど付き合ったんやからちゃんとせなあかんのにって。結局女の子の方が、しびれを切らして別れる言うたみたいやけど。あん時、泣いとったあっ君は多分、別れがつらいんやのーて、相手に申し訳のーて泣いてた気がすんねんな」


 あの時のあっくんのことはよー覚えとる。

 いっつも言うとった。

 誰かを好きになれることとかあるんかな、とか。

 相手が好きになってくれたら、自分も好きになれるもんなんやろか、とか。


 あの頃は意味がわからんかったけど、今ならなんとなくわかる。

 多分ずっと、りこぴんのことを忘れれんくて。

 でも忘れたくてあの子と付き合って。

 そんなわがままで相手を傷つけたことが許せへんかったんやろ。


 あっくんらしいなあ。


「……一応彼女とか、いたんだ」

「あ、いや、それは……りこぴんのこと忘れようとしてたんやろ」

「……なんで?」

「な、なんでって? りこぴんがあっくんと昔揉めたから、あっくんはりこぴんが自分のこと好きやないって思てるからやない?」

「……それ、彰が言ったの?」

「え? あ、いやー、ええと」

「別にいいわよ。彰のやつ、そんなふうに思ってたんだ」


 りこぴんが、はあーっと深いため息をつく。


 まずいこと言うてしもたかなあと焦ってると、今度はりこぴんの方からうちに言う。


「あのさ。どうやったら彰に好きって言えるかな」

「……へ?」

「も、もう何回も言わさないでよ。どうやったら好きってわかってもらえるかってことよ」

「……はい?」

「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」

「き、聞いてるって。でも、どゆこと?」


 全く予想外のりこぴんの話に思考が止まる。


 で、ほんまにわからんって様子でりこぴんを見てると、呆れるようにスマホの画面を向ける。


「ほら、これ見て」

「……あっくんとのライン?」

「わかる? 中学の時からずっと、ほぼ毎日やってるのよ?」

「へ、へー。それは仲ええなあ」

「でしょ? 普通嫌いだったら毎日ラインとかしないでしょ?」

「で、でも内容が内容なんちゃう? 知らんけど」

「……そこなのよ」


 スマホをパタッと置いてから腕を組んでりこぴんがむすっとする。


「そこ?」

「私……彰と話してるとなんか素直になれないの」

「……ん?」

「わ、わかるでしょ? 好きなのにいじわるしたり、そんなつもりないのに男の話してやきもち妬かせようとしたり。だからこっちきてからモテてる自慢をあいつにしたり、いい男と一緒にいるところ写真送りつけたり。あーもう、やってることが最低だってわかってるけど、でも、振り向いてほしかったのよ! あいつ、私のことなんて好きでもなんでもないのかと思ってたから」

「ほ、ほなりこぴんが他の彼氏の男寝取りまくってるって話は?」

「あー、あれも私が悪いんだけど。実際は男前に一緒に写真撮ってもらったりしてただけなんだけど、それが一回彼女いる子だってさ。そのあとその男が私の方が好きとかなって、もめたの。そっから寝取り女って噂になって。私も私で悪い女ぶってたからその噂をそのまま受けて今ってわけ」


 実はそんな話やった。

 と、笑いながらいうりこぴんは、やっぱりずっとあっくんのことが好きやったようや。

 

 なるほど、それなら話は早い。

 でも、いっこだけ気になることがある。


「……ユウのことは?」

「……黒木君のことは話した通り。あなたたちが幸せそうだから嫌がらせしたかったのが本音。でもまあ、ちょっといいかもって思ったのもほんとかな。あ、これは絶対彰には言わないでよ?」

「あはは、ユウはやっぱモテるなあ」

「ま、まさか彰の親友とは知らなかったし。そんな話、あいつしないから」


 どうやら、りこぴんは極度のツンデレさんのようや。

 それがわかったら話が早いと、うちはみんなが登校してくる時間になる前に話をつけようと、提案をする。


「なありこぴん、夏休み一緒に四人で遊ばんか?」

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