第39話 目見れへん
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「もしもし彰? さっきラインした件だけどさ」
今日、篠宮さんと会ったことやそこで話したことを正直に彰にラインで伝えたあと、電話がしたいと言われたのでこっちからかけたところ。
彰に怒られる覚悟はあったが、しかし電話の向こうの声は落ち着いていた。
「優、なんかすまんな。京香ちゃんも俺のために気をまわしてくれたんだろ」
「まあ、結果的にはいい方向にいってないけど」
「そうでもないさ。あいつがいまだに俺のこと恨んでるってわかっただけでもよかったよ」
「よかった?」
「だって、恨まれてるってことは忘れられてないってことだろ。あの頃のことも思い出になって、もうどうでもいい話だって言われる方が辛いさ」
「なるほど。でも、恨まれてる現状をどう変えるつもりだよ」
「それがわかったらこんなに苦労しないけど。でも、こっちにいるんだよな?」
「まあ、いつまでとかは聞いてないから帰ったかもだけど」
「とりあえず連絡してみるよ。会えるかどうかはわからないけど」
「そっか。頑張れよ」
「ああ」
彰との電話を切ったあと、俺も京香のように少し切ない気分に当てられる。
恨まれてるだけマシ、か。
好きな人との関係がそんなふうにこじれてしまっている彰の心中を考えると胸が苦しくなる。
と、同時に自分がどれだけ恵まれているかを実感させられる。
いてもたってもいられなくなって。
「京香、いい?」
京香の部屋へ。
「う、うん? どうしたんユウ?」
「京香……」
好きな人が当たり前のように自分の傍にいる。
でも、それが当り前じゃないんだってことを考えると、ベッドから起きた京香をそのまま抱きしめた。
「ちょっ、ちょいどないしてん?」
「京香……好きだよ」
「もう……うちかて大好きや。あっくんのことでなんかあったん?」
「さっき電話してた。あいつ、相当辛いの我慢してる」
「わかる。ほんまはりこぴんに一言「好き」って言いたいだけやんな」
「ああ。だからこうやって京香が好きでいてくれて嬉しいって改めて思わされたよ。京香、好きだよ」
「ユウ……」
そっと彼女から距離をとると、潤んだ目で京香が俺を見ている。
無言で、見つめ合う。
そのまま、俺は京香に顔を近づける。
「……ん」
初めて。
誰かとキスをした。
京香も、ぎこちない様子で俺の肩口を掴みながら少し背伸びして。
それが何秒くらいだったのかもわからないけど、随分長い間唇を重ねていたような気がする。
やがて、顔を離すと京香の顔が真っ赤になっていた。
「も、もう……いきなりなんか、卑怯、やで」
「ご、ごめん。つい」
「つい、やったら余計あかん。好きでしゃーないからしてしもたんなら、ゆ、許すけど」
「うん……京香が可愛すぎて、我慢できなかった」
「あ、あほ……そういうことサラッといいなや……」
照れた顔を見られたくないのか、京香は俺の胸に顔をうずめる。
そして、小さな声で「嬉しい」って。
「京香……俺も嬉しい」
「うん。でも、おかんには内緒やで」
「言えるかよ。ま、言ったところで笑われるだけだろうけど」
「せやな。もうちょっとこんままでええ?」
「いいよ。俺もこうしてたい」
部屋で京香を抱きしめたまま。
静かに時が流れる。
京香の甘い香りが漂う、京香のものだらけの彼女の部屋で。
ようやく、恋人として一歩前へ踏み出せたような、そんな昼下がりを過ごした。
♥
「ぐう」
ユウに初めてキスされた余韻を感じながら二人で部屋におると、おなかが鳴った。
「腹減ったな。そういやなんにも食べてないや」
「ご、ごめんやでうち、ムードもへったくれもなくて」
「あはは、どうあっても腹は減るだろ。なんか食べに行く?」
「うん。そういや商店街の方に新しい店できたっておかんが言うてたから、行ってみいひん?」
「お、いいね。何屋さん?」
「いうてファミレスみたいなとこらしいけど。行ったことない店、ユウと一緒に行きたい」
「うん。それじゃ着替えてくるよ」
ユウが部屋を出ていく。
そのあと、自分の唇をそっと指でなぞってみて、さっきの感触を思い出す。
「……キス、気持ちよかったなあ」
で、思い出して勝手に火照る。
変な顔しとらんかったやろか、うち……。
「おーい京香、もう準備できたぞ」
「い、今行く!」
ユウに呼ばれて部屋を飛び出す。
いったんキスのことは忘れなあかん。
やないとうち……。
「……」
「どうした? 腹減ってないなら別に」
「へ、減った減った! めっちゃ食べたい気分やで!」
「そっか。じゃあ行こう」
「……うん」
ユウと手を繋いで商店街まで向かう道中。
ずっとうちは無言やった。
ユウからすれば不機嫌なように見えたかもしれんけど。
せやない。
目、みれんかった。
……もっかいキスしとうて、たまらんかった。
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